ー第33試合 収穫祭の夜にー
第241話「10月31日は何の日?」
御子内さんは、時折、普通の女子高生の振りをしたがる傾向がある。
彼女の親友たちや知人、僕も含めた関係者はみんな、「今更?」みたいな顔をするのがお決まりの光景なのだが、本人はいたく真面目な面持ちで口にしてくるのであまり無碍にもできない。
この日、彼女たちの住む武蔵立川市から電車ですぐのところにある立川駅北口の某有名アイスクリーム店で、御子内さんが言ったのもそういうものだった。
「ハロウィーンパーティーをしようじゃないか!!」
凄く言ってやったみたいなドヤ顔であった。
本人的にはきっと会心の提案のつもりなのだろう。
以前の合コンの時もそうだったが、御子内さんの内部には「今どきのおきゃんな女子高生はこういうことをするべし」という非常にズレた価値観が存在し、それに従うことが正義みたいなところがある。
ハロウィーンをやろうというのは、きっとアイスクリーム屋さんの内部をデコっている様々なハロウィーングッズの影響であろう。
黒い紙で作られたコウモリ、ビニールの蜘蛛の巣、ジャック・オー・ランタンという目と口を切り抜いたカボチャの頭、緑と黒のリースに可愛いミニスカの魔女たちのイラスト。
どれもが月末の収穫祭―――ハロウィーンに向けての飾りつけだ。
最近になってクリスマスやバレンタインデーと並んだ新しいイベントとして、色々な勝者が躍起になって宣伝しているからか意外と知られるようにはなっている。
とはいえ、もともとの起源も知らずにただの仮装パーティーのノリになってしまっているところはさすがにいただけない。
僕としてはあまり興味のないお祭りだった。
だが、なんというかノリに弱い御子内さんにとっては別だったらしい。
高校の文化祭で巫女喫茶とかを勢いでやっちゃう女の子なので、特に不思議ではないのだけれど。
ただ、〈社務所〉という神道の組織の巫女であるものがウキウキ気分でやっていいものなのかは疑問があるが。
まあ、そのあたりはあとで考えるとして、この提案を聞いた僕がするべきことを以下の三つから選ぶとするならどれが正解となるであろうか。
まず、A案は「そうだね。いつにしようか」と彼女のアイデアを全面肯定して、すぐにでもパーティーの準備を始めるというもの。
次に、B案は「えっと、ハロウィーンって欧米のお祭りだよね。キリスト教とかも絡んでいるから神道の巫女さんである御子内さんがやるのはいかがなものかと」と至極現実的なツッコミをして否定すること。
最後に、C案として「このアイス美味しいね」と華麗にはぐらかしスルーしてしまう。
いつもの僕ならば、ツッコミを入れても疲れるだけなのでC案を選択することになるのだが、今回はその前に意外な伏兵がやってきた。
「いいアイデアですわ、或子サン。私も賛成です」
拍手をするぐらい喜んで同意したのは、御子内さんと同じ武蔵立川高校に留学しているアメリカの女子高生ヴァネッサ・レベッカ・スターリングさんだった。
金髪碧眼でスタイル抜群、さらに極め付けの美少女という、いかにもアメリカ人に対する夢が詰まったような女の子である。
彼女は僕らと同い年だというのに、実はアメリカのFBI(連邦捜査局)の捜査官であり、今は事情があって日本に留学という形をとっている。
気のふれたような殺人鬼を何故か惹きつけてしまうという体質のせいで、今までとんでもない苦労をしてきたこともあり、日本でのんびりと骨休めをしているらしい。
ただ、優秀なプロファイラーでもある彼女は警察庁からの要請で何度か日本の犯罪捜査に協力しているという話だった。
ハロウィーンといえば、基本的にはアメリカが本場なので、アメリカ人としては郷愁がそそられるのかな。
「……実は、私、
「それはまたどうしてだい?」
「関連性があるのかどうかは知りませんが、ハロウィーンの前後ってアメリカ中の殺人鬼が活発に動き出すんです。蠢く、っていうとわかりやすいのかしら? FBIは発表していませんが、収穫祭のある週に発生する殺人の数は普段の五倍前後に膨れ上がるんです」
五倍!
さすがに僕も驚いた。
というか、アメリカの犯罪発生率の高さは知っていたけど、確認されているだけでも殺人鬼がどれだけわんさかいるのさ。
しかも、発覚していない事件もあるんだろうから、潜在的な殺人の件数は想像もできない。
おっかないなアメリカ。
なるほど、歩いているだけで殺人鬼を引き寄せるスターリング家の女性たちをFBIが重視するのもわかる気がする。
彼女たちを囮にでもしない限り、国内の殺人鬼を狩り立てるのはなかなかに難しい作業なのだろう。
……しかし、どうしてハロウィーンになると殺人鬼は活発化するのだろう。
クリスマスやお正月でもいいだろうに。
「アメリカ人は敬虔なキリスト教徒が多いですから、イエスの御生まれになったクリスマスや春のイースターに暴れることは考えられないのでしょう。逆にハロウィーンは土着の風習と結びついた感がありますので、勝手が違うのかもしれませんね」
「ほお。興味深いね」
「でも、そのせいでヴァネッサさんはハロウィーンを愉しめなかったんだから」
「―――そうだ! ここはヴァネッサのためにもハロウィーンパーティーを成功させるのが、ボクらの使命だと思わないか、ねえ京一!」
さっきまでただの思い付きで喋っていたくせに、大義名分を備えてものすごくやる気になっている。
まあ、ヴァネッサさんの気持ちもわかるしなあ。
「会場は、うちらの借りている宿舎でやればいいよ」
さっきまで黙っていた最後の一人が口を開いた。
やけに静かだなあと思っていたら、アイスクリーム店の店員さんのハロウィーンコスプレをFBI仕込みの隠しカメラで盗撮して、出来栄えをチェックしていたようであった。
どうみても変態か性犯罪者だよね。
これを僕らのような男性がやっていたら、間違いなく「お巡りさんこの人です」と通報されてしまう。
同性、しかもボーイッシュではあるけれどかなりの美少女であるからこそ許されるといってもいいかも。
その変態は、一応話を聞いていたらしい。
「宿舎?」
「いや、ただの一軒家なんだけどさ。うちとヴァネッサだけの愛の巣ってところかな」
「皐月。変なことを言わないで」
「いいじゃん、ホントのことだし」
「私と皐月の間に友情はあっても愛情はないからね」
「―――マジ? 本気と書いてマジ!! 久美子さん、そんな殺生な!!」
アメリカ人のヴァネッサさんには絶対に通じないサブカルネタで嘆き悲しまれても。
あと、皐月さんってオジサン臭さハンパないよね。
「で、なんで宿舎がいいんだ? 皐月、さっさと説明しろ」
御子内さんは、同期の退魔巫女である
むしろ「嫌い」とまで言われている。
何故かというと、まあ、説明しなくてもわかるとは思うけど。
今回だって、御子内さんがアイスクリームを食べに誘ったのはヴァネッサさんだけで、わざわざ「皐月はいらない」と釘を刺したのについてきたのでちょっと怒られていたぐらいだ。
「うんとさ、ヴァネッサが住んでいるところの隣とかは結構危険でね。住宅街とかマンションとかには住まわせられないんだ。だから、近所には人のいない場所を選んで借り上げているんだよ」
「隣が危険とは?」
「殺人鬼は基本的に周囲を巻き込むことを躊躇わないんです。だから、できたら、人気のないところにいた方がいいんです。ちょっと不便ですけどね」
ヴァネッサさんの苦労が偲ばれる内容だった。
いつもそんな面倒なことに巻き込まれているとは……
「人気がないということはいくら騒いでも平気ということだよ。うちらの夜のギシギシあんあんも誰にも聞かれないというメリットつきなのさ!」
「……パーティーを催すには最高の立地ということだね。いい! ヴァネッサの家を会場にしよう!」
御子内さんは皐月さんの戯言をほぼ聞き流す。
付き合いが長いだけはある。
どうせたいしたことは言っていないし。
「どうぞどうぞ。パーティーなんてとても嬉しいです」
「よし、じゃあ日取りを決めたらレイや音子も呼ぼう。藍色は……皐月がいるからなあ。来ないかもしれない」
「え、どうしてうちがいるとアイちゃんが来ないの!?」
「……キミ、修行時代にあいつのブラジャーの匂いを嗅いで死ぬほど怒られたろ。今でも根に持っているぞ」
「……あ、あれはギャグの一環で……いい匂いがしたのは確かだけどさ!!」
うん、嫌われるにはやっぱり相応の理由があるもんだね。
真似だけならともかく実際に嗅いでいたのなら当然である。
生真面目な藍色さんとは合わないだろうことは明白だ。
「藍色さん、仮装とか好きっぽいから呼べば来ると思うよ」
「へえ、―――どうして京一がそんなことを知っているかはさておき、藍色がきてくれると嬉しいな」
どうやら御子内さんは久しぶりの〈社務所〉の同期会をするつもりでもあるのだろう。
ハロウィーンは名目で本音は親友たちと遊びたいだけなのかも。
なら、たまに骨休めすることもいいか。
「わかったよ。基本的な準備とかは僕がするから。それでいいかな?」
三人は楽しそうに賛成をしてくれた。
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