第158話「対策はこれだ」



 今回の狙撃事件において、〈社務所〉と〈裏柳生〉という二つの組織はいくつもの失敗を重ねていた。

 まず、最初に〈裏柳生〉の忍びが撃たれたときに事件の隠ぺいを図ったことによって、警察との連携がとれなかったこと。

 これによって、問題の種子島鉄砲の情報がすぐに入手できなくなり、続く事件を防げなくなったことだ。

 次に、第二の狙撃事件が起き(この被害者も失敗したことによる延長だろう)、〈社務所〉の協力を仰いだのはいいが、その調査員たる禰宜がどこまで調べたのかをきちんと把握していなかったこと。

 まさか、下手人が自分を調べようとするものを片っ端から排除しようとするなんて想定していなかったとしても、報告ぐらいはさせておくべきだったのだ。

 しかも、この禰宜の死亡によって得られたものはほとんどない。

 最後に、盗難された撃てない火縄銃の調査を無用心にさせてしまったこと。

 おかげで、また犠牲者が出た。

 四人目の被害者の命が助かったのは、分厚い防弾ベストを着こんでいたためであり、凶器となった種子島鉄砲の殺傷力をなんとか防ぎきれただけのことであって、たまたまであるに過ぎない。

 そういったこともあり、翌日、また集まった対策チームのメンバーは焦慮の顔つきをしていた。

 これ以上の被害者は出せないと考えていた矢先の出来事だからだ。

 総帥の姉から仕切り役を仰せつかっている冬弥さんが口を開いた。


「―――火縄銃を盗難されたという家は、三鷹市にある元農家のおうちですね。蔵の手入れをしていたときに、床下から発見したそうです。警察に相談したところ、撃てる状態にないものでも遺品銃に含まれるおそれがあることから、三鷹署に持っていくことになっていたらしいです」

「昨日も聞きましたけど、遺品銃ってなんですか?」


 思わず口を挟んでしまった。


「ああ、亡くなった方の遺品から見つかったりした銃器のことですよ。昔、日本軍の兵隊だったお爺さんとかが隠していたり、うっかり忘れていたりしたものが、亡くなったあとの形見分けで見つかったりするんです」

「危なくないんですか?」

「だから、警察に届け出ないといけなくなっていて、形見だからといって所有していると銃刀法違反で捕まってしまうおそれがあります。ものによっては弾丸を撃てるものもありますからね。完全に壊れていたりする場合は返してもらえるみたいですが、たいていは没収されて破棄されてしまうので躊躇う人もいるんですよ」


 確かに、お祖父さんの形見とかなら手元に留めておきたいという気持ちもわかる。


「没収ってのは厳しいですね」

「それぐらい銃器の扱いに慎重だからこそ、日本ではあまり銃を使った犯罪が起きないんです。もっとも、最近ではそうもいかなくなっているみたいですが」

「―――種子島鉄砲みたいな火縄銃も含まれるんですか」

「ええ。ただ、火縄銃はもう骨董品ですから完全に置物となっている場合はお目こぼしされるみたいです。今回、見つかった火縄銃についても銃口が鉛で塞がっていて、ただの置物同然だったということで、警察もすぐには没収対象にはしなかったみたいですね。ただ、その連絡をした夜に紛失したそうです。家の中から」


 なるほど、それで警察に被害届を出して、警察も動いたということか。

 没収の対象にはならないとしても、仮にも鉄砲だ。

 もしものこともあるだろう。

 市場に出回るのならば、扱っている古物商―――あの根来の人みたいな―――に通達を出すのも当然ということだね。


「でも、盗難があったとしても、普通の家からなくなったっていうんなら、家族が怪しいんじゃないのか」

「だから、うちの忍びはそこを調べに行ったんです。だけども、そこで撃たれた」

「なら、間違いないな。盗んだのも、撃たれたのも、その家の人間だ」

「でも、調べた限りではごく普通の古い農家でした。〈裏柳生〉とは縁もゆかりもありません」

「そんなのはあとで調べればいい。問題は、その種子島だ。おそらく、また何かが憑りついているんだろう。一刻も早く処分するしかないな」


 美厳さんが断定する。

 前回の刀のときもそうだったが、どうもこの人たちの周囲ではこの手の話が多いみたいだ。

〈裏柳生〉って諜報組織のはずなのに、どうしてだろう。

 さっきまでの話を総合すると、見つかった古い火縄銃は〈付喪神〉なり亡霊なりが憑りついていて、そいつが無差別に人を撃っているらしいけど。


「〈裏柳生〉は関東一円に今でもかかっているある呪いを除去することを目的としているんだ。だから、退魔組織の〈社務所〉とも関係が深いし、独自の捜査手段も有している」


 御子内さんが解説してくれた。


「呪い?」

「……ああ。古くて深い呪いさ。古代にやんごとなき身分の方がこの関東にかけた恨みの言葉がそのままずっと残っているんだ。大権現様が江戸に幕府を開いたときに、春日大社の力を借りて解こうとしたが、ほとんどできずに終わった。そのときに、おれのご先祖様の十兵衛さまは巫女の護衛としてここにやってきて、武蔵野柳生を創ることになった。自分自身は鷹狩にいった先の弓淵で死んだことにしていたからな。幕府の後ろ盾もあったし、おれたち柳生はここに根を張ることにしたのさ」


 それが武蔵野柳生の始まりなのか。

 僕の知る歴史にはない裏で育まれた系統の。


「ボクたち〈社務所〉とは違い、ただの民草を守る義務はないから、退魔組織として〈裏柳生〉は二流なのさ」

「おまえらと一緒にして欲しくはねえからな」

「ぬかせ、美厳。ボクらは、ちょっかいかけられないと尻を上げないキミたちとは違うんだからね」

 

 黙っていたこぶしさんが口を開く。


「その農家を調べれば、種子島鉄砲をもつものが邪魔ものを排除しようと動くのはわかりました。つまりは、そこをつけば見つけることはできるということです。しかも、下手人となったものはおそらくその家の息子だと思われます」

「どうして特定できるの?」

「夫婦と長男の三人家族のはずですが、現在確認できたのは夫と妻だけという状態では簡単な推理です。―――状況はわかりませんが、まあ、好奇心から火縄銃を手に取ってみたら乗っ取られたとかそのあたりでしょうね」

「なんて酷く簡単な推理だ……」

「妖魅の関わる事件なんて、たいていはシャーロック・ホームズも御手洗潔も、矢吹駆もいらないレベルなんですよ。貴方はどちらかというとそっちに近い人ですけどね」


 ここにいるメンバーはここまでの会話でだいたい納得できたらしい。

 御子内さんも、美厳さんも、こぶしさんも、冬弥さんも、阿吽の呼吸並みの団結力でこの事態に対処することを決めたようだった。

 これ以上の被害者は出せない。

 昨日決めたことをまた思い出す。


「おれが、その農家に行く。囮役だな」

「……そこへ至るすべての狙撃ポイントを割り出して、下手人を捕まえます。姉さんが囮を買って出てくれれば、相手は必ず引っかかるでしょう。もっとも、用意できる〈裏柳生〉はすべて動員しますが、簡単に制圧できるかは難しいですね」

「いや、それはいいよ」


 冬弥さんのあげた提案を否定したのは御子内さんだった。


「どういうことですか、或子さん」

「その種子島鉄砲を相手にするのは、ボクがやる」


 御子内さんは背中に回していた長い革袋を手に取った。

 そこから折り畳まれた細い道具を取り出す。


「……梓弓じゃねえか。てめえ、そんなもんで鉄砲と撃ち合う気かよ」

「一キロは無理でも、三百メートルほど近寄れば、ボクの腕なら十分に当てられるさ」


 御子内さんが武器―――しかも弓を使うなんて初めて聞いたぞ。


「てめえに、巫女っぽい真似ができるとは初耳だが」

「梓弓を使って妖魅を射るのも、退魔巫女のわざだよ。―――だから、美厳。キミは第一撃さえ躱してくれれば、あとはボクがやるよ」


 自信満々の御子内さんを一瞥して、美厳さんはため息をついた。


「やってみろよ。ただし、へますんのは許さねえぜ」

「ボクに限ってそれはないね」


 ……こうして、かつてない弓と銃の戦いが始まろうとしていた。 



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