第203話「刹彌皐月のEトーク」
成田空港のロビーで僕たちは、お客さんの到着を待っていた。
さっき確認したところ、帰国のために予定されていた便はもう到着していて、待ち合わせ場所にやってくるのを待つだけの状態だった。
ベンチに腰掛けている御子内さんは、とても仏頂面である。
そんなに
御子内さんがここまで強い拒絶反応をする巫女ってどういう人なのだろう。
試しに、レイさんにLINEをしてみたら、
〔オレはいない。そう伝えてくれ。〕
と、そっけなさすぎる文章が送られてきたりしたものだ。
この調子では他のメンバーも反応は一緒か。
しばらく待っていると、
「来たみたいだ」
御子内さんが立ち上がり、嫌々っぽい感じで手を挙げた。
そんなことしなくても、いつもの改造巫女装束姿の彼女は素面で目立つので必要はないと思うけれどね。
驚いたことにやってきたのは二人連れだった。
しかも、両方とも女の子。
片方はカールのかかった豪奢な金髪と高い股下のとてもスタイルのいい、アメリカ美少女だった。
白いブラウスと紺のタイトスカートというビジネス姿だったが、こんもりと盛り上がったおっきなバストとくびれた腰のせいで威圧されてしまうぐらいだ。
ほんとに外国産は違うね。
しかも、目がぱっちりしていてとても可愛らしいし。
ただ、少し表情が暗く、大きな悩み事を抱えているらしいのが一目瞭然であった。
まあ、僕たちが出迎えようとしている相手ではないことは間違いないだろう。
となると、もう一人の方だった。
「やあ、或子ちゃん。会いに来てくれて嬉しいな!!」
朗らかな笑顔で両手を振っているのは、巫女装束ではなくごく普通のジーンズと革のジャンバー、黒いTシャツを着た日本人の女の子だった。
紫のメッシュの入ったシャープな髪型だけでなく、三白眼っぽい鋭い眼差しを持った、ロック歌手のようである。
よくよく見ると、シャツには「BASTARD」とわりと卑猥な単語が書いてあった。漫画のタイトルではなくて、おそらくスラングの方なのだろう。
レイさんたちとはまた違うタイプのキツめの顔だちをした美少女だった。
その割には笑顔は人懐っこい。
思わず笑い返してしまいたくなるぐらいだった。
この子が刹彌皐月さんか……
「へーい、或子ちゃん、ただいまー! 会いたかったよー!」
駆け寄ってきて、御子内さんにハグをした。
上から抱え込むのではなく、腰から手を回すようなハグだった。
恋人同士か、とツッコミたくなる。
まあ、久しぶりの友達との再会だしはしゃぎたくもなるか。
「……やあ、皐月。元気だったみたいで、何よりだよ」
「懐かしいな、或子ちゃんとこうして抱き合うの」
「抱き合っている訳ではない」
「ギュー、してあげる、ギュー」
嫌がる御子内さんをさらに抱きしめる皐月さん。
というか、再会のハグで首筋にキスをしたりするのは違うでしょ。
なんと皐月さんは御子内さんの白いうなじのあたりを唇で愛撫し始めたのである。
「やめないか、皐月、コラ!」
「うーん、やめたいけどやめられない」
「離れろ、この痴漢め。―――あん」
がっしりとホールドされて引き離せないのをいいことに、さらに首の辺りにキスを続ける皐月さん。
一応、公衆の面前でなんのつもりなのだろうか。
というか、「あん」などと御子内さんが漏らすのを初めて聞いたよ。
もしかしてうまいのか、この
「いい加減にしろ!!」
ドスっといい音がして、皐月さんが膝から崩れ落ちた。
御子内さんのワンインチパンチが密着した体勢から放たれて、鳩尾に突き刺さったのだ。
目を丸くして苦しそうに蹲る皐月さん。
冷めた視線で見下ろす御子内さん。
どう見ても、鉄拳制裁された痴漢とその怒れる被害者という構図だ。
まあ、必殺の崩拳を叩きこまれなかっただけマシかも。
「ひ、ひどい、或子ちゃん……」
「キミのやっていることはセクハラといってね。嫌がる女性にそんな真似をすれば、訴訟・罰金・減給・免職、あるいはこうやって鉄拳制裁されるんだ。女性の敵に相応しい末路を辿るんだよ」
「う、うちも女の子なんだけど……」
「セクハラ野郎に情けはいらない」
ああ、まあ、こういう
とはいえ、さすがに〈社務所〉の退魔巫女らしく、すぐに回復すると立ち上がり、僕に手を伸ばしてきた。
握手ということだろうで、握り返した。
女子相手とは違ってハグはしない方針らしい。
徹底しているね。
「あ、おたくが或子ちゃんの助手さん?」
「はい、升麻です。よく僕のことなんかご存知ですね」
「うんまあね。音子ちゃんからよく聞いているし」
「音子さんから?」
どうやら、不思議系美少女の音子さんとは親しいようだ。
なるほどまっすぐなタイプの御子内さん、レイさんには好かれていないということか。
となるとストイックな藍色さんとも合わなさそうだ。
「うちは、キャメロン・ディアスっていうんだ。よろしくね」
……刹彌皐月じゃなかったっけ。
「おお、思っていたよりもいい男じゃないか。ジャニーズ事務所にスカウトするように推薦してあげるよ。もしコネがあったらだけどね!」
「ありがとう……」
「うーん、誠実さが滲み出ているね、升麻くんは。心も態度も言葉も誠実そうだ。きっとあの時も誠実に大事なところを舐めてくれるに違いない」
「えっ」
「うちもねえ、やっぱ夜のときは誠実に奉仕してくれる方がいいなあ。或子ちゃんてさ、ほら、普段はともかくベッドの上じゃマグロでしょ。盛り上げてやらないと自分じゃ何もできそうにないから、升麻くんなんか肉体の相性がいいんじゃないの?」
「……ちょっ」
「え、知らないの! じゃあ、教えてあげるよ。或子ちゃんって、恥じらいが強すぎて、夜の営みには向いてないんだよねえ」
なんだろうね、この人。
「皐月―――」
ぞくりと背筋に冷気が走った。
僕の隣にいた御子内さんが拳を握って睨みつけていた。
怒髪冠を衝くようである。
まあ、潔癖な彼女なのでこうなるのは当然だ。
口から出まかせなんだろうけど、ペラペラと下世話な内容をいい加減な口調で軽薄に語る姿は堅物の御子内さんには耐えがたいのかもしれない。
しかも、―――これ、まだマシなレベルな気がする。
「おっと、おっと、このままいくと或子ちゃんが大巨神になって、罪と一緒にうちを許さずになるだろうから黙るね、うふふ」
さすがに恐怖を感じたのか、皐月さんがお口にチャックの仕草をした。
「えっと、皐月さん。隣の方を紹介してほしいんですけど……」
「ああ、ごめん」
そろそろ居たたまれなくなったので、隣でひっそりと立ち尽くしていた金髪の美少女へと話を振った。
「彼女は、ヴァネッサ・レベッカ・スターリング。うちがアメリカにいたときの可愛いルームメイトだよ。寝息がとても芳しくてね、うちはそれを嗅いでからでないと寝られない性癖になってしまったんだ。ベッドは別だったけどさ!」
肉体関係がありそうなことを匂わされる紹介をされたヴァネッサさんは、疲れた顔で、口を開いた。
流暢な日本語だった。
完璧なアクセントも考えると日本人としか思えない。
「―――スターリングです。このたびは、私の護衛なんてつまらない仕事をお願いしてしまって申し訳ありません」
「……キミの護衛だって? ボクは皐月の護衛だって聞いていたけれど……」
「いいえ、サツキは〈社務所〉の人に掛け合ってくれて、私についてきてくれただけです。今回のことをお願いしたのは私なんです」
「そうなんだよね、うちはヴァネッサの付き添いなんだ。ベッドの中まで付き添う予定なんだけど、同じ部屋どまりなんだよ」
……御子内さんの疑問は解消されたね。
やっぱり退魔巫女を護衛する必要はない。
ただ、別の疑問が湧いてくる。
御子内さんの同期であって、その実力も保証されている皐月さんがいるのに、わざわざ別の退魔巫女を用意する必然性はないはずだ。
しかも、皐月さんはヴァネッサさんとも仲が良いように見える。
だったら皐月さんが適役のはずなのに、どうしてだろう?
「―――とりあえず、〈社務所〉が用意したキミたちの宿に行こうか。細かい話はそこで聞くよ。気を取り直す必要もあるしね」
「まったく、或子ちゃんは頭が固すぎて困るよ。堅くていいのは男の子のあそこだけで十分さ」
ホントに口を開くとエロ話しかしない人だなあ。
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