第177話「妖怪〈のた坊主〉の正体は……」



「ドリアンとお酒の喰い合わせの悪さを利用したって……」

「うん、東南アジアの方では一緒に飲むと死んじゃうとか言われているらしいよ。まあ、実際には確認されている訳ではないらしいから、絶対確実とはいえないけど」


 ただ、僕はその賭けに勝ったのだ。

 ドリアンを食べて調子を悪くする犬の動画を見たことがあったことと、あの〈のた坊主〉の正体がタヌキであり、タヌキがネコ目イヌ科であることを知っていたので、もしかしたらと考えたのである。

〈闘杯〉に毒を混ぜてはいけないというのは厳然たるルールだが、ドリアン自体は毒ではなく、ただの化学反応である。

 それにあの独特の臭みは異様なまでに臭いものを好むタヌキにとっては、なんともいえない好物に違いないという読みもあった。

 ドリアンの切り身を目の前にした〈のた坊主〉の反応を見れば一目瞭然。

 ただでさえ、退魔巫女たちと尋常でない量のアルコールを飲んでいたのだ。

 化学反応を起こしまくったとしても不思議ではなかった。


「でも、効果がなかったらどうするつもりだったんだい?」

「それはみんなと枕を共にして討ち死にだね。だいたい、三本目で僕はもう酔っぱらっていたからさ」


 あれ以上、呑んでいたら御子内さんたちと一緒に病院送りだったかもしれない。


「まったく、京一くんは無茶をするぜ。そんな作戦で〈闘杯〉に挑むなんてよ」

「―――でも、ルール違反ではない。京いっちゃんはつまみにフルーツを出しただけ」

「確かにそうだけどよ……」

「みんな、京いっちゃんに感謝している。ありがとう」


 レイさんと音子さんも、なんとか無事に復帰していた。

 まだアルコールが残っているらしく、翌日になっても二日酔いの状態だったが、なんとか動ける状態にはなっていた。

 逆に、最初に何の準備もなく〈のた坊主〉と〈闘杯〉をした熊埜御堂さんは三日経っても調子が悪いままらしく、実家で寝込んでいるらしい。

 さすがに十代の女の子にあの戦いは厳しいだろう。


「京一のおかげでなんとか〈のた坊主〉を制圧できたし、まあ、良しとしておこう。こぶしまで引っ張りだされて倒されていたら、それこそ目も当てられないしね」


 こぶしさんは退魔巫女の統括だ。

 彼女にもしものことがあったら、組織の機能がマヒしかねない。

 そうなると、御子内さんたち実戦部隊が全滅するよりも大変なことになるらしい。


「でも、まあ、良かったよね。うまく解決して。で、あの〈のた坊主〉はなんだったの? 〈闘杯〉なんて無理な戦い方をしなくちゃならなかった理由を知らないんだけど……」

「京一には伝わっていないのかい? あの〈のた坊主〉の正体を?」

「うん。〈三代目分福〉たちは教えてくれなかったな」


 僕はなんだかんだ言って、あのタヌキたちと仲良くなっていた。

 なんとラインの友達追加のQRコードまで自由に使いこなしてアカウントを交換し合うということまでしていた。

 おかげで僕の友達のグループには、知らない名前も含めて十匹以上のタヌキが登録されているのである。

 下手したら人間よりもタヌキの方が多いかもしれないというのは、ちょっと凹むけれど。


「奴の本名は、〈五代目隠神刑部いぬがみぎょうぶ〉。四国から、わざわざやってきた名のある狸の一匹さ」


 確か、隠神刑部いぬがみぎょうぶというのは、松山にいる八百八匹のタヌキの総帥である。

 久万山の古い岩屋に棲みつき、松山城を守護し続けていたという化け狸であり、その眷属の数から「八百八狸(はっぴゃくやたぬき)」とも呼ばれている、四国において最高の神通力を持っているという話だ

「刑部」というのは、松山城の城主から授かった称号であり、城の武士たちからも信仰に近い信頼を抱かれているほどであったそうだ。

 しかし、松平隠岐守の時代に起きたお家騒動の際に、まっすぐな性質を謀反側によって利用され、子分のタヌキたちとともに謀叛側に味方したという。

 松山藩の藩士である稲生武太夫が、宇佐八幡大菩薩から授かった神杖を使って懲らしめられた結果、眷属とともに隠神刑部は棲家の久万山に封じ込められてしまい、今に至るという。

 僕でさえ名前を知っている英雄狸である。

 それが、あの〈のた坊主〉の正体だというのか。


「ああ、例のハクビシンとの戦いのために四国から遠征してきたらしい。だが、ハクビシンの例の怪光線みたいな電気を撃つ武器があったろ? あれの直撃を受けておかしくなってしまって〈のた坊主〉に変化したまま、彷徨い歩いていたそうだ」


 なるほど。

 そこまで名前のあるタヌキの五代目で、しかも戦いの助っ人として呼んだ〈隠神刑部〉を、いくらおかしくなってしまったといえ退魔巫女に退治させるわけにはいかず、しかも、神通力の強さは折り紙付きでタヌキたちではまともにやりあうこともできない。

 そういう事情が、今回のグダグダに繋がっているという訳か。

 あと、あの異常なまでの〈闘杯〉の時の結界の強さは、〈隠神刑部〉の強い神通力の賜物ということだろうね。

 なんとも裏を知らされれば納得できる話だ。

 だから、〈三代目分福〉たちが出張って来ていたのだろう。

 江戸前の五尾といえども、〈隠神刑部〉と戦って勝つのは至難の技だから。


「強い神通力を持つ妖怪は、お酒にも強いということがわかって勉強になったよ」

「だな。そもそも無傷で制圧しろってのが無理な話じゃねえのか、あれって」

「シィ。あんな規格外のとやりあえってのが無茶。見た目、どう見ても〈のた坊主〉だから騙された」


 今回、いいところのない退魔巫女たちは何とも言えない顔で愚痴をこぼしていた。

 まだ冷えピタを頭につけている御子内さんなんて、二日酔いが完全に収まっていないのだからまったく元気もない状態だ。


「とにかくみんなが無事でよかったよ。……で、一つ聞きたいんだけどいい?」

「なんだい?」


 僕は室内を見渡した。

 見慣れた僕の自室だ。

 そして、目の前には三人のとても綺麗で可愛い、巫女装束の三人がいる。

 


「そんなに頻繁に家に来られると、ちょっと困るんだけど……」

「……何が困るんだい?」


 わかっている癖に!

 僕の家が巫女さんたちの集会所だと思われると、ご近所の眼がきついんだってことを!

 三人はすっとぼけた顔で僕の発言を聞き流し、持参した菓子などを食べ始めた。

 しかも、その中には昨日のモンブランみたいなものもある。

 この人たち、何も懲りちゃいねえ!


「―――まったく京一は口うるさいな」

「そういうな。オレたちは敗者で、京一くんは勝者だ。うるさく言う権利がある」

「京いっちゃん、さすが」


 ―――ほんと、この人たち、もう少し痛い目にあった方がいいんじゃないのかな。

 もう……。

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