第233話「この怪物が最期の一体とは限らない」



 かつて、とあるドラマの劇中において大阪城を破壊し、前後編にわたって主役の超人を苦しめた怪獣がいた。

 そいつは特段変わった攻撃を持っている訳ではなく、ただその強力な尾の一撃だけで無敵の超人を一敗地に塗れさせたのだ。

 僕たちの前にいる〈怪獣王〉も同じ。

 あの尻尾をまともに食らったことで、藍色さんは満身創痍といってもいい状態だった。

 咄嗟に前にでたことで、いわゆる芯で打たれることは避けることができたが、それでも藍色さんが受けたダメージはかなりのものがあるだろう。

 さっきまでとは違い、フットワークも軽やかとはいえなくなっている。

 戦い続けた果ての十五ラウンド目の有様のようだった。

 しかし、それでも藍色さんの闘志は衰えない。

 復帰したばかりとはいえ、彼女も疑いなく〈社務所〉の退魔巫女で、御子内さんたちの同期なのだ。

 駐車していた車両を蹂躙していた〈怪獣王〉が、生気のない、魂の感じられない造り物の眼で巫女を睨む。

 一度は退けたのに再び歯向かってくる雑魚を見る眼ではない。

 牙をむき抗う強敵を見据える眼だった。

 どのような経緯プロセスで動き出して暴れ回っているかはまだわからないけど、怪獣の野生が藍色さんを決して侮ってはいないのだ。

 だが、藍色さんにあいつを倒す術はあるのだろうか。

 少なくとも通常のボクシング技は通じないのははっきりしている。

 彼女には、猫パンチからの“震打”と地面に衝撃波を伝える必殺技と、浅草寺のタヌキを破った浸透勁みたいな技がある。

 ただし、どれも内臓などにダメージを与える系の技ばかりであり、あの〈怪獣王〉に通じるとは思えない。

 高崎さんの話では、誰かが中に入っていたとしても着ぐるみでは三分程度しか動けないはずが、すでに数分は越えている。

 だから、中に誰かが入っているというのならばともかく彼女のフィニッシュブローは通じないことになる。

 さらに言えば、あいつは生物ではないので、真の意味での「内臓」もない。

 藍色さんにとっては相性の悪過ぎる相手といえた。

 あいつを倒すことはできるのか……?


「―――藍色さん……」


 僕の呟きを打ち消すように、藍色さんが跳ぶ。 

 左のストレートはまたしても分厚い表皮に阻まれた。

〈怪獣王〉の前肢が振るわれるが、さすがに遅い。

 ボクサーにパンチをあてるには蜂が刺すように素早く打たねばならないのだから。

 くいっと半回転して、ヒットマンスタイルから右のボディブローを突き刺す。

 まったく効いていない。

 一般人はおろか妖怪でさえあれを喰らえば悶絶するだろうに、〈怪獣王〉にとっては屁でもないようだ。

 御子内さんたちだったら、ここで蹴り技をだすところだが、藍色さんは愚直に拳技を繰り返す。

 前肢を掻い潜り、何発も当てていく。

 ジャブ、フック、ストレート、ショートアッパー、ジョルト……

 しかし、どれも怯ませることすらできない。

 威力が足りなすぎるのだ。

 全弾命中しても傷一つ負わせられない。


『グググギュワァァァァァァァァァァン!!』


〈怪獣王〉が噛みついてきた。

 歯並びが悪いのでエサを獲れなさそうな〈怪獣王〉が前掛かりになりつつ、藍色さんに食いついてくる。

 それを迎え撃つボクサーのストレート。

 鼻づらをとらえ、勢いをそぐと、横っ面をさらにフックで殴りつけるがこれまでと同様効き目はない。

 怪獣の噛みつきバイトという致命的な攻撃を回避しつつ、戦うことができるのは藍色さんの修練によるものだが、このままではまさにジリ貧である。

 一回でも噛まれたらもう終わりなのに、彼女の攻撃は一切通じないのだから。

 ただ、超接近戦に入っているということで、さっきの尻尾が使えないのは慰めになるか。

 距離をとったら、あれがくるというのは藍色さんもよくわかっているのだから。

 しかし……

 一瞬、〈怪獣王〉の動きが止まった。

 パンチが効いたという感じではなく、瘧にかかったかのようにビクリと震えたのだ。

 同時に背びれが白く発光する。

 尻尾の先から徐々に登っていき背中の背びれまでが輝く。

 なんだ、何が起きようとしているのだ。


「……あれは」

「MIKAさん、あれは?」

「放射能火炎を吐く前触れよ! !!」

「なんですって!?」


 まさか、ただの着ぐるみがそんな馬鹿な……

 でも、あれはもうすでに妖魅だ。

 あり得ないことでも起きかねない。


「藍色さん、口から火が出るかもしれない! 気をつけて!!」


 僕の声が届いたのか、藍色さんが小さく頷いた。

 そして、もう一度尻尾の先の背びれが光りだし、そして、〈怪獣王〉の口が大きく開く。

 

『ギャオォーーン、ウァオン!!』


 口腔内が白く輝く。

 爬虫類そのものの顔が藍色さんに向けられた。

 来る!!

 すべてを焼き尽くす〈怪獣王〉の火焔が!!


 ボオオオオオオオオオオオ!!


 赤を通り越して蒼白い炎の息が〈怪獣王〉の口から放たれた。

 まっすぐに敵を殲滅するために。

 あんなものをまともに食らったら、噛まれるよりも致命的な最期を迎えることになるだろう。

 だが―――


「てありゃあああ!!」


 あのストイックな藍色さんが戦場すべてに轟き渡る金切り声を上げた。

 十字に組んだ腕を一気に振り抜いた。

 なんと、その瞬間に自分に当たる寸前だった炎が直角に曲がり、藍色さんには届かなくなった。

 何をしたのかさっぱりわからない。

 ただ、いえることは藍色さんのやったあの十字に切る動作が、炎の軌道を強引に捻じ曲げたということだけだ。


「猫耳流交殺法・裏技。火炎十字大葬陣かえんじゅうじだいそうじん!!」

 

 藍色さんが今の技名を叫び、そして炎が途切れた〈怪獣王〉の口に拳を突っ込んだ。

 その後頭部が吹き飛ぶ。

 火を吐ききって動きが止まった〈怪獣王〉の隙を突き、口内に彼女の〈気〉を溜めこんだストレートを叩きこんだのだ。

 やはり脆くなっていたのかもしれない。

 どうやって火を吐いているかわからないが、所詮は着ぐるみなのだから。


「だああああああ!!」


 そして、藍色さんが肘を再び十字に振るう。

 同時に〈怪獣王〉の口が縦と横に裂けた。

 あれは確か、猫耳流の表技〈刃拳ハーケン〉。

 浅草寺のタヌキには通じなかった肘で、真空を作り出して相手を切り裂く技がラテックスの表皮を切り裂いたのだ。

 すると、さっき炎を捻じ曲げた技も、信じられない程素早い動きで真空を作り出して行った技なのか。

 人の身でできるものではないので、おそらく猫耳流の独特の術なのだと思う。

 それで〈怪獣王〉の攻撃を無効化し、顔面を切り裂いたのだ。

 

 ガク


〈怪獣王〉は膝をついた。

 顔の上半分がなくなった状態では偽りの命さえ続かなかったのだろう。

 最後まで動かなくなったことを残心してから、ようやく藍色さんはチャンピオンのように右手を高々と掲げた。

 勝負はついた。


 巫女ボクサーが偽りの〈怪獣王〉を退治したのだ。


 猫耳藍色。

 薄氷の勝利を掴んだ瞬間である。



      ◇◆◇



「これは……なんだよ」


 気がつくと、倒された〈怪獣王〉の回りを高崎さんたちが囲んでいた。

 僕が覗き込むと、〈怪獣王〉は元の動かない着ぐるみに戻っていた。

 しかし、元のままではない。

 藍色さんに両断された頭部以外は、ボロボロで黒く変色したスポンジのように粗大ごみみたいな汚れた塊になっていたのだ。

 かろうじてさっきまでは着ぐるみだったと判別できる程度である。

 さっきまでの威風漂う表皮はどこにもない。

 ここにあるのはただの着ぐるみだったものの残骸だった。

 しかし、ヘッドの部分だけが異彩を放って残っている。

 それで僕もさっきの〈怪獣王〉の正体がわかった。


「……京一さん?」

「たぶん……なんだけど、君と戦った〈怪獣王〉の本体はこのヘッドだったんじゃないかな」

「どういうことですか?」

「僕の想像だけでしかないけど、きっと、このヘッドには持ち主の情念のようなものが宿っていたんだと思う」


 ……高崎さんから聞いた話を思い出す。

 このヘッドの持ち主は、84年に新しく映画が製作されようというときにわざわざ政策会社に持ち込みをしたほどのマニアだったという。

 ヘッドは採用されるかもしれずプロの手が入ったが、結局、使われることはなかった。

 持ち主のマニアはどう思ったのだろう。

 満足できたのか、それとも悔しくて無念だったのか。

 自分の造ったヘッドにさらに胴体部分を造ったのだから、きっと後者だったのだろうと思われる。

 そして、三十年たって彼は亡くなり、彼が造った〈怪獣王〉は実家の納屋に取り残された。

 この残骸を見る限り、やはり三十年の歳月で着ぐるみはボロボロになってしまっていたのだろう。

 あの異常な迫力をもつ姿を保っていられたのは、彼の残留思念が乗り移っていたからに違いない。

 瑞々しいまるで生きているかのような姿は、持ち主となった男性の理想の〈怪獣王〉のものだったのか。

 ただ、あのまま実家の納屋でひっそりと安置されていた状態ではきっといつかは朽ち果てるだけだったはずだ。

 しかし、高崎さんに見つかり、この資料倉庫に運び込まれることになる。

〈怪獣王〉の着ぐるみはその製作者のマニアの魂ともにここに来て、そして、何かを見つけた。

 だから、暴れたのだ。

 僕にはそれがなんなのかはわからない。

 一つだけ思いつくとしたら、きっとそれは自分と同じように〈怪獣王〉を愛するマニアたちの存在だろう。

 結婚もしないでグッズの蒐集をしてこんな資料倉庫まで作ってしまう高崎さんや、その友人たち。

 その中に同じマニアとして何かを感じたのかもしれない。

 怒りか、嫉妬か、嘆きか、憎しみか、いったい何がトリガーとなったかは今となってはわからない。

 ただ言えることは、あのまま〈怪獣王〉の暴走を許していたらきっと酷い惨劇が起きていたということだ。

 この場に巫女ボクサー猫耳藍色がいたからこそ、〈怪獣王〉は止められたのだ。

 まさに天の配剤というべきか。


「―――あのコミフェにいた人たちもそうだけど、好きを極めた人たちってのは凄いものなんだね」


 自分の造ったものに魂の模造品を注入できるなんて。


「違うと思うにゃ」

「どういうこと?」

「好きだけで、みんにゃはやっている訳じゃにゃいと思う。……たぶん、好きだからやっているだけじゃにゃくて、どこかにどうしょうもにゃく逃げたいときがあって、ちょうどああいう世界があったから入り込んだって人も多いはずですよ」


 そうなのかもね。


「わたしも、逃げたいときがあったから……」


 藍色さんが僕の方を見ずに言った。

 誰かに見せたくない顔というのがあるのだろう。

 それはきっと知り合いには死んでも見られたくないものだ。

 メイクしてコスプレをして、全然知らない人たちに対してだけようやく向けられるものなのかもしれない。

 評価されなくてもよくて、ただ違う顔をしてみたい、と。

 ……世の中には色々な世界があり、色々な情念と想念が渦巻いている。

 だから、きっと純粋な人ほど生きていくのは大変なのだろう。

 あの着ぐるみの持ち主は、自分の造ったものをしたり顔で評価されるのを嫌がったのかもしれない。


 僕はそんなことをふと想ってしまうのであった。

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