第299話「アイドルグループ〈不死娘〉」
〈不死娘〉というのが、そのアイドルグループの名前だった。
名前だけみると、凄く物騒でゾンビかなにかみたいな印象しかないのだが、彼女たちのHPを調べてみると、大津絵の藤娘をモチーフにした衣装の五人組だった。
黒の塗り傘に藤づくしの豪華絢爛な着物、藤の花枝に模したマイクを使ったパフォーマンスが売りのグループらしい。
最近の浴衣のようにミニスカにするのではなく、裾は長くしてスリットで綺麗な足を強調し、肩が剥き出しになるほど襟が広いという色っぽさがある。
もともと藤娘は、花魁や遊女からはじまったと言われていることもあり、十代の女の子ばかりとは思えない芳醇な色気がアピールポイントなのだろう。
セットアップを見ると、十曲あって、オープニングはその藤娘モチーフで行い、途中はやや「和」をテーマにした衣装で行い、最後はもっとも派手な基本で〆るという形のようだった。
グループ名に相応しい不気味なカラーも十分に出して、おどろおどろしい曲調も網羅したエンターテイメントのようである。
「―――ボクの格好もたいがいだけど、ここの連中も随分だな」
「そうだね」
御子内さんの意見もわからなくもない。
何故なら、150人前後しか入れないような小さなスタジオは、コスプレといっても過言ではない和装の客たちで溢れていた。
きちんとした着物は数人しかいないが、コンセプトは確実に「和装」だとわかるものばかりだ。
一番多いのは、十二月だというのに浴衣っぽい格好であるが、中には忍者みたいなものもいるし、どうみても某ソウルソサエティの死神みたいなコスプレもいる。
御子内さんの改造巫女衣装がまったく浮いて見えないことから、このけったいな状況がわかるよね。
「へい、巫女さん、着慣れているね。バッチリ似合っているぜ」
「ありがとう。仕事のユニフォームなんでね」
「本職かよ、ヒュー!」
知らない客が気楽に話しかけてきたが、全体を見渡してみるとやはり雰囲気がよくない人たちもいる。
ライブというのはお祭りでもあるのに、ある一定の層はお葬式のように静まり返っている。
聞いたら自殺する曲を歌っているアイドルのライブというのも納得だ。
他のコスプレが華やかな分、その対比が異様なほどだった。
もしかしたら、その曲目当てに来ている人たちがいるのかもしれない。
「……例の歌は何番目の演目なんだい」
「八番目だね。リーダーの
「そろそろ悪い噂が立っていることにも気がついていると思うのに、よくセットアップに含めたものだね」
「深い理由があるらしいからね」
〈社務所〉の事前調査係である禰宜たちが調べたことによると、このアイドルグループの持ち歌のほとんどは同じ作詞・作曲家のものらしい。
立ち上げのときに、その人物がグループコンセプトを提供し、スタッフも用意して、曲まで準備したということだ。
要するに、プロデューサーだったということである。
ただ、ある程度グループが軌道に乗った時点で離れていき、今は別の人物がプロデュースを続けている。
恩人といっていい初代プロデューサーのために、ずっとライブではある一曲だけは続けているみたいだ。
それが例の「聞くと自殺したくなる曲」ということである。
すでにたっている悪い噂とかつての恩義の狭間で、スタッフもキャストも苦労しているんだろうなと想像できる話だ。
「義理堅い子たちだ」
「商業の論理にべったりでないとしたら、むしろそういう仁義に篤い方が受けがいいんじゃないかな。実際、熱心なファンに対してはサービスがしっかりしているみたいだし」
「でも、このままいくと、楽しみに来ている客たちも離れてしまわないかな。悪目立ちしている感じがある」
「だから、〈社務所〉に話がきたんじゃないかな。変なメディアに嗅ぎつけられる前に解決したいからということで」
「なるほど。退魔巫女であった、こぶしまでツテを頼って連絡して来た関係者がいるのかな」
僕もそんなところだと思う。
ネットで調べてもまだ〈不死娘〉の曲についての噂は広まっていない。
おそらく個人のSNSで語られている程度で収まっているのだろう。
これからどうなるかはわからないけれど。
げんに、さっきも確認した通りに、自殺させる曲目当てらしい昏い雰囲気の人たちが結構混じっている。
次に犠牲者が出たら、おそらく爆発的に噂が広まるだろう。
(自殺したのは、ここのライブに参加した客とCDを購入した客、それに動画投稿サイトで観たという三人。しかも、全員が自殺結構前に例の曲を聴いているというのは確かなようだ)
それぞれの足取りを追うと、ライブの客は例の曲が流れた直後にライブハウスから出ていき、少し離れた駅のトイレで首を吊った。
CDを聴いた人は、その曲ばかりを繰り返しリピートしているiPadを耳につけて自殺。
動画投稿サイトの場合は最後に見た曲の履歴として残っていたそうだ。
それらがどうして噂となったのかの経路は不明なのだが、デマや嘘の類いではないことは確かだ。
実際にそうやって三人が亡くなり、共通項として、例の曲が浮かび上がっているのは間違いない。
もっとも、歌詞を見てもメロディーを聴いても、どこにも自殺を誘発するようなものはない。
ただ、調査をした禰宜は、「聞けばわかりますが、妖気のようなものが漂っている気はします。私らでようやく感じ取れるレベルなので一般人にはわからないと思いますが。まあ、繰り返し聞けば感受性の鋭い若い子なら影響を受けてもしかたないかって感じですね」と言っていた。
「ただね、曲そのものに妖気がこめられることなんてありえないんだよ。歌い手にそういう意図がないと。音楽の曲なんて、極論すれば譜面に書いてある楽譜さ。表現する人間の問題のはずなんだ」
「やっぱり、そうだよね」
「だから、わざわざ生の演奏を聞きに来たのさ。ボクたちならば捉えられる妖気の機微みたいなものもあるだろうし、いざとなったらすぐに動けるしね」
「このライブハウスに妖気みたいなものは漂っているの?」
「……それがね。まったくさ。多少、幽霊みたいなものはいるけど、それだって酷いものじゃないし、拍子抜けだ」
幽霊ぐらいはいるのか。
もう慣れたとはいえ、この薄暗くて退廃的な雰囲気のある地下のライブハウスに幽霊がいると知ると、途端に居心地が悪くなる。
しばらくして、客がいっぱいになると(それぐらいの人気はあるってことだ)、前説がなされて、暗転する。
中央にバミテープの淡い光が浮かび上がった。
暗いステージ上を人が動く気配がして、止まった。
〈不死娘〉たちがポジションについたのだろう。
そして、鳴りだす、リズムと三味線のさざめき。
「和」のテイストが売りのアイドルらしいオープニングから始まり、スポットライトが当てられて、藤娘の格好をした五人組が着物らしからぬハイテンションなダンスを始めた。
色気を出すためではなくて、むしろ動きやすくするためのスリットなのかもしれない。
とにかく、藤娘のイメージとは違う激しさだ。
数パターン踊ったのち、一曲目の口火が切られる。
タイトルは、「月のハンマー」。
夜の暗闇をハンマーでぶち壊せというテーマが感じ取れるなかなかにエキサイティングな曲だった。
隣にいる御子内さんが、ふんふんと曲に合わせてリズムをとっているところが可愛かった。
こういうのを受け入れる下地はあるらしい。
普段、がさつすぎるタイプなのでギャップがある。
月のハンマー 打ち鳴らせ ♪
月のハンマー 砕き割れ ♪
時折、琴の音色も混じるなかなかにセンスのある曲だった。
ほとんどすぐ、僕らはアイドルグループの楽し気なライブに惹きこまれ、時間が経つのも忘れていった……
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