第169話「夜遊びの顛末」



 両親による折檻交じりのお説教のあと、我が家にのうのうと遊びにやってきた御子内さんはお気軽そうだった。

 自分がお土産に持ってきたどら焼きをおもたせでだせ、と我が儘を言い放ち、涼花が用意した緑茶を飲み始めた。

 いつもの改造巫女装束姿で緑茶を飲まれると、僕の私室が神聖に見えてくる。

 ちなみに、うちの両親はすでに御子内さんという異物に慣れ過ぎてしまい、たまに涼花が真似をして巫女の格好をしても何も言わなくなっているぐらいだ。


「―――お父上たちに随分と絞られたようだね。ザマァ」

「ザマアとか言わないで」


 どうも、彼女の忠告を無視して例のガールズバーに行ったことがお気に召さないらしく、まだつんつんした態度が残っている。


「でも、驚いたよ。こんな近くにあんなに〈山姥〉―――だっけ、がお店を経営しているなんて。もう気軽に色々なところに行けそうにないね」

「そうでもないよ。基本的に、ああいう風に妖怪の巣窟になっているのは、やはりいかがわしい商売をしている場所に限られるから」

「へえ、そうなんだ」

「昔から、吉原とか深堀で怪談が多いのはそういうことさ。もっとも、江戸から東京に変わり、昭和から平成に変わった御代みよでは、妖怪はちょっとした歓楽施設でも見られるようになったけどね」


 いつもは脳筋みたいだけど、さすがに巫女っぽく知識は豊富だ。


「ちょっと前に、真っ黒いメイクをした女の子たちが話題になっただろ。えっと、ガングロのヤマンバメイクだっけ? あれは妖怪が広めたって噂もあるね」

「あのわりとすぐに消えたもの?」

「ああ。今回の連中とは違うだろうが、突然現れた奇妙な習俗は妖魅が意図的に流行らせたものが多い。それの見極めとかも〈社務所〉の仕事ではあるんだ」

「……渋谷の夜のお店とかだと、ああいうのも受け入れてもらえそうだからね」


 だいぶ前のことなので、僕も実物は見たことがないが、確かにあのメイクは妖怪ぽかった。

 広告代理店の仕掛けにしてはアレすぎるし、妖怪の仕業だと考えた方がわかりやすいぐらいかもしれない。


「ところで、あの禰宜さんは無事だったの?」

「かなり衰弱していたし、暴行も受けて、心身ともにボロボロだったが命に別条はなかったよ。拉致られる前にボクたちに連絡してくれれば、半日かけずり回って探さずに済んだんだけどね」


 今回の事件は、僕の視点で見ると桜井がガールズバーに行きたがったところから始まっているが、実際のところは違っていた。

 まず、あの〈山姥〉だらけのガールズバーがあって、そこの常連が行方不明になることが増えたらしい。

 八咫烏への依頼があり、〈社務所〉の禰宜が調べてみたら、常連どころか一見の客の中にも失踪するものがいた。

 そこで〈社務所〉はあそこに妖怪が巣食っているものと予測して、調査を進め、直接内偵に入ったときに僕と偶然にも遭遇したということだった。

 まあ、あの時点で店のものがすべてグルだったとは思わなかったのだろう。

 すべてのバーテンダーを尾行するなりすれば、かなり早期に秘密は突き止められたのだろうが、あの組織は意外と人手不足だし。

 禰宜が一人、狙撃事件で亡くなっていて、人員が補充できていないのも痛かったそうだ。

 あの禰宜さんは次にまた店に行って、正体を見破られて拘束されて尋問を受けたが、さすがに口を割らない。

 だから、明らかに知り合いだと思われた僕も捕らえることにしたという話だ。

 あの時は僕から桜井に話をつけたが、それがなかったとしても明日翔さんに唆されたあいつが僕に接触して来ただろうおそれは高い。

 闇に巣食う妖怪にとって、自分たちを探る連中を怖れるのは当然の発想だしね。


「禰宜の消息を探っていたとき、キミからの留守電があるので聞いてみたら、またあそこに行くとかいうし。胸騒ぎがするから急いでむかって正解だったよ」

「ありがとう。おかげで助かったよ」

「だったら、お礼はもう少し別に形ですることだね」


 間一髪で助けてもらったのだから文句は言えない。


「桜井も大人しくなってくれて、結果としては良かったかも。でも、あんな目にあってトラウマとかにならないかな」

「彼も一応、最後に頑張ったから、そっちで達成感があるだろう。初めての彼女が〈山姥〉だったというのは相当の傷になるだろうけどさ」

「だよね」


 今回もいいところなしで、僕に迷惑をかけっぱなしの桜井だが、最後に僕を助けるためにいわてにタックルしてくれただけで帳消しということにしてあげた。

 でも、せっかく僕が首を吊られかけた状態で、扉の鍵を必死に蹴飛ばして壊したというのに、すぐにでてこなかったことは根に持つことにしよう。

 おかげで本当に死にかけたんだから。


「しかし、もうああいうところは懲り懲りだよ。お酒が飲めるようになったとしても、女性がエスコートしてくれる店は怖くていけないだろうね」

「その前に、そんなところへ行くのをボクが許すと思っているのかい?」

「確かに、ああいうところはお値段が高いからね。普通に料理とお酒だけで済ませないとお小遣いがいくらあってもたりない」


 素直な反省と感想を述べたのに、御子内さんはジト目のまま僕を睨んでいた。

 はて、何か気に障ることを言っただろうか。

 すると、彼女は無言で立ちあがり、廊下に出ると、


「涼花、涼花、ちょっと来てくれ」

「はーい、お姉さま。どうしましたあ」

「キミの兄貴がちょっとスカポンタンなので締め上げる手伝いをしてくれ」

「はーい、わっかりましたー」


 すぐに妹がやってきた。

 手には白いロープを握っている。

 あの店での嫌な体験が思い出される。

 もう吊られたくはないぞ。


「まて、話せばわかるよ、きっと!」


 ただ、その台詞を聞いて話し合いが行われたことがないのは、人類の歴史で証明されている……。






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