第159話「ゲームの準備」



 三鷹市のこのあたりは、あまり高いビルがなく、あったとしてもマンションが関の山という地域だった。

 僕たちが訪れた農家は、今では元がつくぐらいに畑仕事とかはほとんどしていないらしく、農具の類などは見当たらなかった。

 ただし、大きな蔵が二つもあるぐらいの、広い敷地を有していた。

 目立ちすぎるリムジンを少し離れた場所に横付けし、慎重に周囲を観察する。

 相手は狙撃手だ。

 下手な動きはとれないからである。


「―――正直、相手の動機が読めませんね。まあ、妖魅相手に動機の考察なんて無意味な気もしますが」

「発見された種子島鉄砲が呪われた品で、それに憑りつかれたこの家の息子が無差別に狙撃をしている。そんな感じみたいですけど」

「……強い意図は感じ取れないな。特定の誰かを狙うという。ただ単にバレないように鉄砲を撃ちたい。その程度に思える。だから、自分を探っているものを排除するんだろう」

「おかげで正体が掴めましたけどね」


 巫女さんと剣士たちは落ち着いたものだ。

 慣れっこなんだろう。


「京一、何か意見はあるかい?」

「うんと、夜になったら美厳さんがあの家の敷地内に侵入する。そうしたら、下手人が狙撃してくる。初弾を躱したら、相手の居場所を突き止めて、御子内さんが反撃する。これが大筋だよね」

「まあね」


 ―――簡単に言うけど、どこからともなく狙ってくる弾丸を躱すことが前提という危険極まる作戦だ。

 ここの人たちは美厳さんができると信じきっているようだけど、果たしてそんな奇跡的な真似ができるのだろうか。

 勘が鋭い程度では不可能だろう。


「御子内さんが接近するまでに逃げられたりしないかな」

「そこはあるね。一分時間を与えてしまったらもう終わりかもしれない」

「だったら、できる限り、狙撃ポイントを絞り込まないと」


 僕はこのあたりの印刷した地図を見た。

 高低差とかもだいたい網羅されている正確なものだった。


「この家のサイズがこれだとすると……。ちょっと出掛けてくる」

「あ、おい、危険だぞ!」

「大丈夫だよ、このあたりを見て回るだけだから」


 地図をもって、僕は外に出た。

 実際に目で見てみればわかることがたくさんある。

 あの農家に近づかないようにして、わずかにある高台やマンションを重点的に調べて回った。

 聞きたいことがあったら〈裏柳生〉の人に教えてもらいながら、なんとかおおよそは調べ上げた。

 種子島の性能なんてものは知らないが、現在の狙撃理論に従えば、特に問題はないはずだし。

 それでも三時間ほどかけてすべて見て回ると、リムジンに戻った。

 車内では御子内さんたちが、


「よし、革命だよ!! これでボクのターンだ!!」

「くそ、姑息な真似を。誰か、革命返しをしろ!! これ以上の被害を出させるな!!」

「まーた、姉上が大貧民ですか? でも、確かに或子さんに勝ち続けられるのも迷惑ですから、仕方ないですね。はい、革命返しです」

「よし、よくやった、我が妹よ」

「ちょっ―――!! それは……」

「じゃあ、流しますね。はい、さようなら。次は私の番です。これで、これで、これで、これ……と。はい、あがりです。やりました、今度は私が大富豪!!」

「こ、こぶし、キミってやつは!!」


 ―――トランプで盛り上がっていた。

 傍らのメモ帳を見ると、僕がでてからずっと大貧民をやっていたようだ。

 プラス収支は御子内さんがトップで、ビリが美厳さん。

 凄いゲーム回数なんだけど。


「お帰り、京一。もう少し、待っていてくれないか。今から美厳のバカをギタンギタンにするところなんだ」

「なんだと、てめえ!!」


 僕が仕事している間に、この人たちは……。

 まあ、いいや。

 情報を整理する時間もいるしね。

 すると、さすがに真面目な冬弥さんはもう遊びをやめることにしたらしい。


「……何かわかったんですか、京一さま」

「うーん、たぶん、狙撃するんならここだというポイントは絞ってきました。この地図でいう、この三点です」


 僕は地図を広げて、赤鉛筆で丸を書いた。


「どうして断言できる? おまえ、狙撃の専門家なのか?」

「いいえ。本物の銃は撃ったこともないです」

「じゃあ、どうしてだ」

「ゲームではよくやりましたから」

「はあ、ゲームだって……!!」


 ゲームといってもFPSファーストパーソン・シューティングゲームだ。一人称視点で戦い合う、対戦型のバトルゲーム。

 僕はそれを趣味としている。

 特にスナイパーライフルを使った戦術においては、わりとネット上でも名が売れているのであった。

 ゲームと実戦を一緒にするのは頭が悪いやつのすることだけど、理屈はどちらでも通用する。

 話してみてわかったが、〈社務所〉も〈裏柳生〉も銃器に対する知識が少ない。

 銃の知識なんて日本にいる限り役に立たないものではあるが、今回に限れば必要だろう。

 僕以上の本物の専門家を招聘している時間もないだろうし。


「いいですか。今回の下手人の腕は、おそらく種子島鉄砲自体の能力です。妖怪的にいえば秘儀でしょう。ですから、通常の物理法則は意味がない」


 弾道の絵を描いた。

 普通ならば最終的には弧を描く弾丸の軌道が、今回の狙撃に至ってはほぼまっすぐのままぶれない。

 一回目と二回目の事件の比較でわかる。


「ですから、高低差よりも完全に視界が開いていることが重要になります。つまり、マンションなんかの屋上とかよりも、遮蔽物のない場所だということが重要になる。で、美厳さんが屋根のここに立つと仮定すると、三か所しかない」


 ゲームでもそうだが、無理のない狙撃ポイントというのは実は数少ないのだ。

 特に最初から想定されていない町中なんてないに等しい。

 だからこそ、殺された禰宜の人は近づかれて撃たれたのだ。

 敵が美厳さんの挑発にのるとしたら、そこを逆手にとるのがいいだろう。


「御子内さんはここに陣取ります。それで、最初の狙撃の段階で動き、梓弓の射程距離まで近づいて撃ち返す。できる?」

「まあね。ボクも〈天弓〉の真似事ぐらいはできるし」

「〈天弓〉?」

「退魔巫女の神事ですよ。翻って、妖魅の類いを射倒すことの通称にもなっています」


 まあ、いくらなんでもすべてリングとプロレス技で決着がつくわけないし、そういう技も当然持っているよな。


「じゃあ、それでいきましょう」

「夜になってから、美厳ちゃんが動きます」

「本当に大丈夫なんでしょうね」

「ああ、おれは敏感だから見られているということはすぐにわかる。殺気が送られれば一キロ離れていたってわかる。それは安心しろ」

「ではお願いします」


 ―――そして、夜になった。


 

 


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