第157話「蠢く狙撃手」
柳生家のリムジンに戻ってきた御子内さんと美厳さんは、どっしりと後部座席に座り込んだ。
後部座席は会議でもできるかのように向き合って座る形になっていて、僕を含めて三人が待っていた。
そのうちの一人、不知火こぶしさんが二人に話しかけた。
彼女は元の退魔巫女で、現場における御子内さんたちの上司のような立場である。
背広姿の男装が凛々しいタカラジェンヌのような人であるが、僕は内心、『課長』と呼んでいた。
苦労人という言葉がよく似合う。
「どうだった、或子ちゃん?」
僕の対面にいる美厳さんの妹である冬弥さんも首尾を聞きたそうな顔をしている。
御子内さんは僕の隣に座ると、腕を組んで難しい顔をした。
「ボクの勘で良ければ、あの根来坊主は白だね。それより、こっちからの通信で聞いたと思うけど、警察側の情報はどうなんだい?」
「連絡はしておいたわ。うちの警察とのパイプ役よりは、〈裏柳生〉の方が早いとは思うけどね」
「はい。うちは仮にも諜報組織ですから、内部に何人も潜り込ませてますから」
冬弥さんはお姉さんとは違って、楚々とした清純派だ。
色気とは無縁そうなタイプだった。
こういう雰囲気は意図して作られるもので、逆に絵に描いたような清純派こそ危険、というのはうちのクラスの某男子の評論である。
とはいえ、元々大名の血筋の姫でもある冬弥さんは、姉である美厳さんの補佐をしたりして、とても真面目な人である。
見た目そのままの印象でまず間違いないだろう。
「種子島鉄砲を使う、暗殺家業をしていた根来忍者が怪しいという最初の推理は間違っていたということかしら」
「いや、おれたち柳生と根来は因縁があるから狙いとしては間違っていないだろ」
「まず、最初に狙われたのが〈裏柳生〉の人間だからね。しかし、今どき、どうやって種子島なんてものを手に入れたんだ?」
「そこがこの事件の肝でしょうね」
リムジンの内部は完全に会議室と化していた。
しかも、このリムジンは防弾仕様となっていて、動く要塞ともなっている。
特に今回のように狙撃で襲われるおそれがある場合にはとても安心感がある。
十分もすると、冬弥さんのスマホが鳴り、短い通話が行われた。
「……今回の事件についてではありませんが、遺品銃が紛失したという通報があったそうです。陣内さんの言う通りに火縄銃についてですね。それで、警察が都内の古美術商に当たっていたみたいです」
「そんな事件があったのに〈裏柳生〉は気がつかなかったのかい? 美厳、随分と呑気なことをしているんだね」
「うるせえよ。……まあ、しくじったのは確かだ。早い段階で警察の介入を遮っちまったのがな」
「そうですね。もう少し連携をとってみるべきでした。〈
美厳さんも冬弥さんも失敗は認めている。
こだわらない性格の持ち主なのだろう。
そのあたり、かなり完成した現実主義者である。
忍びというものはそういうものらしいけど。
「で、その盗まれたって火縄銃はどうなんだ」
「なんでも、銃口に鉛が詰まっていたらしく、盗まれた被害者もそれほど危険とはおもっていなかったらしいですね」
「なんだ、そりゃ。銃口が塞がれていたら文鎮と変わらねえじゃねえか。関係ないんじゃないか」
「―――いいえ、美厳ちゃん。普通の遺品としての種子島鉄砲ならばそれでいいでしょうが、うちの禰宜が調べた妖気のことを思い出してください。これは通常の事件ではなく、
こぶしさんのいうことも、もっともだ。
これは忍びの組織である〈裏柳生〉と妖怪退治の退魔組織〈社務所〉の合同作戦なのだ。
つまり、通常の事件ではないことが前提である。
「遺品として発見された撃てない火縄銃に、妖気の残った現場、そしてあり得ない射撃術、―――間違いなく妖怪がらみだろうね」
あらかじめ用意されていた茶菓子を食べながら、御子内さんが言う。
「その火縄銃が発見された家のことは〈
「うーん、〈裏柳生〉は妖魅と関わることも多いから、そっちで何かあったんじゃないのか?」
「あったとしても、やられたらやり返すまでだ。おまえんところも一人殺られてるのだから、ここは何も言わずに協力しろ。意趣返しだ」
「仕方ないね」
僕が知っている限り、〈社務所〉は警察と連携したりもするが、こういう風に無軌道に動いて失敗することもある。
公の組織でないということが招く問題なんだろうな。
「しかし、これ以上の被害者は出せないぞ。一刻も早く種子島を使っているやつを止めなければならない」
「ただ、どうします?」
「うちの調査係の禰宜が撃たれたのは、下手人の足取りを追ったからだろうね。一人だけ、近距離から狙われたのはそういうことだと思うよ」
「というと、その禰宜がどこまで真相に迫ったかにかかる訳だ」
……だが、この時はまだ事件の下手人に辿り着くことはなかった。
事件が進展することもなかった。
翌日、話に出た火縄銃を盗難されたという家を調査していた〈裏柳生〉の忍びが獣のように撃たれるまでは……。
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