第242話「謎の送りもの」
福生市にあるすでに使われていない畑の真ん中に、その建物は立っていた。
元々は米兵のための施設だったらしく、かなり大きめの造りだ。
目を引くのは、完全に周囲を塀と柵で囲ってあることと、それがつい最近やられたばかりだということである。
実際、すべて一ヶ月以内に用意されたものだろう。
しかも、見えないように幾つもの監視カメラが仕掛けられ、よくよく見ると頑丈すぎるほどの補強がしてある。
下手をしたら自衛隊や米軍の基地の入り口よりも厳重だ。
ヴァネッサさんと皐月さんが住んでいるのは、このアルカトライズ刑務所みたいな建物なのである。
これだけしっかりしていれば、余程の油断をしない限り、日本ではこの囲いを突破して襲撃してくる殺人鬼はいないだろう。
中には四六時中皐月さんもいるし、おそらく警備は僕が思っているよりも厳重なのだろうしね。
さらに想像するならば、彼女たちの身柄を引き受けている警察庁だけでなくて、きっと〈社務所〉も人材を回しているはずだ。
だから、日本にいる間、ヴァネッサさんを脅かすやつは早々いないと思う。
インターホンを押すと、幾つかのカメラが僕を撮影しているのがわかった。
要するに、死角をなくすための工夫だろう。
僕の陰に隠れて誰かが侵入しないためのものだ。
きっと、赤外線カメラとかもある。
FBIの秘蔵っ子だから、警備のためにかなりの最新機器が導入されているはずだしね。
「升麻です」
『おー、京くん、チース。うちのおっぱいを見に来てくれたのかい? 嬉しくて胸がおっぱいだあ』
「いっぱいの間違いですよね。おはようございます、皐月さん」
『冷静なツッコミだなあ。突っ込むときはもっと性的に興奮してくれないと楽しくないんだけど』
「はいはい、わかりました。で、門を開けてくれるんですか?」
『うーん、ちょっと待って。今行くから』
しばらく待っていると門の内側に誰かの気配がした。
玄関から出てきたのだろう。
ちなみにこの家の扉は分厚い金属の機械仕掛けで、指紋と角膜認証をしないと開けられないらしい。
しかも登録してあるのは、住人の二人だけ。
あと、例の〈ドッペルゲンガー〉の存在もあったからか、同一のデータ称号が何度も行われた場合は自動的にロックされる仕掛けらしい。
相当な気の遣いようだ。
ただ、ここまでやらないとスターリング家の女性の安全というのは保証されないほどだとすると涙が出そうになる。
「すいませーん」
後ろから声をかけられた。
思わず警戒しながら振り向く。
さすがの僕もこれだけ脅されると常に殺人鬼の存在を注意するようになるのだとよくわかった。
ただ、そこにいたのは宅配便のトラックから降りたオジサンだった。
トラックは本物のようだが、助手席にいるのは制服を着ているけど、おそらくバイトか派遣社員。
僕もたまにバイトすることがあるからだいたいわかる。
「はい、なんですか?」
「ここの家の人?」
「いいえ。でも、友人です」
「なら良かった。ここのお客様に荷物届いているんで、インターホン代わってもらえるかな」
「今来ますよ」
この宅配便のオジサンが殺人鬼でないという保証はないけれど、顔を出すのは皐月さんだ。
少なくともあの御子内さんたちの同期の現役の退魔巫女なのだから、彼女がいれば問題ないだろう。
実際、機械式の扉が開いて顔を出した皐月さんは、宅配便に対してなんの警戒も見せなかった。
「あれ、荷物が届いたのかなあ?」
「ええ。えっと、スターリングって読むのかな? アメリカから届いてますよ」
「うーん、なにそれ。アメリカ?」
「はい。海外便です」
皐月さんは少し考えると、
「どんなのっすか?」
「えっと、ベッドって話ですね。バラしてない一個口の荷物で、この二トン車の荷台丸丸占拠してます」
「ベッドってもうあるよ。送り主は誰なのさ?」
「これですわ」
差し出された送り状には、汚いカナ釘文字でここの住所が書かれていた。
しかも、英語表記で、日本のように国・都道府県・町・番地の順番ではない。
アメリカというか欧米式の住所表記なので日本人ではないことは明白だ。
送り主の名は……
「ベン・ウィルソンね。聞いたことがない名前だあ。しっかし、きったねー字ね。まともに学校も行ってないな、こいつ」
「知らない人から、ベッドが送られてきたってこと? ちょっと変だね」
「まあね。調べてみるか。ねえ、オジサン、ちょっと後ろ開けてよ」
宅配便のトラックを開けると、かなり大きめのベッド―――それでもシングルサイズだ―――がダンボールで梱包されていた。
皐月さんは中を開けずに、じっと凝視する。
きっと「殺気を視ている」のだろう。
彼女の使う、
だから、もし梱包の中に人がいたとしたらわからないはずがない。
「誰かが隠れているとしても無理かなあ。開けて調べてみるしかないじゃん」
皐月さんは降りると、
「オジサン、これ、降ろして門の前において」
「いや、家の中まで俺たちが運びますよ」
「それはいいよ」
「だけど……」
「うんと、敷地の中は業者さんも立ち入り禁止ってことになってんの。家まで持ってくのは、うちとこの彼氏でやるから、オジサンたちはハンコもらったら帰ってくれていいよ。あ、代金は?」
宅配便の業者は伝票を見て、
「アメリカじゃあ、着払いってのはないってホントかい?」
「……まあね。じゃ、サインはうちがするよ」
「頼むよ、お客さん」
バイトらしい助手と一緒に梱包済みのベッドが門の前に設置すると、オジサンはさっさと帰っていった。
かなり手間と時間が稼げただろう。
他の荷物がなかったから、一度集配センターに戻るだろうけど、内心では楽に終わってウキウキのはずだ。
「ねえ、皐月さん。これ、どうすんの?」
「うちと京くんで運び込むんだけど。その前に、この上で二人でイイコトしよっか? イ・イ・コ・ト♡」
「……ヴァネッサさんが見ているけど」
「ひっ!!」
門の内部からヴァネッサさんが顔を出して、白い眼で皐月さんを睨んでいた。
ジト目という奴かもしれない。
本当に皐月さんは言動に注意しないとそのうち叩きだされるよ。
「ヴァネッサさん、これどうしようか?」
「わたし宛の荷物なんですよね。……ベッドなんですか?」
「家に運び込む前に、確認しておこうよ。皐月さん、手伝って」
「あいよ」
僕たちはダンボールを剥いて、巻いてあったラップをとる。
出てきたのは、随分と古い、いかにも長年使われていましたという様子の木製のベッドだった。
マットレスは汚れていて、一言でいうと使用感ありすぎだ。
木枠には幾つもの傷がついている。
しかも、小さな子供のものらしいシールも貼られていた。
なんだろう、これ。
よく観察してみると、日本から輸入されていたパワーパフガールズっぽい。
最近の子供のものかな……
ふと眼を上げると、ヴァネッサさんの様子がおかしい。
凍りついたように立ち竦んでいた。
「どうしたの?」
すると、彼女はベッドの木枠の一点を指さした。
そこにはマジックを使って子供っぽいアルファベットで何やら書かれていた。
これを指さしたということは読めということかな。
「えっと、―――n.e.s.s.i.e。……『ネシー』って読むのかな? 人の名前みたいだけど」
「ネシーというのは、ヴァネッサの愛称です。わたしもママやグランマからはそう呼ばれていました」
「へえ。すごい偶然があるものだね……って訳はないか」
僕はヴァネッサさんが硬直している理由がわかった。
もしかして、このベッドって……
「君の、なのかな?」
「はい、そうです。わたしがまだ子供の頃から使っていて……。いえ、正直に言うと、ここに留学が決まるまで使っていました」
驚くべく告白だった。
そんなものがどうして、今、この家に配送されてきたのだろうか。
「いったい、誰が……?」
楽しいだけのはずのハロウィーンパーティーは、どうもそれだけでは終わらなそうな予感に満ちてきたのであった……
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