第212話「キミの名は?」
皐月さんとヴァネッサさんの二人は、半年ほど短期留学という名目で御子内さんが通っている武蔵立川高校に入ることになったらしい。
面倒見のいい御子内さんとその友達もいるし、ズボラだけど頼りになる生徒会長はいるし、ということで悪くない高校だからだ。
ただし、ヴァネッサさんの家系の特徴であるところの、「殺人鬼を惹きつける」という特性があるため、周囲には相当の配慮をしなければならないらしい。
彼女のために殺される人が出たりするのは絶対に避けなくてはならないからだ。
このことをやはり最も気にしている本人とFBIからは、かなりの量の資料が送られてきて、警戒のやり方というものを教授された。
随分と人手と予算がいるこみいった警戒の仕方というものだったらしいが、それはなんとかクリアできたことからの留学だったのである。
実は、スターリング家の女性の宿命について一番興味を示したのは、関東一円での諜報活動に勤しむ〈裏柳生〉の面々だったのである。
おかげで、人手については問題ないというのも助かった点である。
武蔵野柳生の総帥である柳生美厳さんが、なんらかの意図があってスターリング家の宿命を観察したがっていたのだ。
かなり気にはなったのだが、〈裏柳生〉は〈社務所〉と並んで、いまだに僕みたいな一般人にはよくわからない組織なので深くは詮索しないようにした。
〈社務所〉が関東から東日本の妖怪退治を行うのはわかるが、〈裏柳生〉という忍者の組織が現代の日本でなにを目的に活動しているかというのは皆目見当がつかない。
十分な武力と諜報能力という二つの武器を持って、忍びの末裔がいったいなにをしようとしているのか、実のところ気にならないというわけではなかったのではあるが……
と、まあ、色々あったが、彼女たちが来日して一週間も経たないうちにほぼすべての手続きが終わったのはさすがだった。
日本人が本気になった時の、この手の仕事の速度というのは並々ならぬものがあるということかもね。
「……キミはボクの京一でいいのかな? キミの名は?」
いきなり呼び出された僕は、突然、そんなことを御子内さんに言われた。
「君の名は」なんて感じで聞かれても、「升麻京一だよ」としか答えられない。
最初は冗談かと思ったが、かなり真剣な顔つきなので茶化すのはやめて、質問意図を訊ねてみた。
「何かあったの?」
「―――まあね」
「話してみてくれない」
「うーん、やっぱり京一には説明しておくか……」
少し躊躇い気味だったが、御子内さんは話し出した。
「こないだの殺人鬼のこともあって、しばらく成田空港の周囲をレイが巡回することになった」
「どうして? 殺人鬼〈J〉は封印出来たんでしょ?」
「あれは大陸の死霊憑きだったからね。こちらが把握できない霊障を残している可能性もあるし、発見されていないだけで殺しをしていた可能性もある。だから、レイが八門遁甲なんかも使ってチェックしていたということだよ」
「なるほど。〈社務所〉は用心深いね」
「というよりも、レイの性格だ。あいつ、なんだかんだで生真面目だから」
「それで、レイさんが巡回してどうなったの?」
御子内さんの話は続く。
「空港内を調べていたレイが、そこで感知したことのない妖気を感じたらしい。おそらくロビーの利用客の中に紛れ込んでいた妖魅がいたんだろう。あいつは妖気を追って、その妖魅を追い詰めたそうだ」
「レイさんはその辺優秀だよね」
「―――ところが、レイはそいつをまんまと取り逃がしてしまった。しかも、手傷を負ったらしい」
「……まさか」
〈社務所〉の退魔巫女・巫女レスラーの一人、明王殿レイさんの実力は僕もよく知っている。
彼女が追い詰めた妖怪・妖魅を逃がすなんてことはあまり考えられない話だ。
怪我をさせられるというのも含めて。
「そのあとすぐ、成田市でバスから降りたレイを見かけた皐月が声をかけようとして、そいつがレイの偽物だったという事件が起きた」
「今度は皐月さんなの? あと、偽物ってなにさ」
「で、皐月のバカまでそいつを取り逃がした。ただ、あいつが言うには、『姿かたち、声の種類、喋り方、すべてレイちゃんだった』そうだ。しかも、その偽物は〈神腕〉を使ったらしい」
「〈神腕〉って……。だったら、偽物じゃなくて本物だったんじゃないの」
「その時、レイはまだ空港内で手当てを受けていたそうなので、時間的に偽物なのは間違いない。ちなみに、本物に対しては術まで使って確認している」
「うわあ。なんなの、それ。―――あ、だから僕の素性を聞いた訳ね」
ようやく話がつながった。
レイさんの偽物がでたから、御子内さんは僕を疑ったということだね。
「うん。まあ、姿かたちがそっくりというだけでなくて、〈神腕〉まで使うということになると、ただの幻覚の類いでもなさそうだし、ひっかけの問いなんかしても意味はない気がするけどさ」
「うん。ついでに言うと、さっきの質問はひっかけにも何にもなっていないけどね」
「しないよりはマシだろ」
御子内さんって意外と『考える脳筋』なんだけど、騙したり、ひっかけたりするのは得意じゃないだよね。
聖闘士でいうと星矢型。
世間一般では猪突猛進のイメージが持たれているけど、他の聖闘士と比べてもよく強い相手を観察して、過去の教えを思い出して、そこから打開策を見つけるというのが星矢の戦い方なのである。
ただ闇雲に
「……レイさんを傷つけたっていう妖怪はなんなの?」
「妖怪―――かどうかはわからない。ただ、正体はもう掴んでいる。外国産だからボクも見たことがないし、〈社務所〉にもあまりデータがない相手だ」
「外国産? 成田空港ってことは、飛行機で日本に来たってこと?」
この間の殺人鬼といい、最近の化け物は移動の仕方もバラエティにとんでいる。
「ああ。普通の観光客に混じって来日してきたみたいだね。そこを偶然レイに見つかって、戦うことになった。ただ、レイにしては珍しくしくじったという訳さ。姿まで盗まれたんだからね」
「姿を盗まれた……」
「その妖怪の名前は〈ドッペルゲンガー〉。日本では『離魂病』なんて言われているけど、大陸では他人の姿を盗んで悪徳に浸る邪悪の化身の一つさ。『シェイプシフター』とも呼ばれているけど、日本では〈ドッペルゲンガー〉の方が通じやすいかな」
〈ドッペルゲンガー〉。
僕も知っているけど、それに出会ったら死んでしまうという伝説のあるものでしょ。
「いや、『離魂病』のように魂と肉体が分離した場合のドッペルゲンガーと妖怪としての〈ドッペルゲンガー〉は違う。京一のいう出会ったら死んでしまうというのは、おそらく前者の話で、死が近いものはドッペルゲンガーを発生しやすいからという理由だろう。今回の奴は、種族というか、自立する妖魅としての〈ドッペルゲンガー〉だ」
「……どうして、そんなのが日本に来たのかな」
「それはわからない。でも、皐月の報告が確かならレイの姿だけでなく〈神腕〉の力まで盗んでいるとなると厄介だな。〈神腕〉は、あいつの固有の力だからそんなものまで盗めるということは、最悪、記憶とかそういうものもやられている危険があるんだ」
「確かに」
御子内さんの推測の中で、僕が一番まずいと思うのは、裏の世界に詳しい退魔巫女の記憶を盗まれたということかもしれない。
〈ドッペルゲンガー〉がどういう妖怪なのかはわからないけど、正義を為したり人を助けたりとかはなさそうなのは感じられる。
そんな化け物が、自分たちにとっての天敵である退魔巫女の情報を得たとなると、なにをするかわからない。
例えば、警察の捜査情報を知った暴力団だったら、どんなことをしようとするか考えてみるとわかりやすいと思う。
とはいえ、いくらなんでも〈社務所〉側に何かをしてくるとは考えられないのだけれど……
と、この時の僕は思っていた。
ただ、正直誤算だったのは、その〈ドッペルゲンガー〉という外来の妖怪がこちらの予想をはるかに上回るほどに知能的で、かつ凶悪だったということであった……
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