第280話「女子高生なんて……」



 ところがどっこい、次の日のことだ。

 一時限の準備をしていると、僕の机にクラスメートの桜井慎介がやってきた。

 手には高そうなタブレットを持っている。

 以前、ガールズバーにつぎ込んでいた金を、最近ではこっちの方に注いでいるらしい。

 だから、高校生が持つものにしては性能が他とは段違いだ。

 だいたいは動画を見るのに使っているようだけど。


「おいおい、升麻ぁ」

「なに? 僕、忙しいんだけど」

「つれないこと言わずにこれを見ろよ」


 僕としては不本意なんだけど、桜井とは色々あってから親友認定されてしまい、こういう風に懐かれてしまっている。

 おかげでクラスでは目立たない存在のはずのこの僕が、余計な感じに注目を浴びる結果になってしまった。

 正直、本当に心底不本意である。


「一応、見てあげるけどさ」

「おお、さすが升麻だ」


 わりと態度の悪い僕のことを気にもしない。

 周囲にぞんざいに扱われることになれている男というのはこうも図々しくなれるものであろうか。

 僕らの期待を裏切って、意外と大物になるかもしれない。


「で、この子が可愛いんだよ」

「なんだ。アイドルか。えっと、橋本環奈? 西野七瀬? そのあたりでしょ、どーせ桜井の好みは」

「いやいやいや、違う。プロじゃない。ぷろじゃないんだな、これが」


 タブレットにはどうやら動画投稿サイトからの動画が流れていた。

 たぶん、画面の揺れ具合と解析度の低さからスマホで撮影されたものだろう。

 すげえ見覚えがある。

 二十四時間以内に訪れたことのある場所だった。


(……なんだ、なんだ、誰か倒れたのか?)

(前進まねえ。遅刻しちまう)

(おーい、動けよ)

(あれ、なんだ。喧嘩でもしてんのか?)

(わっかんねえな。遅刻しちまうよ)


 ガヤガヤと大勢の人たちが愚痴る様子がマイクに拾われている。

 どう見てもこれは池袋駅の昨日の出来事であった。

 しまった、てんちゃんと〈ぬらりひょん〉のことが動画に映っていたら最悪だ。

 この撮影者がよけいなことをしていなけれどいいけど。

 そうしたら、スマホのカメラの向きが変わった。

 てんちゃんたちが戦っているであろう人混みから、その端に視線が入れ替わったのだ。

 よろめいたりしたのではないことはピントの合わせ方でわかる。

 明確な理由をもって被写体を変えたのだ。

 彼が事件の記憶を諦めて映し出したのは、二人組の女の子であった。

 黒髪ツインテールのセーラー服とブルネットのふわふわ髪をした外国の美少女。

 

 もう、否定の余地もなく、であった。

 僕らはなにごとかを相談していて撮られていることに気が付いた様子もない。


(うわ、マジ可愛い! なに、この子たち? 乃木坂!?)

(こっちには気がついていないようです。バレないようにこっそり撮影します)

(もしかしたらこれテレビ番組の収録じゃね?)

(うわー、ゲキマブ! やりてー)

(もう少し接近して……)

(ちょっ、邪魔だよジジイ。あっ、逃げられちまう!!)

(―――マジ、いなくなっちまった。くそお……)


 どうやらてんちゃんの戦いが終わり、僕たちが撤収するまでを撮っていたらしい。

 かなりバッチリと撮られていて、特定も容易なぐらいである。

 もっとも、カメラの眼でも幻術と見破られないというのは本当のことのようだ。

 僕もロバートさんもどう見てもただの美少女コンビである。

 だが、しかし―――!!

 姿かたちは違ってもこれは僕らなのだ。


「かあいいだろ、この子たち! アップして一日足らずで再生回が十万を越えてんだぜ!! ニ○ニコにもあがっていてコメント数が凄いんだ!!」


 ……勘弁してよ。

 ニ○ニコ動画の方に切り替わり、ついているコメントをみると気が狂いそうになる。

 なんでこんな不特定多数の匿名希望さんたちに愛を囁かれなくてはならないのだ。

 しかもただの性欲の対象扱いされているものもあるし。

 ただ、見覚えのある名前なんかもあったりして、「残念系オクタビオ@パスさんのコメント」とか、「コスプレイヤー〈新宿〉セリーナさんのコメント」とか、明らかに誰だかわかる特定の人物が、面白がって率先して広めているのもわかる。

 こいつらは―――!!

 個人の特定できそうな動画を晒すなんて、メディアリテラシーの欠片もないのか、この人たちは。

 いや、この場合はネットマナーか……この際、どっちでもいい。

 僕の女装がこれほどまでに拡散していることが問題なのだ。

 例え、幻術であったとしても!

〈社務所〉の関係者以外には僕だとは気がつかれないとしても!


「いや、昨日から十回は見ちまったよ。しかも、夜のお供に、ふふふ……」


 嫌な含み笑いすんな。

 満足そうな顔になるな。

 想像させんな。


「ここ、ちょっとスカートめくれて太ももみえてんだけど。思わず、キャプっちまったぜ。あ、待ち受けにした」

「ぎゃああああああ!!」


 なんつーことしてくれてやがるんだ、この変態め!

 A littleちょっとどころかはっきりと映っているじゃないか!


「何、叫んでんだよ。変なやつだな。―――ちなみにな、俺、このツインテールの子なんて好みど真ん中なんだよ。おまえだったら言わなくてもわかってくれるよな、親友!」

「―――っ!!」


 やめてくれ、おまえの好みなんかになりたくないよ……


「ちゅっ、可愛いぜハニー」


 スマホの画面にキスすんな。

 それは僕なんだぞ。

 ―――そのとき、スマホが鳴ってメールが届いた。

〈社務所〉でIT担当の知り合いの禰宜さんからだった。

 そこには、


〔お世話になっています、升麻さま。(URL)こちらの動画について削除申請をした方がいいですか。ただ、この手のものは消すと増えるという法則がありまして、これ以上の拡散を考えるとあまりお勧めできません。ご指示をお願いします。用件のみにて失礼します。〕


 と、もうどっちに転んでもどうにもならないことが書いてあった。


「ガシッ! ボカッ!」


 ボクは死んだ。スイーツ……






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る