―第40試合 未練恋歌―
第298話「夜の恋歌」
差し出された安っぽいチケットを受け取ってから、御子内さんとその催しとの親和性のなさに僕は引きつった。
「なんだい、その顔は? ドナドナされた子牛だってそんなにも哀しそうな顔はしないに違いないぞ」
「―――だってさ。例えば、長州力が渋谷のクラブでフィーバーしていたら、誰だってこういう顔になるんじゃないかな。年末のカウントダウンをしているときに、一週間も同じトランクスを履いていたことを思い出した気といってもいいかな」
「長州力をそんなことで引き合いに出すんじゃないよ。あと、最後の妙な例えはなんだい。キミ、もしかしてビミョーにボクを残念な子扱いをしていないかい」
「そんなことはないよ」
「棒読みはやめたまえ」
あまり彼女の機嫌を損ねたくはないが、誰だって一言ぐらいはあるだろう。
少なくとも、あまりツッコまない僕だからこの程度だが、いつも辛辣な音子さんあたりだったらどんな氷点下発言が飛び出すかしれたものではない。
「だいたい、京一は何か誤解をしているよ」
「誤解。あー、そういう方向性もあるね。人間関係にすれ違いや勘違いはよくあるものだからね」
「その投げやりな返しはなんだい。まったく、最近の京一はボクを蔑ろにしすぎだ。なにかというとレイとか音子ばかり褒めるし」
「そんなことはないよ(二度目)」
そもそも、このチケットでいくイベントが問題なのだ。
安っぽいというのは、チケットぴあとかで販売されるものではなく、運営サイドが作った手作り感満載の見た目のせいである。
しかも、その演目というのが……
「地下アイドル……のライブ?」
「何が地下なんだい? ああ、地下にあるライブハウスでやるからか。○×ビルB2とあるからね」
「地下ってのはそういう意味じゃないんだけどね」
要するに、地下アイドルとはメディアにでて露出する従来型の芸能人ではなくて、ライブやイベント中心に活躍するアイドルのことを指す言葉なのである。
売れっ子になる前のAKB48とかもこの部類に含まれるはずだ。
昔は難しかったかもしれないが、各種SNSが発達し、個人の情報発信が容易になった現代においては、既存メディアを通さないでイベントの告知や曲の販売ができるようになったおかげで、地下アイドルも活動しやすくなったということのようである。
僕なんかはテレビに出たりする人たちの方がなじみ深いので、こういうアイドルのことはほとんど知らない。
だからか、ちょっと引き気味になってしまう。
ただインディーズバンドというのも昔からあったし、こういうものは意外と普通なのかもしれない。
そんな地下アイドルのイベントのチケットを御子内さんが持ってくるという事態に戸惑ってしまうぐらいだ。
もっとも、会話からすると御子内さんもあまりよくは知らないっぽいけどね。
「で、このチケットがどうかしたの?」
「明日の夜だから、京一も行くんだよ」
「……拒否権とかないのかな」
「国連安保理の常任理事国入りできてない京一にはない権利だね」
まあ、だいぶ昔から僕にそんなものが与えられていたことはなかった。
妹の涼花なんかも、いつのまにか僕よりも態度がでかくなっていて、兄を馬車馬のようにこき使おうという女になってしまったし。
僕はどうも女運というものがないようであった。
この間も、なんだか中野の猫耳藍色さんから〈護摩台〉設置のバイトをしてくれないかと話がきたこともあるが、〈社務所〉の女の子たちは僕を労働力としか思っていないみたいで凹む。
この時の藍色さんのお願いは結局聞いてしまったから、バイト料のおかげで僕の貯金は増えるが自由な時間は無くなる一方となる。
最近は、こぶしさんとのLINEの回数も増えたし、私生活が〈社務所〉の関係者塗れとなっているのは少々不本意である。
僕、〈社務所〉からするとただのバイトなのだし、そろそろ拒否権が与えられてもいいのではないかと思っているのだけどね……
「音子や藍色にまでいい顔しようとするから自分の時間がなくなるんじゃないか。これが八方美人の末路だろうね」
年がら年中、僕を引っ張りまわす元凶が冷たく突き放す。
御子内さんと出会ってから、こういうことばかりである。
「……別にアイドルがボクの趣味という訳ではないよ。〈社務所〉に入ってきた助けを求める声を叶えるためにいくんだ」
「ああ、妖怪退治なんだ。そういうことは早めに行ってよ」
「自分が勝手に誤解した癖に勝手なもんだ。これだから、男の子は御し難いっていうのさ」
うわあ。
御子内さんに勝手とか言われたぞ。
世界わがまま選手権があったらそうとう上位に食い込めること間違いなしな御子内さんに。
これは凹む。
「―――でも、確かにアイドルとか、芸能界って魑魅魍魎が蠢いているイメージはあるよね。何か事件があってもだいたい納得できる感じがある」
「まあ、そうだね。ボクなんかあまり芸能界には興味がないから、クラスの友達の話とか、こぶしが喋るゴシップ程度しか知らないけどさ」
「えっ、あのこぶしさんが?」
「あいつ、もういい歳だってのに婚活もしないでジ○ニ○ズの男性アイドルの追っかけとかやっているから、みんなに心配されているんだ」
「……意外だなあ」
あの男装の麗人みたいな女性にも泣き所はあるんだ。
男性アイドルファンとは思っていなかったけど。
「そうでもないよ。こぶしはそっちの方面には顔が利くからね。というか、利くように色々と細かい仕事を受けたりしてるんだよ。〈社務所〉を通さない妖怪退治とかやったりして、わりと芸能界にパイプを作っているみたい」
「―――ゲーム目当てにメーカーのイラスト仕事を引き受ける漫画家みたいだね」
「うちも意外と公私混同するやつがいるんだよ。媛巫女の総括がやっているってのは問題だけど。……この間だって、来年あたりに日本で一番人気のある男性アイドルグループが解散するってネタを仕入れてきて深刻そうに悩んでいたなあ」
「それって、漢字一文字? アルファベットで四文字?」
「後の方。まったく、あれが上司なんだからお困りだよ」
それが事実だとしたら、相当深い部分とのパイプがあるんだ。
まあ、〈社務所〉もなんだかんだいって影響力強そうな組織だし、あっても損はないってことかも。
「いいじゃない。コネとパイプはいくらあっても困ることはないんだから。それで、また話を戻すけど、その地下アイドルの子が襲われているの? それとも、その子が妖怪なの?」
この話の流れだと、そのどちらかが有力になるかな。
「……禰宜が下調べをしてくれた範囲だと、アイドル自体には別に怪しいところはない。ただ、問題となるのは彼女の歌っている唄なんだよ」
「唄が問題なの? 音痴で下手くそとか」
ぼえ~とか音がする―――訳はないか。
「違う。要は、この子が歌っているのが、もしかしたらダミアの『暗い日曜日』なのかもしれないということだよ。しかも、歌そのものにおかしな妖気がこもっているらしい」
「『暗い日曜日』? あの、聞いたら自殺してしまうっていう噂の?」
「そう。知ってたんだ」
「うん、まあ」
その曲の名を聞いて、僕はなんともいえない戦慄を覚えた。
聞いたら自殺してしまうという曲。
いくら無敵の御子内さんでも、そんなものを追って大丈夫なのだろうか、と心配になったのだ。
だから、もう文句を言う気分にはならなかった。
彼女が嫌だといっても、強引について行かなくてはならないと感じたのである。
昔から、物理系最強は特殊・精神攻撃に弱いのが常だ。
もしかしたら、この事件は彼女にとって最悪の相性かもしれない。
だったらいざというときにこの女の子を助けるために付き添うべきだ。
そう、僕は心に決めるのであった。
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