ー第24試合 〈闘杯〉の行方ー
第170話「巫女たちに迫る危機」
最近、御子内さんがやたらと家に遊びに来るようになった。
彼女と妹の涼花が、高校と部活が同じという先輩・後輩関係であるということからするとごく普通の成り行きなんだけど、問題は毎度の巫女装束だ。
うちの両親は慣れきってしまったとはいえ、ご近所さんはそうもいかない訳で、我が家は「巫女の出入りする家」という評判が立ってしまった。
おかげで、商店街で買い物をしていたりすると、「あれが巫女さんの……」などというひそひそ話をされるようになっていた。
御子内さんは別に悪いことをしている訳ではないのだが、こういうことで注目されることはあまり嬉しいことではなく、僕はほとほと困ってはいたのである。
今日も同じだった。
何だかんだいってもいいところの出身の彼女は、訪問のたびに律儀にお土産を持ってきてくれ、今日はサツマイモのジェラートという奇怪なものだった。
甘くて美味しいのだが、もとがサツマイモだと思うとやや抵抗がある。
あと、テーブルの上にはもう一つの箱があり、その中に入っていたモンブランはやたらとアルコールが効いていてびっくりした。
小さな子供が食べたらきっとヤバイだろうと思われるぐらい、大人の味だ。
「
散々、写真を撮ったり、くるくると回して観察したりしながら、きゃーきゃー言ったあとで、じっくりと唇に運び、至福の表情を浮かべながら絶賛の声を上げている人がいた。
ちなみにたぶん内容はスペイン語で「おいしい!」とかだと思われる。
僕が覚えている限り、「おいしいです」は「
とはいえ、寡黙なところもあるが反応がいかにも女子なので感心する。
撮った写真を即座にインスタグラムやツイッターにあげたりするのも今どきの女子っぽい。
ただ、いつもの覆面を被っていないので少々近づきがたい。
僕の知っている中で、最も清楚で綺麗という印象のある透明な美少女だからだ。
どういう訳か僕の家に来るときだけは、彼女はレスリング用の覆面をつけないので、いつも緊張させられる。
御子内さんの親友で、巫女レスラーの一人である、
このモンブランを持ってきてくれたのは彼女である。
「確かに美味いね」
モンブランを手で掴んでがっつりと食べている男らしい御子内さんも褒めていた。
用意されたスプーンでキャアキャア言いながら食べている音子さんとは、百八十度違うところが面白い。
圧倒的なまでに女子力で負けている。
御子内さんは、基本的に品はあるが、女子力というものはあまりない。
どちらかというと皆無だ。
まあ、僕もそんなものは彼女に求めていないのだけれど。
パシャ
音子さんが写真をまた撮っていた。
「なんだい、またSNSかい? コミュニケーション障害も大変だね」
「ノ。 あたしはそんなのじゃない」
「違うって……。四六時中、スマホと睨みっこしてるから、学校には友達がいないくせに。まあ、おかげでツイッターのフォロワーがもう五十万人近いんだろ? まったく、そんなに自分を曝け出して大丈夫なのかい? ストーカーとかに纏わりつかれたらどうするつもりなのさ」
「
手をひらひらさせて音子さんが答えた。
おそらく心配するな、とかその辺だろう。
僕も彼女がコミュニケーション障害とは思わない。
僕たちに対する受け答えとか、つきあいがいいところとか、何度もつきあえばわかるからだ。
御子内さんがそういったのは言葉の綾だろうし。
だいたい、付き合いが下手な人はこうやって友達の家にお菓子を持って遊びに来たりはしないものだろう。
「まあ、音子のことを心配する義理はボクにはないけどね。だいたい、どいつもこいつも喧嘩は強いし、負けることはまず考えられない連中ばかりだし」
「君らにストーカーする奴はいないと思うけど」
「そうでもない。変な趣味の妖怪とかにつけまわされることはあるし」
「妖怪が相手だと、ストーカーってレベルではないよね」
「音子がマスクマンになったのだって、もともとは変な妖怪につけまわされたせいだったはずさ」
「そうなの!?」
知って驚く意外な事実。
てっきり、趣味で覆面被っているものだと。
「シィ。被り始めたきっかけは確かにそうだった」
「知らなかった。今でもなんていうか、その予防のために被っているの?」
「ノ。最近はただの趣味。あたし、1000年に一度の美少女だから、寄ってくる男の人がうざったくて。
色々とぶっちゃけたな!
確かに巫女装束の覆面姿をナンパする勇者はそうはいない。
素顔がとんでもない美人さんだとわかっていても二の足を踏むのが普通だ。
「無理に話しかけてきたのって、警察と京いっちゃんぐらいなものかな」
「警察官は仕事だから……」
「京いっちゃんは凄いよね。胆力が違う」
「ふふん。そうだろう、そうだろう」
「なんで、アルっちが偉そうなのか、意味わかんない」
この二人、息も合うし、気も合うのにどういう訳かライバル関係の図式を決して崩そうとはしないんだよね。
もう少し仲良くしてほしいもんだ。
せめて、僕んちでは。
「……で、どうして音子が京一の家にいるのさ? 京一はキミの助手ではないし、涼花とも親しくないだろう」
「別に。暇だったから遊びに来ただけ。アルっちには関係なくない?」
「そうはいかないさ」
なんか牽制というか、つばぜり合いが始まった。
もっと仲良くしてくんないかな。
間に挟まる僕が大変なんだよ。
ちなみにいうと、うちの妹は御子内さんにはベタベタだが、同僚の音子さんは超が付くほどの苦手らしく、彼女が来ると脱兎の勢いで逃げ出していく。
どのあたりが苦手なのかさっぱりわからないが、それは御子内さんと音子さんがやたらと張り合っているのと同じぐらいに、僕にとってのポアンカレ予想なのである。
プルルルルル……
御子内さんのスマホが鳴った。
着信アリだ。
「はい、ボクだ」
番号から誰かはわかっていたはずではあるが、電話の相手が誰でもいつも通りの御子内さんであった。
「―――てんが病院送りにされた? 本当なのかい、それは?」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
てん、というと僕たちの二個下の年齢の退魔巫女、あの熊埜御堂てんさんのことか?
あのにっこり笑顔で骨を折って関節を破壊するクラッシャーが病院に運ばれたってことなのか。
しかも、「された」という受動的表現からすると、病気とかではなく、何者かによってやられたということだ。
まさか、あの熊埜御堂さんを……。
妖怪の仕業だろうか。
「で、相手は……? はあ、〈のた坊主〉だと? どうして、あんなのにやられるんだい? てんだったら、腕が千本あったって全部叩き折ってしまうぐらいに弱い妖怪じゃないか?」
〈のた坊主〉ときいて、音子さんも首をひねった。
名前の可愛らしさもあって、とても熊埜御堂さんを倒せそうな凶暴な妖怪とは思えない。
実際、御子内さんも弱いと決めつけている。
「はあ、はあ、―――待て。それだと、いくらボクでも勝てるかどうかわからないんだけど」
耳を疑う発言を聞いた。
あの御子内さんが弱気なことを言っている。
勝てるかどうか、わからないって……。
マジですか?
「うーん、レイも参加する? あいつ、そっちは強かったっけ? うん、まあ、数撃ちゃ当たるの理屈はわかるけどね……」
何、レイさんまで呼び出した?
ちょっと待って、いったい、どんな最強の敵なのさ。
僕は身震いした。
今までにない強敵が現われたらしいと聞いて、恐ろしくなったのだ。
あの、御子内さんが自信を無くす相手。
しかも、すでに熊埜御堂さんという危険な退魔巫女を倒しているのだという。
どんな化け物なんだ。
妖怪のボスみたいなやつなのだろうか。
「御子内さん、今回はやめた方がいい!」
思わず止めてしまった。
僭越だし、しんらいを裏切る真似かもしれないけど……御子内さんをいつも以上の危険な場所に黙って送ることはしたくなかった。
「いや、いかなくちゃならないし……」
「だって、危険なんでしょ。あの熊埜御堂さんがやられたって、普通じゃないよ。……そういえば彼女は大丈夫なの? 命に別状はないの?」
御子内さんはちょっとだけ複雑な顔をして、
「処置が早かったから後遺症もないし、二、三日の入院ですむという話だったよ」
「―――良かった」
「まあ、急性アルコール中毒らしいからね。ロバートも近くにいたはずだから、そのあたりは運もよかったんだろう」
「急性アルコール中毒?」
僕は眉をしかめた。
なんで、急性アルコール中毒で病院送りなんだ。
理解が追い付かなかった。
「あと、音子。キミにも出陣要請が来ると思うよ。準備をしておくんだね」
「シィ。でも、アルっち。―――もしかして、アレなの?」
「アレらしい。〈のた坊主〉の相手にするとまでは思わなかったけどね」
「アレ?」
こうして、訳の分からないまま、僕と二人の退魔巫女は熊埜御堂さんを倒したという最強の妖怪〈のた坊主〉退治に向かうことのなったのであった……。
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