第276話「少女たち(偽)は荒野を目指す」



 色々と調べたところ、痴漢の被害にあいやすいのは、色っぽかったり露出の激しい服を着た女性ではなく、大人しめのいかにも抵抗をしそうにないタイプが多いそうだ。

 ということで、僕とロバートさんは控えめな格好にした。

 僕は、わりと平凡なセーラー服で、上着の代わりに白いニットのセーターを着て、セーラーの部分だけを首元から出している。リボンは外しておいたので出しやすかった。

 スカートは短くせずにひざ丈まで、ふくらはぎ丈にすると足が太くみえるので女子はやらないそうだ。ミニスカートはさすがに寒いのでやりたくないし。

 靴下は紺地のハイソックスで、ローファーも同色。

 カバンもあまり高いものだと嫌味なので、普通の学生用のバッグにした。

 鏡を見ると、例の視覚誤認の幻術のせいもあって、ツインテールの内気そうな美少女が映っていた。

 イメージとしては病弱な御子内さんっぽい仕上がりだが、腰までのツインテールは確実にセッティングした人の趣味だろう。


(あれ、ここまではっきりと他人になってしまうのなら女装しなくてもいいんじゃない?)


 と思ったが、熊埜御堂さ……いや、てんちゃんに言わせると、「女装という基盤があるとさらに誤認が進むので効果的なのですよー」とのことである。

 まあ、僕の隣で恥ずかしそうに俯いているロバートさんを視ていると、そんなことはおためごかしにしか聞こえない。

 身長180センチ、体重90キロ以上の大柄な外国人のはずの彼が、150センチ台のブルネットの美少女になっているのだから、詐欺もいいところである。

 やや垂れ目気味とはいえ、キーラ・ナイトレイあたりに近い彫の深い美貌は、彼の持つケルトの血が元になっているものと思われる。

 服装としては、僕とは違い、ブレザー型であまりいじくってはいない。

 膝上十五センチのミニスカートを履かせられているのはさすがにかわいそうだった(ちなみにサイズがなかったらしく、履けるサイズのスカートを腹部で巻き上げてある。昔はそうやってミニスカにしていたらしい。あと、聞いた話では昔の女の子は子供用のものをわざわざ購入していたりもしたそうだ)。

 彼がずっと俯いているのは女装が恥ずかしいからなのだが、傍から見ると単に内気な外国人の少女そのものである。

 これは僕でもイタズラや揶揄いたくなる。

 痴漢まではしないけどね。

 僕たちはわざと人混みに流された感じで左の端に陣取った。

 今はともかく昔の最強線の悪い噂を知っていると、周囲のまっとうなサラリーマンたちまで怪しく見えてくるのがとても哀しい。

 ただし、僕らが移動したのは実は監視カメラがついているところなので、人間の痴漢がいたとしても恐ろしくてやってはこないだろう。

 わざわざ目立つように設置されているカメラの前で痴漢する社会的命知らずはいないからだ。

 だから、ここにいる僕らをターゲットにしようとするものはすでに一種類しかいない。

 つまりは、〈ぬらりひょん〉だけ。

 かのスケベ妖怪の被害は、ほぼこういう監視カメラがついている場所で発生している。

 妖怪はよほどのことがない限りカメラには映らないということと、映ったって〈ぬらりひょん〉をただの人間がどうすることもできないし、社会的地位がなくなることもどうということもないからだろう。

 さらに言うと、スケベ心を出すと人に目撃されるらしい〈ぬらりひょん〉だが、その状況でも監視カメラには靄程度にしか映らないようである。

 人間だけがなんとか〈ぬらりひょん〉を視認できるという訳だ。

 要するに、かの妖怪なら猥褻行為やりたい放題ということなのである。

 監視カメラの存在のおかげで油断している女性客がやってくるというおまけもあるし。

 一応、各車両を巡って被害者を物色しているらしいが、今回は僕らという偽者とはいえ美少女コンビがいるのだからまず確実に釣れるだろう。

 釣れなくても往復するまでだ。

 今日は平日の月曜日だけど、一時限の授業が始まるまでに学校に着ければいいし。


「―――京一、おまえが学校に行ったら、この役をするのが私だけになってしまうので勘弁してくれ」

「ロバートさん、神社に居候しているニートなんだからいいじゃないですか」

「……熊埜御堂神社で書類整理の仕事はしているぞ。なぜ、私がニートになるのだ!」

「てんちゃんからはそう聞いています」

「いつか〆る。あのサイコパスロリータめ……!!」


 怒りで打ち震えているロバートさんがなんか可愛いぞ。

 よく考えたらこの人は透明人間なので本当の顔は知らないし、何かあったらこっちの美少女顔でこれからは想像していくかなあ。

 わりと不憫な不幸タイプが僕の萌えにあるのかもしれない。

 などと思っていたら、乗車率が何パーセントか知らないが、明らかに度を越してラッシュが酷くなってくる。

 あまりにも人が多くて息をするのも大変だった。

 

「ぐっ」


 僕とロバートさんが電車の最前列の壁に押し付けられた。

 ちょっと不自然なぐらいに背中を向ける形で。

 誰かに誘導されたかのように。

 嫌な予感がする。

 それはぴったりと的中した。


 むにむに


 いきなり、後ろから尻を掴まれた。


(あー、マジで来ちゃったよ……。最悪)


 男に産まれて十七年。

 痴漢に尻を揉みしだかれる日が来るなんて思いもよらなかったけど、そんな経験をしなきゃならないときもあるんだなあ。

 ちょっとだけだが辛抱しないと。

 こいつが本当に〈ぬらりひょん〉だとしたら、なんとしてでもとっ捕まえて、ボコボコにしてもらうぞ。

 

 すりすり


(ぎゃー、勘弁してー!!!)


 こんな風な貞操の危機を感じるのはホント初めてだよ……

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