第213話「シスコン頑張る」



 一時限目の古典が終わる少し前に、涼花からのLINEが届いた。


〔どうしよう!!!〕

〔お兄ちゃん、連絡して!!! お願い!!!〕


 と、ド派手なスタンプとともに。

 この時間帯に妹から連絡がくるなんて珍しい。

 しかも、授業中だ。

 僕は担当の教師に向けて手を挙げた。


「すいません、家から連絡が来たんで電話をしていいですか?」

「―――そんなのは授業が終わってからにしろ。授業中なんだぞ」

「こんな時間に家から来るなんて緊急かもしれないので、すいません、先生」


 同情を買えるように神妙な顔をしてみると、教壇の教師は少し考え、


「まあ、この時間だからな、ご家族になにかあったのかもしれん。ただし、電話するだけだぞ。あと、廊下で静かにな」

「はい」


 僕は廊下に出ると、妹の携帯にかけた。

 あいつが出てくれるとはわからないが、その時はその時だし。

 だが、予想通りにすぐに涼花は携帯に出た。


『―――もしもし、お兄ちゃん』

「僕だ、涼花、今は大丈夫かい?」

『うん。でも、お兄ちゃんの方こそ』

「授業中だけど気にしなくていいよ。そっちこそ、こんな時間に僕にLINEするなんて珍しい。―――何があったの?」

『……信じてもらえるか、わからないんだけど……』


 涼花は口ごもった。

 話しづらい内容なのか、信じがたい事実なのか、どのみち涼花からすると口に出しにくいものなのだろう。

 それでも誰かに伝える必要があって、相手には僕しかいなかったということみたいだ。

 高校での話なら、あいつのすぐそばには僕よりも百万倍頼りになる姉御がいるのだから、そっちにいけない理由があると考えるのがいい筋かな。

 ということは御子内さん絡みとみた。


「御子内さんに何かあったのかい?」

『う、うんっ! お兄ちゃんでも信じてもらえるかはわからないんだけど……』

「バカか、おまえ。世の中に妹を信じない兄貴がいるとしても、そいつは僕じゃないよ」

『―――そうだね。お兄ちゃんはいつだってあたしを信じてくれるもんね。じゃあ、いうね』

「どうぞ」


 少し溜めてから、


『お姉さまが二人いるの』

「ん? どういうこと?」

『さっきトイレに出たら、反対側の校舎の廊下をお姉さまが歩いていたの。でも、あたし、そのちょっと前に校庭で体育をしているお姉さまを見物していたのよ』

「―――見間違えの可能性は?」

武立生ぶたちせいの中で巫女装束を着て歩いている生徒なんてお姉さま以外にはいないし、あたしがあの人を見間違えることはないから』


 僕の妹だというのに、なんというか友達を信じ切っているかのような発言を平然とする。

 意外とぐいぐいと押してくるうえ、口幅ったいことを平気で言うのだ。

 おそらく恋の告白なんかもさりげなく堂々たる態度ですることだろう。

 ただし、お相手については僕がきちんと興信所に依頼して、セットで一式調べ上げてからでないと許しはしないけど。

 僕の銀行口座の中に、そのときのための「妹の彼氏対策費用」が蓄えられているのは内緒だ。

 シスコンの汚名を着せられるのはとても迷惑だしね。

 しかし、御子内さんの偽物……

 僕は昨日の彼女との会話を思い出した。

 成田空港にでたという妖怪〈ドッペルゲンガー〉のことだ。

 退魔巫女とその偽物になる妖怪。

 この二つの共通点があるのならば、杞憂とはいえないだろう。


「わかった。要するに、おまえの学校に御子内さんの偽物がいるということなんだね」

『うん。どうすればいいと思う、お兄ちゃん』

「僕がすぐに行く。おまえは休み時間になったら、武蔵立川の男子の制服を用意して裏門で待ってろ」

『―――あう、でもお兄ちゃんだって授業が……』


 だったら連絡しろとかいってくるなよ、なんて責任転嫁を心の中でする。


「早退する。とりあえず、おまえが倒れたってことでいいね」

『―――でも、そんなことしてお母さんにバレたら叱られるよ』

「おまえと御子内さんに何かあるかもしれないのに、お母さんが怖いなんて言ってられるか。……いいか、他の誰にも今の話はするなよ。御子内さん本人にもだぞ」

『わかった。お兄ちゃんが来るまで黙っている』

「いい子だね。さすがは僕の妹だ」


 僕はスマホの通話を切ると、教室に戻った。

 まだ授業は続いているが、帰りの支度を整える。


「―――先生、妹が学校で倒れたらしくて、ちょっと早退させてください」

「おまえ、許可取る前に帰る準備をするなよ」

「すいません、妹は僕の命なので、いますぐに傍に行ってあげたいんです」

「……おお」


 クラスメートから、「シスコンだ……」とか「兄貴の鑑だ」とかのつぶやきが聞こえたが無視する。

 言葉を選び間違えたかもしれない。


「では、先生、あとはよろしくお願いします」

「いや、まだOKはだしていないんだが……。まあいいか。妹さん、大事ないといいな」

「ありがとうございます」


 僕はできる限り堂々と振る舞い、一時間目の授業も終わらないうちに学校を後にした。



          ◇◆◇



 校門前でタクシーを呼び止めると、武蔵立川高校へ向かうようにお願いする。

 徒歩と電車を使うと一時間ぐらいかかるが、タクシーを使えば三十分だ。

 学生の身分では贅沢だけど、緊急事態になるかもしれないとしたらそれは必要な出費である。

 お金は僕の銀行口座にある「M資金」からだすことにしよう。

 そして、その三十分の間に僕にはやることがたくさんあった。

 まず、〈社務所〉で退魔巫女の統括をしている不知火こぶしさんに連絡を取る。

 御子内さんと涼花の傍に、危険な妖怪が近づいているというだけで僕はたまらなくなるのだが、所詮はただの高校生。

 まず頼るべきはしっかりとした大人と専門家だ。

 こぶしさんに涼花から聞き出した内容を伝える。

〈社務所〉や専門家たちがどう動くかはわからないけれど、餅は餅屋だし、なんとかなるとは思う……

 ただ、僕としては今回の〈ドッペルゲンガー〉の動きについては違和感を覚えている。

 レイさんの姿かたちをとっていたということについての御子内さんの推測では、記憶まで盗まれている可能性が高いというものだ。

 ならば、レイさんにとっての親友である御子内さんのところに来るというのは接点としては認められる。

 しかし、どうにかして御子内さんをコピーしたとして、その理由がわからない。

 御子内さんが二人いるというのならば、もうどちらかは〈ドッペルゲンガー〉だという可能性が高い。

 では、どうして御子内さんを選んだのか?

 彼女が僕の知っている限り最強の退魔巫女であり、巫女レスラーなのはわかっているけれど、どうしてもその姿にならなければならないという必要性はない。

 むしろ、レイさんの〈神腕〉の方が場合によっては使いやすそうだ。

 前から思っていたのだが、御子内さんについて、前々から疑問に思っていたことがある。

 バックボーンが不明なのだ。

 レイさん、音子さん、藍色さんなんかは実家が〈社務所〉に関わりのある神社でそこの後継ぎらしいのに、御子内さんは本人の弁を信じるならただのサラリーマンと専業主婦の家庭出身だ。

 藍色さんの猫耳流交殺法やら皐月さんの刹彌流柔といった先祖伝来の技があるという事情もないし、熊埜御堂さんのように変わった術に長けているという訳でもない。

 確かに強い女の子なのだが、その強さも並外れたセンスと闘争本能、そして修練の賜物であって、何か特殊な背景に基づくものではなさそうだ。

 ある意味では平凡であるがゆえに、正体不明ということがいえた。

 その彼女のバックボーンを〈ドッペルゲンガー〉が狙っているとしたら、昨日の今日でレイさんから読み取った記憶で彼女をピンポイントでコピーした理由もわかる。

 ただ、僕の勘は別の可能性を告げていた。

 武蔵立川には、御子内さんの他にもう一人、悪党にとってはコピーすることによる利益がありすぎる人材がいる。

 もしかして、その人を狙っているとしたら、関東はおろか日本にとっても危険なことになるかもしれない。

〈ドッペルゲンガー〉が狡猾で邪悪な存在だとしたら、それはなんとしてでも避けたい。

 だから、現在、武蔵立川の中で御子内さんの姿をしている状況のままで、〈ドッペルゲンガー〉を今度こそ取り逃がさないように包囲するべきだと思った。

 まだ御子内さんには知らせずに、なんとか包囲網を確立出来たらいいと僕は頭を捻ってみた……



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