第167話「妖怪〈山姥〉」
『貴様は妖怪狩りの
いわてが慄きながら、絶叫した。
〈社務所〉の退魔巫女のことを妖怪の側からはそう言うのか。
その誰何に対して御子内さんは、
「キミたち妖怪に名乗る名前はないね!!」
と、ついさっき推参して自己紹介した舌の根も乾かぬうちに適当な返答をしていた。
問答無用ということか、ただ単に面倒くさくなったのか、そのどちらかあたりだろうとは推測がつくけど。
一方のいわてとバーテンダーたちは手に手に物々しい武器をとって、御子内さんと対峙する。
薄汚れた出刃包丁、骨まで叩ききれそうな中華包丁、アイスピックに類似した刺突用らしいナイフ、自転車のチェーンよく似た金属製の鎖、カチカチと刃が出てくるカッターナイフ、バールのようなもの、割れたビール瓶……
どれもが御子内さんを生かしては返さないという断固たる意志を告げていた。
この狭い店内で、こんな武器を持った連中に囲まれて普通なら怖気づいてしまうところだ。
だが、御子内さんは眼をかっと開いてひゅーひゅーと手早く呼吸を整える。
それは女子高生のものではなく、
彼女は恐れをすでに超越している。
「こんな人里の街中まで降りて来て、男漁りをするような〈
『やってみれるものなら、やってみやがれ!! かかれ!!』
いわてとバーテンダーたち―――どうも〈山姥〉という妖怪らしい―――が一斉に飛びかかった。
とはいっても狭い店内だ。
御子内さんと接敵できる数は一匹か二匹が限度である。
多数対一のハンデはその程度まで抑えられる。
御子内さんの戦いが始まったと同時に、僕は足を引っ張らないように、隠れていた桜井をさらに観音開きの扉の奥に押し込んだ。
「なにすんだ!」
生意気にも抗議の声をあげるので、若附さんっぽく蹴りあげてやろうと思ったがああいう可愛いスマイルはできないので、
「そこで簀巻きにされている人を助けてあげて。人助けだよ」
「ど、どうして俺が……!?」
「やかましいのでさっさとして。でないと、君の彼女に差し出すぞ」
「あんなの彼女じゃねええ !!」
「その主張が通るといいね」
外から鍵をかける。
なるほど、倉庫になっているのか。
もっとも主な用途は監禁用の独房っぽいけど。
「だっしゃあああああ!!」
包丁による刺突を躱して、前かがみになった背中をくるりと自分の背中をつけて回転して降り立つと、正面にいた〈山姥〉の胸に横蹴りをかます。
一瞬、蹴りの姿勢のまま止まった御子内さんに対して、バールのようなものを持った一匹が襲い掛かった。
だが、それは誘いであり、足を延ばしたまま軸足を曲げて回転蹴りで足を払う。
そんな動きを予想していなかった〈山姥〉は軸足を刈られて倒れ、後頭部からテーブルにぶつかっていく。
ようやく後ろに回られたことに気づき、もう一度刺し殺そうとした〈山姥〉だったが、後方から撥ねあがる猿臂(肘(肘鉄)を使った攻撃、防御の技)を顎にぶち込まれてのけ反る。
そのまま流れるような
涎と嗚咽を発しながら、包丁を持った〈山姥〉は壁まで吹き飛び全身を強打して動かなくなる。
ビュン
相手の行動不能を確認する暇もなく、横薙ぎに振るわれたチェーンを屈んで避ける。
いくらなんでもあんなものが当たったら肉が爆ぜる。
ただの鎖や鞭に匹敵するのが、自転車のチェーンの危険なところだった。
振るった〈山姥〉は慣れているのか、すぐに手元に引き寄せて、もう一度今度は縦に攻撃した。
踵から発する力だけで御子内さんは飛ぶ。
だが、その動きを予想していたらしい、もう一人の〈山姥〉がカッターナイフで切り付けた。
嫌な音がした。
御子内さんの髪の毛が何本か切り取られた音だった。
ただ皮膚までは切られていないらしく出血はなさそうだ。
そのカッターナイフを裏拳で吹き飛ばし、チェーンの一匹に戻ると、その再度の攻撃を躱して、顔面に正拳をめりこませる。
「シッ!!」
あたりどころが悪く倒しきれないと見たのか、逃げないように〈山姥〉の長い髪の毛を掴むと、くるりとその咽喉に巻いて、そこを支点に御子内さんは投げ飛ばした。
柔道の技のようだが、あんな風に髪の毛を道具に使うものなんて見たことがない。
彼女のオリジナル技か―――。
一本背負いならぬ、裏髪落としともいうべき技で床に脳天から叩き付けると、次の敵のために立ち上がろうとした時、
「ちっ!!」
御子内さんの白魚のような繊手に血が滴った。
思わず叫びそうになってしまう。
右腕から少なくない出血をしていたからだ。
さっきの包丁による傷だろうか。
しかし、御子内さんはじっと長髪の倒した〈山姥〉を凝視していた。
髪の毛の奥にある大きな唇と歯のついた口を。
あの〈山姥〉という妖怪の後頭部には、不気味な牙をもった大きな口がついていたのだ。
二つの口を持つ女の妖怪。
どこかで聞いたことがある。
わずかに紅くなっているのは、御子内さんの血だろうか。
あの口内にある歯が、ナイフのように彼女の肌を切り裂いたのだと僕にもわかった。
「キミら―――〈二口女房〉の〈山姥〉だったのか」
『ちぃ、気づかれたか。もう少し油断しているところを、あたしらの〈口〉で噛み切ってやろうとおもっておったのに』
「いや、油断していたよ。確かに、後頭部にもう一つの口がある飯食わぬ女房は、正体が〈山姥〉というのは衆知の事実だったよね。ボクとしたことが、キミがいわてなんていう名前だから、奥州安達ケ原を巣にしていた連中の末裔だと思い込んでいた。しくじったようだね」
御子内さんは右手がどうやら動かないようだ。
噛まれたことによるものだろうか。
となると、あの後頭部にある口の歯は、刃のように鋭いだけでなく毒のようなものが塗られている可能性がある。
いくらなんでも、片手のままでは彼女だって危険だ。
『ちげえな。あたしらは武州の安達ケ原の〈山姥〉さ。かなりご近所さまよ』
「―――大宮の黒塚山大黒院に伝わる〈山姥〉の集団の出か。どうりで、連れ立って東京に出てくるわけだ。金の卵の集団就職かってーの。まったく、埼玉県人はとっとと夏は暑くて冬は寒い埼玉盆地に帰れ」
……君だって多摩の出身だから、微妙に東京っ子でもないじゃん。
埼玉にとやかくいえるほど都会でもないよね。
マイルドヤンキーっぽく地元愛に溢れているのは別にいいけど。
「ちなみに茨城というと、埼玉のさらに奥地にあるといわれる日本の僻地だけどね! あそこはレディースばかりなんだよ!」
ついでに魔夜峰央みたいに茨城県までディスり始めた。
あのあたりを守護しているレイさんにバレたら張り倒されるよ。
「―――ふん。片手の自由が利きにくくなった程度でボクに対して勝機を掴んだ
御子内さんはだらんと右腕を垂らして、それでもまだ不敵だった。
残る〈山姥〉はオーナーのいわてと明日翔さんだったものを含めて、四匹。
片手が使えないというハンデを抱えながら、御子内さんははたして勝てるのであろうか。
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