第251話「手荒な歓迎とお手軽な制圧」

 僕たちに突き付けられたのは、ピカピカ光る拳銃の銃口だった。

 どう見ても半グレのような青年の手に握られた自動拳銃が、冷たい輝きを放ちつつ、僕らを威嚇してきた。

 持ち主の方も、まだあどけなさは残るがそれにしても悪そうな顔をしている。

 金髪が溶けたプリン頭だしトサカのようなソフトモヒカンだし、お世辞にも善い人とは思えない風貌だ。

 しかも、僕らを恫喝しているし。


「待ってください、僕らは別に何もしていません」

「うるせえ、なんだ、その覚醒剤つめたいもの打っているようなイカレタ格好は!!」


 チンピラの視線の先には御子内さんがいる。

 白衣に緋袴の改造巫女装束に、リングシューズと革のキャッチグローブ、ついでにケプラー製の身ごもという姿はまあ通常ではない。

 僕もだいぶ麻痺してしまっているが、こんなコスプレ以上の格好をして中央線と武蔵野線とバスを乗り継いできてもおかしいとは微塵も感じなくなっていたのだから。

 薬物をやっていると難癖つけられるのは癪だが、御子内さんの格好は確かに一般人からすれば警戒した方がいいものかもしれない。

 もっとも、拳銃突き付けられるほどではないだろうが。


「待ちたまえ。ボクは怪しいものではないよ」

「怪しいどころの騒ぎじゃねえだろ!! なんで、巫女がこんなところにいるんだ!! 初詣の寺じゃねえんだぞ!!」


 お寺にも巫女はいないけどね。

 ただ、こんな風貌の人に正論吐かれるのはやや複雑な気分だった。


「どうする、京一?」

「御子内さん、これ、モデルガンだからやっちゃっていいよ」

「了解」


 僕が言うのと同時に彼女の足が撥ねあがり、拳銃を持つ手首をつま先で抉った。

 銃口が上を向く。

 そのまま後ろに回転し、伸びきった左足の直蹴りがソフトモヒカンの青年をふっ飛ばした。

 彼女にしては容赦しているのはわかるのだが、もう少し手加減してあげてもいいぐらいの勢いで後方へと倒れ行く。

 やられた本人は何が起きたのかきっとわかっていない。

 一年付き合ってきた僕にさえ、目にもとまらぬ速さだからだ。


「!? ―――!!?」


 目を丸くして仰向けになって空を見上げている青年の手から零れ落ちた拳銃を拾い上げる。


「よくモデルガンだとわかったね」

「これって正式名称は『デザートイーグル』っていってね。『プレデター2』でマイク・ハリガンが使っていた奴なんだけど、結構高いし、日本のこんな田舎のお兄さんが持ち歩けるようなものじゃないんだ。ヤクザとかからの横流しならトカレフとかマカロフとかMP25みたいなのでないとね。ひと目でモデルガンだとわかるよ」

「……ボクにはわからないけど」

「男の子の必須教養なんだ」

「へえ」


 僕だってあまり詳しい方じゃないから、クラスメートの赤嶺とかの受け売りなんだけれど。


「さて、こいつをどうしようか。もしやこの家の関係者のはずはないと思うけどさ」


 御子内さんが胸倉を掴んで引き起こそうとしたら、


「兄貴!!」


 と、門が中から開いて、一人の少年が走り出してきた。

 こっちは背が低く、似合っていないリーゼントのような髪型をしていて茶髪だ。

 倒れている青年とサイズと髪型以外はそっくりなので兄妹だろうと思われる。

 彼は兄を起こそうとしている御子内さんに殴りかかる勢いで僕の横を通り抜けようとした。

 万が一にでも御子内さんを殴らせる訳にもいかないので、僕はその腕を掴んで止めた。

 おそらく中学一年生ぐらいだろう。

 いくら僕が気が弱くても三つや四つも下の子には力で負けない。


「放せ!!」

「……君は望月さんところの下の息子さんかな?」

「放しやがれ、このシャバ僧が!!」


 なんだろう、ビーバップハイスクール世代でもないと使わなそうな単語を聞いた。


「怯えているのはわかるけど、僕らに当たるのはお門違いだよ」

「なんだてめえ!!」

「妖怪が怖いんだよね。君たち兄弟は?」


 顔色が変わった。

 どうやら間違いないらしい。

 この兄弟―――転がっているのはもしやこの家の関係者だったわけだ。


「……まさか、この連中、望月豊作の子供なのか?」

「そのまさかっぽいね。家の中から出てきたから、泥棒でもなければこの家の人なんだと思う」

「てめえ、うちになんの用だよ! 兄貴が何をしたってんで!!」


 僕らにモデルガンとはいえ銃を突き付けて脅したんだけどね。

 まあ、ちょうどいいところに来た上に、話のとっかかりにはなるからいいか。


「……ちょっと話を聞かせてもらっていいかな。そうすれば少なくとも妖怪については手が打てると思うよ」

「なんだと……?」


 僕の考えが読めたのか(さすがは相棒)、御子内さんはソフトモヒカンを強引に立ち上がらせて、腕の関節を逆に締め上げて、望月家の門へと歩き出す。

 可愛らしくウインクをしてきたけど、やっていることは基本的に可愛くはない。

 まあ、ともかく、僕らは〈泥田坊〉についての情報を手に入れることができそうなのでよしとしようか。



        ◇◆◇



「だからよお、親父は、もお癌で長くねえんだよ……」


 さっきまでのチンピラぶりはどこに行ったのか、望月兄貴の方は僕らに泣き言を言い出した。

 実の父親が癌で闘病生活、面倒を見ていてくれた祖父が交通事故で急逝、残された彼らだけでは葬式もまともにできないということで、幾人かの親戚の面倒を見てもらっているようだ。

 とはいえ、どう見ても半グレかチンピラな彼らのことを親身に相談に乗ってくれるはずもなく、持てあまされている状態らしい。

 おかげで僕ら(特に御子内さんの巫女装束に)に対してむしゃくしゃして絡んだというのが真相みたいだ。


「ジジイはもともと俺らのことは厄介者ぐらいにしか思っていねえけど、それでも死なれちまうとキツいし、なんだか叔父さんは殺されちまうし…… どうすればいいかわかんねえんだ」

「兄貴……」

「弟よ……」


 新しい情報が入った。

 この家の中では祖父と孫の関係はあまりよくなく、少なくとも慕われる関係ではなかったということ。


「ここに戻ってきたのは……」

「着替えとかを取りにだよ。ジジイと叔父さんの葬式は町の葬儀屋がやってくれるってから、俺らは一度帰れっていわれたんだ。あんまり、ここにはいたくねえんだが」

「どうしてだい? キミらはここで育ったんだろ」

「育ったのは十年ぐらいだ。親父がジジイの跡を継ぐことに決めたらしいから、それで戻ってきた。あんときゃ、母ちゃんがどっかに行っちまって俺らも途方に暮れていたからちょうどよかったけどよ」


 ……母親がいなくなった?

 前にどこかで聞いたな。

 確か……


「キミらの母親は離婚して実家にでも帰ったのかい?」

「いや。親父が言うには男作って出てったらしい。んで、親父は仕事もねえんでジジイの手伝いに帰ってきたんだ。あのクソジジイにしては珍しく親父に手を貸してくれたって喜んでいたな。あんとき、親父、すげえ凹んでいたからよ」

「お祖母さんのことについて聞いたことはあるかい?」

「ねえな。つうか、祖母ちゃんの話はタブーっつうか、しちゃいけねえことになってた」


 兄弟は沈痛な面持ちのままだった。

 彼らの身内の不幸のことを考えるとさすがに可哀想になる。

 しかし、祖母だけでなく母までが逃げ出しているということは、この家族にはどんな問題があるのかと不思議になった。

 ただ単に素行が悪そう、だけでは片づけられない話だ。

 外からはわからない、何か異常なものでもここには存在するというのだろうか。


「……それで、なんで妖怪を怖がっているんだ。そこがよくわからない」


 御子内さんの問いに対して弟が、


「親父が……俺が死んだらおめえらもヤバくなるからできる限り遠くへ逃げろって前から言ってたんだよ」

「何から?」

「俺はあのクソSのジジイが何かすんのかと思ってたけど、話を聞きに来た警察が叔父さんのひでえ死に方を教えてくれてさ…… ジジイが死ぬ前に言ってた『オレは死んだら化け物になってでも田んぼを守ってやるぜ。〈泥田坊〉になってでもな』とかいう戯言を思い出した。あのジジイなら妖怪になってもおかしくねえし、実際に叔父さんは殺された。どう考えてもおかしいじゃねえか」

「ガキンときから、あのジジイは『俺たちに田んぼを絶対にてめえらにはやらねえ。てめえらはここを売り飛ばそうとするに決まっているからな。殺してでもやらねえ』ってほざいてた。叔父さんはバカにして笑い飛ばしてたけど、マジで殺されちまった」

「叔父さん、こんなクソ田舎の土地を買って祖母ちゃんを追い出したジジイを憎んでいたから、その仕返しだったんだろけどさ。まさか、ホントにジジイが化けて出るなんてよ……」


 兄弟は水を向けなくても、こちらの知りたいことをペラペラと喋ってくれる。

 話が妖魅絡みのオカルトだから、今までまともにとり合ってもらえなかった反動だろう。

 僕らが尋問する必要はほとんどないぐらいだ。


「で、お祖父さんが化けてでたのだと、キミらは信じている訳だ。しかも、親父さんが死んだら自分たちが危険になるとほぼ確信している」

「ああ。他人にゃあわかんねえだろうが、この家でずっと暮らしているとそれが真実のような気が済んだよ。確信できんだよ。あのジジイはいかれてたから……」


 二人は正直に話しているのだろう。

 顔つきでわかる。

 でも、おかしな話だ。

 お祖父さんの死亡で相続は始まる。

 それは二分の一ずつ、息子たちに分け与えられる。

 望月耕作が殺されたのはおそらくそのせいだ。

 だが、同じ条件のはずの兄貴の豊作はまだ生きている。

 末期癌ということはもうすぐ亡くなられるかもしれないが、それは関係なく、どうして田んぼを相続した二人で差が出たのか。

 豊作は家業の農業を継いでいたから……?

 いや、なんとなくしっくりとこない。

 罵倒語の「たわけ」という言葉は、「田分け」であり、相続のたびに大事な田んぼ分割して最後には細切れにしてしまうことほど愚かなことはないといういう意味だという説もある。

 たわけの語源は実際には違うようだが、今回の事件についてはそれも何かを示唆している気がしてならない。

 伝承にある〈泥田坊〉のイメージとは合致しないのだ。


「とにかく、この家の交通事故で亡くなった祖父が〈泥田坊〉であることは間違いなさそうだ。京一、〈護摩台〉を設置するための資材を運び込むように連絡してくれ。良さそうな田んぼはこれから吟味するから」

「わかったよ」


 ……とにかく、〈泥田坊〉がまた人を殺さないうちに退治する必要があるのは確かであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る