第236話「犯人を探せ!!」



 昏睡状態に陥ったものは、全部で四十二人。

 大ニュースになってもおかしくないところだが、あまり報道はされていない。

 これから週刊誌などに嗅ぎつけられるかもしれないけれど、まだ数日は大丈夫だろう。

 ただ、戸山公園傍の〈社務所〉の施設である病院でもたいした情報は得られなかった。

 病院同士の繋がりから情報を集めていてくれたようだが、「砂のような粒が目に当てられた」「眠ってしまった」「おかしなものは目撃していない」というもの以外は一切手に入らなかったようだ。

 現場を巡っても共通点はなく、名探偵でもこれでは推理のしようがない。

 せめてヒントが一つでも手に入らなければ、九十九十九つくもじゅうくでも犯人に辿り着けないだろう。


「参った。妖気さえも感知できないし、八咫烏でさえ何も掴んでこない。お手上げだ」


 新宿駅東口のサブウェイでコーヒーを飲みながら御子内さんがぼやいた。

 一般の客以外に店員さんまでが巫女姿の彼女をマジマジと見物している。

 うーん、透明感あふれる美少女が巫女姿で闊歩していればどうしても目立って仕方ないね。

 僕は慣れたもので別に気にはならなくなっているけど。


「〈砂かけ婆〉はどこにいるんだろう」

「そもそも目的がわからない。人間を襲って食べる訳でもないし、砂をかけて人を惑わして道に迷わせるとかその程度の悪さをするだけの妖怪が、どうして新宿のど真ん中で暴れてるんだか」

「……そういえば、以前も新宿では妖怪騒ぎがあったみたいだし、何かあるのかなあ」

「藍色が〈鎌鼬〉を退治したって話だよ。確か、何だか知らないが外来種の〈鎌鼬〉とかで、こぶしが不思議がっていたなあ」

「へえ」


 僕は御子内さんの助手なので、彼女の戦いぐらいしか把握していないが、それ以外にも音子さんやレイさんたち同僚の退魔巫女たちも人知れず活躍している。

 藍色さんは復帰したばかりなのに、〈鎌鼬〉や〈怪獣王〉と戦ったりしていて結構大変だなあ。

 そういえば後楽園ホールで浅草寺のタヌキとも戦っていたっけ。


「待って」

「なんだい?」

「もしかして、これは本当に〈砂かけ婆〉の仕業なの?」

「どういうことかな?」


 僕は考えを整理してみた。

 御子内さんたちは専門家であるが、日本の妖怪についてのことである。

 だから、「砂をかける妖魅」ときたら、〈砂かけ婆〉が浮かんでくるのは当然だ。

 ただし、今年の春の井の頭公園の妖怪や藍色さんが倒した〈鎌鼬〉、今でもタヌキたちと抗争を繰り広げているハクビシンなど、外からやってきた連中のことは視野に入っていない。

 僕たちだって、ついこの間〈ドッペルゲンガー〉という外来の妖怪に苦労させられた。

 つまり、このやむを得ずともグローバル化が進んだ社会では外国からやってくる妖怪も考慮しなければならないということだ。

 要するに、結論としては思考を硬直化させることは問題ということである。

 スマホをだして検索してみる。

 妖怪の文献で詳細を調べるより以前のとっかかり程度なら、ググったぐらいでも問題はないはず。


「うーん、砂と妖怪でググると、〈砂かけ婆〉しかでないなあ」


 もっと深く調べてみると、妖怪ではなく妖精の枠で〈砂男サンドマン〉というのがあった。

 ホフマンというドイツの作家の小説もあるけど、基本的にドイツの民間伝承に登場する妖精で、砂を掛けて人を眠りに落とさせる睡魔でもあるらしい。

 それだけをみると、今回の事件に該当する。


「ねえ、御子内さん。〈砂男〉ってどうかな」

「どれどれ」


 スマホの画面を見た御子内さんの眼が鋭くなる。

 

「あるうるかな……」

「うん。〈砂かけ婆〉の伝承ではピンとこなかった「眠り」の要素が補完されることになるとは思う」

「うーん、ドイツの妖精か……。でも、どうしてそんなものが日本にいるのかな」

「それはさすがに」

「町田に日本における妖精研究の泰斗がいたから、そこに聞いてみるという手はあるね。でも、京一の言う通りだとすると、〈砂かけ婆〉を探しても見つからないのも納得するしかないか」


 僕らはハンバーガーを食べながら今後の方針を相談する。


「でも、〈砂男〉というのは夜更かしをしている子供たちを脅かしたりする妖精なんだろ。少なくとも野球をしていたり、サッカーをしている人たちを眠らせる理由にはならない」

「そうだね。無差別に暴れ回っているように思える。もしくは、自己の存在を顕示するためのものかな」

「〈砂男〉がここにいると主張してどうにかなるのかな。ボクら、〈社務所〉の媛巫女を招き寄せるだけにしかならない」


 妖魅怪異の類いにとって、関東の退魔巫女と関西の仏凶徒はともに天敵といえる存在だ。

 だから、わざわざ敵を呼び寄せる必要はない。

 自己の存在を訴えるのは悪手だ。


「まともな目的もないぐらい、おかしくなっている妖精が暴れているということかな」

「そういうことなんじゃないか」


 ……それならそれでいいけど。


「だけど、引っかかるのは、さっきてんのところの助手がいたことだね」


 御子内さんが腕を組んだ。


「彼はどうしてあんなところにいて、ボクらを尾行していたのか。てんの指示だというのなら、あいつがボクに連絡をしてこないはずがない。つまり、彼の独断なんだ」

「熊埜御堂さんに聞いてみたの?」

「いや、まだ。でも、聞くまでもない気がする」

「どうして」

「だって、さっきからそこにいるし」


 店の奥を見ると、なんとコートに帽子姿の包帯グルグル巻き男がコーヒーを啜っていた。

 またもいつのまに、という感じだ。

 さっきまでは影も形もなかったはずなのに……


「ロバート、こちらに来たらどうだい」


 御子内さんが手招くと、ロバートさんが警戒しながらこちらにやってきた。

 椅子をすすめられて、僕らは合い席となる。

 改造巫女装束の美少女と包帯グルグル巻きの不審な男性、警察に通報されないか不思議な組み合わせだ。

 普通のブルゾンとジーンズ姿の僕なんかきっと誰の眼中にも入っていないだろう。


「……久しぶりだね。後楽園ホール以来かな」

「ああ、私はあまり外に出られないからな」


 まあ、透明人間だからね。

 ロバート・グリフィンさんは、実はイングランド出身の透明人間なのである。

 とある事情があってこの日本で暮らしているが、その体質のせいで色々と狙われていることから〈社務所〉の退魔巫女である熊埜御堂さんが助手として庇護下においているのだ。

 僕とある意味同じ立場なんだけど、危険さがまったく違う。


「で、単刀直入に聞くよ。どうして、ボクらのあとをつけた? ボクたちみたいに大して目立たないものを尾行するなんて普通じゃないだろ」

「うん、御子内さんもそろそろ自覚しようね。……どうなんですか、ロバートさん」


 すると、透明人間は沈黙した。

 喋ろうとしているが、理由があってなにやら躊躇っているように見える。


「……おまえたちがどこまで掴んでいるかを知りたかった。ただ、それだけだ」

「理由は?」

「いえない。言う必要もない」

「ふーん。じゃあ、てんはキミの行動を知っているのかい?」

「てんは関係ない。基本的には私の独断によるものだ」

「誰かが犠牲になる可能性は?」

。おまえたちが心配するようなはずだ」

「―――もう集団昏睡事件が起きているけれど」

「所詮は、寝てしまうだけだ。カザフスタンで起きた眠り病の被害のようなこともないだろう」

「わかったよ。ボクからキミに訊ねることはもうない。呼びつけて悪かったね」


 ロバートさんは立ち上がり、


「いいさ。もう冷めている」


 といってコーヒーをぐい飲みすると、そのままサブウェイから出ていった。

 見た目のとんでもない不審者臭がなくなれば、どことなくハードボイルドでかっこいい。

 ただ、やはりというか今回の事件に彼が関わっていることは明白だ。


「……さて、ヒントは手に入った」


 御子内さんが言う。


「ヒントって?」

「ロバートはてんに内緒で動いている。ということは、てんにとって迷惑がかかるということだ。妖怪絡みではないということさ」

「なるほど」

「あとは、カザフスタンの例えを出していたが、あれはボクも知っているけど、たしか六日間ぐらい眠り続けたはず。でも、ロバートはあれほどではない、と断定した。つまり、今回の昏睡事件の症状を把握しているということだね。したがって、そこからあいつは犯人を知っているということがわかる」


 今日の御子内さんは冴えている。

 もともと頭のいい女の子なので、ヒントさえあれば簡単なのだろう。


「罪のない人は、とわざわざ断言してた。要するに反語だね。要するに、あいつは罪のある人は傷つけられるかもしれないといっているんだ」

「罪のある人?」

「おそらくボクの勘だと、自分のことだろう。ロバート・グリフィン以外は大丈夫といってるということは、狙われているのはあいつってことだ」


 僕の思考も追いついた。


「犯人が派手に自分の存在を顕示しているというのは、ロバートさんに気付かせるためか。『俺はここにいるぞ』と」

「だろうね。で、あいつはわざわざボクたちを関わらせないように接触してきた。バレるように尾行したのは情報をとるためだろう」

「いや、それだとむしろさらに御子内さんがハッスルするだけじゃないかな。君、止められてとまるタマじゃないよね」

「ハッスルなんて死語を使わないでくれ。……まあ、意識的か無意識なのかは知らないが助けを求めてはいるんじゃないかな。だったら、ハッキリとしてくれたほうがいいんだけど」


 ダチョウ倶楽部のフリのようなものだ。

 助けてほしいなら直球の方が楽でいいのに、きっとロバートさんは変なプライドがあるのだろう。

 自分が原因の何かが起きていて、怪我をするかもしれないけれど素直に助けを求められない。

 前からそんなところあったなあ、あの人。


「どうするの?」

「犯人が何者かは知らないけれど、ボクの縄張りで好き勝手はさせられない。とっとと片づけよう」

「新宿はもう藍色さんの縄張りだよ」


 御子内さんは残っていたポテトを大口開けて流し込むと立ち上がった。

 どうやら闘志に火が点いたらしい。

 きっとなんとしてでもこの新宿昏睡事件を解決するつもりなのだろう。


「やれやれだね」


 僕も付き合うしかないのが辛いところではある。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る