第164話「高校生の嗜み」
昨日のガールズバーへの冒険があったことから、次の日は昼近くまで寝ていた。
なんといっても帰宅したのは午前さまであったし、酒とタバコと妖気にやられてクタクタにくたびれていたせいである。
ただし、自然に目を覚ました訳ではない。
部屋にやってきた妹の涼花が、「どっせい!!」と枕元を叩いた衝撃で起こされたのであった。
「な、なにをするの!!」
あまりのショックに跳ね起きると、自称「武蔵立川で五指に入る美少女」升麻
なんと、こいつ、寝ている僕の頭を跨いでいたのだ。
スカートでも履いていたら、中身がばっちり覗けてしまうぐらいにはしたないポーズである。
「お兄ちゃん、起きた?」
「起きていないように見えるのか?」
「確かに見えないね」
「じゃあ、こんな実力行使をした理由を聞かせてもらえるかな。僕は疲れているんだけどさ」
すると、僕が大事に守ってきたはずの妹は、兄貴に対して鷹揚に顎をしゃくった。
降りて来いということらしい。
「どうして。もう少し寝ていたいんだけど」
「いつまで寝てんのよってのもあるけど、
「―――御子内さんが来ているの? そういうことなら普通に起こせばいいじゃないか。こんな奇をてらった起こし方をしないでさ」
「いいから起きなさい」
なんだか、ご機嫌がよろしくないようだ。
お姉さまと敬愛している御子内さんが遊びに来たのに、どういう訳か不機嫌な理由はわからないが、僕に八つ当たりをしないで欲しいね。
「なんだよ……」
起き上がって、寝間着代わりのジャージをぬいで着替えてから下に降りた。
その前に洗面所で顔を洗い、歯を磨き、適当に髪を透いた。
いくらなんでも女の子が家に遊びに来ているというのに、まったく身支度を整えないというのは考えられない。
髪を触っていると、ちょっとベタっとしている。
タバコの臭いがついていた。
「しまった……。昨日、シャワーぐらいは浴びておけば良かったかな」
疲れ切っていたからか、背広を脱いだら、そのままベッドに寝転んでしまったせいだ。
僕にしては珍しいだらしなさだった。
失敗した。
それでもあまり疲れは抜けていないというのに。
「お兄ちゃん、早くしてよ。お姉さまに失礼があったら、あたしが恥をかくんだからね」
「おまえ……実の兄よりも、兄の友達を優先するのか」
「だって悪いのはお兄ちゃんじゃん」
「僕の何が悪いってのさ」
なんだろう、えらく突っかかるな。
僕が何をしたっていうんだろう。
「今行くからさ」
それから、僕はリビングに向かった。
いつもなら家族がくつろぐソファーセットがあって、そこに私服姿の御子内さんと涼花が並んで座っている。
人差し指で僕の座る場所を指示する。
上下関係でいうと下座だった。
まあ、いいけどね。
「おはよう、御子内さん。こんな朝早くにどうしたの」
「早くはないね。もう12時を回っているよ」
「僕には早いんだよ。昨日、帰ってきたのが遅かったからさ」
「―――いかがわしい場所に出入りして遅くなったというのに、恥を感じていないようだね、京一は」
「いかがわしいって何さ?」
すると、テーブルの上に見覚えのある背広が広げられた。
昨日着ていたものだ。
あと、すっと差し出されたのは、名刺だった。
「GirlsBar〈French・lips〉 ミチル♡」とある。
気分が悪くなった時にもらったミチルさんの名刺だった。
あれ、もしかして背広から見つけたのか。
で、どういうつもりなんだろう、こんなのを出して。
「これがどうかしたの?」
「―――おい、なんの呵責も抱いていないぞ、こいつ」
「まさか、ここまで恥を知らない兄だったとは……。たった今から、お兄ちゃん呼びは止めて、『クソ兄貴』に格下げしますね」
「どのぐらい僕のランクを下げる気なのさ。で、本当にこれがどうかしたの? 昨日は、ここに出掛けていたせいで疲れているんだよ。明日もバイトがあるんだけど」
二人は顔を見合わせて、呆れたようなため息をついた。
「キミはまだ高校生の分際でこんないかがわしい悪所に通ったりして、何らの罪悪感も覚えていないのかい?」
「クソ兄貴、不潔!」
「ボクはキミがもう少し清廉潔白だと思っていたんだけどね」
「しかも、こんなコスプレまでして年を騙って……お母さんにもいいつけてやる」
「えっ!!」
ようやく理解できた。
つまりはこの二人は僕がガールズバーに行ったこと知ってお説教をしようとしているのか。
確かに教育には不向きな場所であることは疑いないし、年齢を偽ったことは良くない。
でも、別に好きで行った訳でもないし、友達や妹にお説教されるものでもないし。
母さんに言いつけられるのだけは避けたいけど。
両親に叱られるのだけはちょっと面倒だ。
「―――まあ、待ってよ。別に問題ないと思うけど、でも、どうして僕がガールズバーに行ったことを知っているのさ」
「昨日、クソ兄貴が放置していた背広にタバコとアルコールの臭いがついていたから、ポケットを探ったらホステスの名刺は出るわ、長い髪の毛はついているわ、不潔の証拠がザクザク出てきたからよ!」
「ああ、それで。おまえ、僕の嫁かよ。浮気調査でもしているのか」
「だ、だ、誰がお兄ちゃんの嫁になんか!!」
「そうだ! 開き直るな!」
「御子内さんも、僕の妹の変な行動のためにわざわざこんな府中まで来なくていいから。もう面倒見と付き合いが良すぎるよ」
すると、ぷぅと膨れる二人組。
何か僕の言うことに不満があるらしい。
ヤバイな。
この二人、性格が荒々しいから下手に怒らせると僕が困ることになるので、誤解は解いておくことにしよう。
「僕のクラスメートの桜井ってのがいたでしょ。彼がね……」
と、昨日に至るまでの過程を説明する。
それでも疑わしそうな視線を止めない二人をなんとかするため、僕はあのガールズバーで出会った〈社務所〉の禰宜さんの話もした。
涼花は片足まで退魔巫女の事情に足を突っ込んでいるので、情報を開陳しても問題はないのである。
「……〈社務所〉の禰宜が調査をしている? しかも、妖怪がいる気配がある? そんなところに一人で行って危険じゃないか!」
「いや、行ったのは初めてで、そこで気が付いた訳だから、僕は悪くないよ」
「違うね。おかしいと思ったら、すぐにボクに連絡するべきじゃないのかい?」
「そこまで御子内さんに迷惑をかけるのも」
「迷惑じゃない」
「そうなの? あと、妖気があったといっても、完全に危険とは限らないしさ」
「禰宜が調査している場所が危険じゃないはずないだろ! まったく京一はいつもそういう無茶をする……」
心配されているというのはとても嬉しいことだね。
「まあ、そういう悪所には二度と近寄らないことだね。きっとその禰宜の調査が進めば、ボクにも出陣の依頼がくるだろうから、キミとは関係なくなるし」
「いや、そうもいかないんだ」
僕は、桜井があの店のバーテンダーからラインのIDを貰い、これからも通う気配があることを伝えた。
彼にはきっと真っ当な忠告は通じないし、妖怪の巣窟に通い詰めるのは危険だといっていも平気の平左だろう。
とりあえず、桜井をなんとかしないと……。
「わかったよ。担当した禰宜についてはボクの方から話を聞いておく。だから、京一はこれ以上、そのいかがわしい店に関わってはいけないぞ。いいね?」
「はいはい。……そういえば、駅前のカラオケボックスの割引券を貰ったんだ。歌いに行こうよ。涼花も」
「……キミのお気楽さには負ける」
「お兄ちゃんって呑気だよね」
お、クソ兄貴から解放されたらしい。
良かった良かった。
こうして僕らは午後いっぱいをカラオケのフリータイムに使い切って楽しんだのである。
まだ、女性にお酌してもらって楽しい年頃じゃないし、高校生は高校生らしく楽しまないとね!
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