第305話「未来が繋がればそれでよし」
結局のところ、事件は解決をしなかった。
いつもと違って、巫女レスラーたる御子内さんの鉄拳制裁で片付くような案件ではなかったということなのだ。
御子内さんは、〈社務所〉に連絡をつけると、朝までに注連縄を張った祭壇と洗米一合、お酒一升を用意させてお供え物とし、祝詞をあげ、お祓いをして浄めるという儀式を行った。
よく地鎮祭などで行われる儀式だ。
このライブハウスだけでなく、〈不死娘〉というグループ全体のための祈祷という形で厳かに行われた。
普段の〈護摩台〉を使った派手な戦いとはまったく異質なまでに、しっとりとした御祓いを御子内さんが行う。
むしろ、いつものやり方の方が一般的でないので、今回は依頼者たるアイドルたちも率先して参加してくれた。
こういう巫女さんらしい神事にも携われるのかと、少しだけ感動してしまったぐらいだ。
「じゃあ、行こうか」
朝になって、僕らはライブハウスを出ると、タクシーを拾っていつものように八咫烏に案内されてとある場所へと向かった。
僕らが儀式をしている間に、八咫烏が白本菜月の霊の痕跡を辿っていたのだ。
普通ならば辿れないところを、「夢のポジション」を聴くことで顕現したからか、可能になったという話だった。
正直な話、御祓いというのはブラフで、僕らの本当の狙いは霊の本体である肉体の在り処をつきとめることだったのである。
「あれかな」
「うん」
神奈川県相模原市の外れにある、荒れ果てた林の中だった。
壊れた木製の柵で囲まれていたが、普通に侵入しようとすればできないことはない。
第一、 車道らしいものも塞がれずに残っている。
車ごと侵入できるなんて、管理もされずに緩々だったに違いない。
僕らはタクシーを帰すと、そのまま奥に踏み込んだ。
十分も歩かないうちに、車道から少し離れた場所で八咫烏が鳴いているのが聞こえた。
「そっちか」
白いカングー2が停まっていた。
カングーはフランスのルノー車が製造している小型MPVで、本国よりもここ日本でのほうが人気があるとまで言われている車種だ。
居住性と積載性能に優れ、何よりも安全性が高いということで、もしかしたらルノー車としては日本で一番売れているかもしれない。
人の気配はまったくしない。
フロント部分に溜まった木の葉の山がしばらく打ち捨てられていたのを物語っていた。
停車しているガラスのリア側はスモークされていて、中が見えない。
運転席から中を覗き込んだ御子内さんが、いたたまれないという風に顔をしかめた。
僕にはそれだけで内部が想像つく。
近寄ってみれば、車の内側からガムテープのようなもので目張りしてあることが一目瞭然なのだ。
だから、わかる。
あれは―――棺なのだと。
「……白骨化寸前だ。腐臭がしないのがふしぎなぐらいだね」
「そうなの?」
「もともと脂肪の少ないスリムな体系の女性だったようだから、死体になってもさほど変化はなかったんだろう。死んだのが11月の冬になる時期だということもあったみたいだし」
僕はカングーの内部を覗いたりはしなかった。
無残な死体を見たくないということでなくて、見てはいけない禁忌があるような気がしたからだ。
白本菜月という元アイドルの死を冒涜する気がしたのだ。
例え、自分から死を選んだ人であったとしても、屍を辱めるようなことはしてはいけない。
御子内さんの助手をするようになってから特に意識し始めたことだった。
「じゃあ、ライブハウスで見た霊は……」
「完全にこの女性のものだろうね。死んでからも彼女の曲への―――いやアイドル活動への未練がああいう形になったのかな」
「死んだのはこんな遠い場所なのに……どうしても育てたアイドルのもとに向かったのか」
「自分がなれなかったアイドルというものへの執着かもしれないよ」
「だったら、白本菜月のいたグループに行けばいいんじゃないか」
「……そこはもうないんだよ。数年前に解散した」
そっか。
じゃあ、彼女にとってはもうステージと呼べる場所は〈不死娘〉のものしか残っていなかったのか。
「人間の執着って色々な形になるんだね……」
「ボクらの誰にだってそういうことはある。例外はない。ボクでもキミでもね」
白本菜月の遺体をどうするかは、〈社務所〉と例の芸能事務所の社長が相談して決めるだろう。
アイドルたちにはいつ事実を報告すればいいかも含めて。
彼女たちにはショッキングすぎる結末であったことから、慎重な対応が要求されることになるだろうしね。
初代マネージャー兼プロデューサーが自殺して、その未練が悪霊となり曲を歌う人たちに影響を及ぼしていたなんて。
あまりいい話じゃない。
「いや、いい話だと思うよ」
「そう? 僕はそうは思わないけど」
「別に白本菜月は人を呪って祟った訳じゃない。ただ、迂闊にもやってしまった大きなしくじりに人生が左右されたことを受け入れられなかっただけなんだ」
「哀しい終わりじゃないさ」
「でも、……後に続いたろ。昨日の地下アイドルたちがいつか、陽の当たる場所に出てって白本菜月よりも素晴らしいグループになって、ファンを楽しませるかもしれないじゃないか。それこそ、未来は決まっていないんだから」
僕にはなんともいえない。
御子内さんたちが、いつだって暗闇の世界の中で妖魅相手に戦っているのと同様、薄暗がりから出ていけない人もいるかもしれないのだから。
ただ、僕の巫女レスラーはあまり気にしないのだろう。
自分が選んだ道というよりも……
「誰かが歌って踊って、それを愉しめる世界にいられるのって楽しいことじゃないか」
陽気な世界を支えるために。
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