第243話「仮装百景」



 先乗りした僕が、朝から用意しておいた飾りつけを準備したり、パーティーのグッズを配置したりしていたら、すぐに昼になった。

 パーティーは夕方の、逢魔が時から始めたいということなので、それまでに食事の用意もしておく。

 高校生ばかりだからお酒は用意しておかなかったけど、退魔巫女たちはすでに酒の味を仕込まれているのでどうせ隠し持ってくるだろうとは思っていた。

 とりあえずジャック・オー・ランタンを造ったときに抉り取った果肉のスープをコンソメベースで仕上げる。

 マッシュドボテトのようにジャガイモを潰したコルカノンは、家で準備だけしておいたので盛り付けるだけ。

 半分に切った片煮卵を並べて、パプリカとパセリ、マヨネーズ、生ハムなどでざっと飾りつけたもので「悪魔の卵」という大皿。名前はアレだけど見た目がかなりかわいいので、女の子ばかりだから喜ばれると思う。

 ゾンビカクテルというのもある。

 ラズベリーとレッドカランと甘いジュースで血のような赤い液体を作って、バケツみたいな容器になみなみと注ぐのだ。ものの本によるとリアルに作るのがコツなのだそうだが……

 あと、メインどころとしては鶏の手羽先を焼いて、血のようなチリソースをかけて、コウモリの羽根っぽく焼いてみた。かなり大量に焼くと確かに不気味だ。

 デザートにはパンプキンパイを用意して、ヴァネッサさんの家で焼く。

 やはり米軍の関係者のハウスでもあったらしく、でっかいオーブンがあったのでこれは楽だった。

 おまけにいかにもアメリカな色とりどりすぎて食欲減退するようなゼリービーンズも皿に乗せておいた。

 ここまでが、いかにもハロウィーン用の食べ物。

 彼女たちにはどうせ足りないだろうから、他にアメリカ風のごっついステーキも用意しておく。特に誰とは言わないがお肉大好きっ娘がいるからだ。

 定番のフライドチキンはやめて唐揚げにしておく。

 僕の調理法だとこちらの方がコストがかからないし、ヴァネッサさんにも少しは日本の基本的なところを味わってもらいたいというのがあった。

 だから、ニンニクだけでなく甘辛味付けした和風の唐揚げにした。

 そういえばローソンでご当地唐揚げくんを販売したとき、北海道版は「ザンギ味唐揚げ」というものだったらしいが、「ザンギって唐揚げのことだから、それって唐揚げ風唐揚げじゃね」と妹と悩んだことがあったな。

 閑話休題。

 よし、だいたいこんなところか。

 ビッシュ・ド・ノエルみたいなケーキも欲しかったけど、あれはクリスマスのものだし今回はいいかな。


「火を入れるもの以外は準備できたよ」


 飾りつけをやっている二人に声をかける。

 パーティー会場になるダイニングから居間にかけては結構派手になっていた。

 僕が用意した飾りと自分たちが用意した分で凄いことになっている。

 さりげにワインが並べてあるのがもう末期的だ。

 阿鼻叫喚の宴会に雪崩れこむのは間違いないところだろう。


「サンキューです、京一サン」

「おお、京くんやるじゃん!」


 二人はすでに仮装を終えていた。

 皐月さんは紅白の丸っぽい服と手袋・靴を履いたピエロの姿だった。赤いお鼻とウィッグのせいですぐに誰かはわからないぐらいである。

 ヴァネッサさんは緑色の帽子とエンドウ豆みたいなヒラヒラの裾をした男装―――いわゆるピーターパンスタイルである。

 胸の大きい彼女には似合ってない気もしないでもないが、下手に露出過多なことをされても困るので妥協しておくとしよう。


「みなさんが来る前に終わって良かったです」

「でもよー、一人ぐらい手伝いに来いってんだ。いつも思うけど、みんな女子力がないよね。うちが一番家庭的だってのは間違っている!」


 うん、確かに、本当に、そんなことないよね。

 もっとも、誰も時間前に来ないというのはさすがに女の子ばかりの集まりとしてどうなんだとは思わなくもない。

 ただ、招待した面子を思い出すと諦めが先に立つので仕方ないか。

 甲斐甲斐しく料理を手伝うレイさんとか音子さんは想像もつかないしね。


「……でも、さっきのベッドは運び込んじゃって良かったのかしら」

「そうなんですけどね」


 ヴァネッサさんが前の家に置いてきたはずなのに、送られてきたというベッドの扱いについてだが、とりあえず奥にある空き部屋に突っ込んでおくことになった。

 爆弾や盗聴器が仕掛けてあるおそれもあったのだが、ざっとみたところそれらしい工作の跡はなかったし、なにより皐月さんが「別にいいんじゃない」と楽観的な態度を崩さなかったことだ。

 最初、梱包されている段階では警戒していたのに、ベッドが姿を見せた途端、ほとんど気にも留めなくなったのだ。

 やる気がないというか、拍子抜けしてしまったのだろうか。

 頼みの警護がその有様なので、ヴァネッサさんも気が緩んでしまったのだろう。

 だから、警察庁の人たちに引き渡すこともせず、とりあえず奥に運び込んだのだ。

 パーティーの時間が押しているということもあってか、考えるのは後回しということにしたのだ。

 映画なんかだとやってはいけないパターンだけどね。


 ……それから、しばらくして三々五々と〈社務所〉の退魔巫女たちがやってきた。

 まずはでかいバイクの爆音がしたと思ったら、明王殿みょうおうでんレイさんがやってきた。

 すでに仮装は終えていて、白いYシャツと棒タイ、襟の大きなヴァンパイヤマントを纏い、長い髪は後ろで結ってオールバックにし、とりつけできる牙をつけた、いかにもドラキュラであった。

 背が高いレイさんだと宝塚の男役のように凛々しくてとても格好いい。

 この格好で千葉から来たのかと思うとちょっとアレだが、バイクにまたがって走る姿は映画のようだったろうなと思う。


「よお、京一くん。皐月とヴァネッサはどこだい?」

「あれ、レイさん、ヴァネッサさんと面識あるの?」

「〈ドッペルゲンガー〉のときに顔を合わせているんだ。あんときはおまえさんや或子に尻を拭かせちまって悪かったな」

「気にしなくていいよ。レイさんが無事ならそれでいいさ」

「あんがとよ」


 ちょい悪なドラキュラという感じのレイさんはやはり格好がいい。

 退魔巫女の中でも随一だろう。

 中身が意外と乙女らしいというのも好印象だ。

 少し雑談を交していると、タクシーが金属の分厚い扉の前に停まり、中から丈の長いオーバーオールのコートをまとった猫耳藍色ねこがみあいろさんが降りてきた。

 時期的にはまだ早いコートを脱ぐと、えらく薄いボディースーツのような黒いバニーガールみたいな姿をしている。

 バニーイヤーの代わりにネコミミなのが特徴的だ。

 僕たちの前で顔を半分隠す仮面をつける。

 わかった。

 キャットウーマンだ。

 さすがに恥ずかしくて仮装を隠し気味で来たのだろうが、非常に凝ったコスチュームといえた。

 さすがはコスプレイヤーの藍色さんだ。

 明らかに市販品だとわかるレイさんのものとは一味違う。


「お久しぶり、京一さん、レイさん」

「怪我の具合はどうですか?」


〈怪獣王〉にやられたダメージのことだ。おかげで、この前、〈砂男〉のときに彼女は動くことができなかった。


「まだ、ちょっときついですね。動くのに支障はにゃいですけれど。レイさんはドラキュラ?」

「おおさ。藍色はなかなかすげえな。都会っ子はこええぜ」

「うーん、まだちょっと改良の余地あるんじゃにゃいですか。ちょっとメイクぐらいは変えましょう」

「おい、いきなりなんだってんだ! オレはこれでいいってのに」

「もお。レイさんは素材は最高にゃんだから、もう少し気を遣いましょう。さあ、この藍色さんがカッコ可愛いレイさんに仕立て上げてあげるにゃ」

「おい、藍色、やめろ!!」


 と、レイさんはさっさと連れていかれてしまった。

 玄関に行けばヴァネッサさんたちもいるし大丈夫か。

 僕はこのまま他の参加者を待つことにしようかな。

 しかし、二人の仮装した姿はなかなかに眼福だったね。


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