第156話「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スナイパー」



「え、それは本当に危険なんじゃないの? 止めようよ!」


 新しく御子内さんが解決に乗り出したという事件の詳細を聞いて、さすがに止めたくなった。

 遠距離からの銃による狙撃事件だというのだ。

 僕は彼女の格闘戦についての実力はよく知っているし、なによりも信頼しているが、それとこれとは話が別だ。

 姿の見えない狙撃手スナイパーとの戦いがどれほど危険極まるものなのか、FPSファーストパーソンシューターゲームを趣味としている僕は理解していた。

 どれほど反射神経が鋭くても、遠距離から狙われて一発で仕留められるおそれがある戦いは不利などというものではないのだ。

 戦場で狙撃手が最も恐れられている理由はそこにある。

 それなのに、御子内さんは平然とした顔をしていた。

 いくらなんでも軽く捉え過ぎではないかと腹が立つほどに。


「だから、ボクと美厳のバカにお鉢が回ってきたんだよ。まあ、どちらも身内が傷つけられているし、敵討ちという意味合いもあるんだけどね」

「意味がわからない! いくら、御子内さんでも狙撃手を相手にするなんてバカげている。すぐにやめるべきだ! 犯人を地道に捜して危険のない範囲で捕まえるべきだよ。そもそも、なんでそんな事件を妖怪退治専門の退魔巫女がやることになったのさ!?」


 僕の剣幕にさすがに驚いたのか、目を丸くしながら、御子内さんは理由を語り始めた。


「いや、発端はね、美厳のところの弟子がいの一番に撃たれたことから始まるんだよ」

「美厳さんのお弟子さん? するってえと、〈裏柳生〉の?」

「そうそう、その〈裏柳生〉の忍び。しかも、ただ撃たれただけじゃなくて、運び込まれた〈裏柳生〉と提携している病院で腹の中から摘出された弾丸が問題だったんだよ」

「弾丸? ダムダム弾でも使われたの?」

「匁玉だったんだ。火縄銃で使われるような。それで、色々と検査した結果、射撃に使われたのは種子島鉄砲だということが判明した。平成の今になって種子島だからね。美厳たちはすぐに事件を隠ぺいして、警察も関与できないようにしてから独自の捜査に入った。自分のところへの攻撃の可能性があったからさ」


〈裏柳生〉というのは美厳さんのところの柳生新陰流の弟子を中心にして作られている忍びの組織だ。

 現代に忍者がいるということ自体実はびっくりなのだが、意外と需要があるらしくて色々なところで活躍しているそうだ。

 詳細こそ聞かなかったが、美厳さんの〈裏柳生〉は関東圏に限ると、箱根の〈風魔衆〉と並ぶ二大組織なのだということぐらいは教えてもらった。

 なるほど。

 忍びが撃たれればそれは敵対組織による工作の可能性がある。

 しかも、凶器となったのが時代遅れなんてものじゃない種子島鉄砲だ。

 これだけなら事態を隠ぺいして独自に調査を開始するのはわからなくもない。

 だが、どうしてそこに御子内さんたち退魔巫女が絡んでくるんだ?


「二人目の被害者が出たときに、この事件の特異性がわかったんだよ」

「……特異性って」

「一人目のときは、被害者が発見されたのは少し時間が経ってからで細かい捜査ができなかったが、二度目には下手人が被害者を狙撃した場所が特定できたんだ。狙撃ポイントはだいたい一キロメートルほど離れていた」

「一キロ!?」


 まさにびっくり仰天だ。

 最新式のライフル銃でも一キロというのは難しいというのに、種子島で一キロなんてほとんどあり得ないだろう。

 そもそも射程距離に含まれるかというのもあるが、丸い弾丸を使用する種子島ではライフリングがないので空気抵抗などで弾道が不安定になるはずだ。

 確か、150~200メートルが殺傷距離だから、そこまでならばともかく、何倍もの距離の目標を撃ち抜くなんて不可能だ。


「まさか。間違いでしょ」

「いや、それは確からしい。目撃者もみつけたそうだし。トリックの類いもなしで、下手人は種子島で一キロ先からの狙撃を完遂したんだよ」

「―――ゲームでも無理だよ、そんなの」

「さらに問題なのは、狙撃ポイントが特定されたことで綿密に現場検証したところ、そこから微量の妖気が観測された。妖魅の性質まではわからないけれど、妖怪あるいは〈付喪神〉、または死霊、その類が絡んでいることがわかったんだ」

「それで〈社務所〉に連絡が行ったんだね」

「うん」


 ようやくここにきて、御子内さんが絡むことになった理由がわかった。

 理由や正体は不明だが、その狙撃は妖怪が関わっている事件のおそれが高いということか。


「うちの事前調査を担当する禰宜の一人が、〈裏柳生〉と一緒に捜査を行うことになった。そうしたら、今度は彼が撃たれた。―――しかも即死さ。前の二人がなんとか命を取り留めたというのに、禰宜は運悪く頭を撃たれてしまった。ただ、彼の場合は一キロとかではなくて目の前で撃たれたみたいだけど」

「死者が出たんだ……」


 死人がでたとなると、ますます御子内さんには関わって欲しくない。

 いくらなんでも徒手空拳の彼女がライフル銃に勝てるはずはないのだから。

 せめて拳銃相手ならばともかく。


「そうなると、もう〈裏柳生〉も〈社務所〉も退くことはできない。そこでボクと美厳のバカがあたることになったんだよ」

「意味がわからないよ。なんで、君らなのさ。ただ腕っぷしが強いだけではこの事件には適さないでしょ」

「ボクと美厳は勘働きが鋭いからね。だからだよ」

「……もう少し納得できる説明をお願い」

「―――要するに、ボクらは誰かに見られているということに敏感なんだよ。監視カメラ越しでもわかるし、一キロぐらい離れていてもすぐにわかる」

「あ、〈オサカベ〉のときの……」


 そういえばそうだ。

 御子内さんの他人の視線に対しての過敏すぎる反応については僕も知っている。

 監視カメラ越しに覗いている人間の存在なんて普通はわからない。

 それが常在戦場の武人の勘働きというものなのかもしれないけれど。


「美厳もそうだな。あいつは下手をしたらボクよりも鋭い。まるで予知能力でも持っているかのような振る舞いをすることもあるしね。だから、ボクらが選ばれた。下手人はどうも自分を追っている敵を始末することを最優先にするようだからね」


 つまり、下手な人物に捜査をさせると〈社務所〉の亡くなった禰宜さんのように殺されかねないから、撃たれてもなんとかなりそうな二人を当たらせるということか。

 退魔巫女の一人でしかない御子内さんはともかく、〈裏柳生〉の総帥である美厳さんを投入するというのは大胆すぎるとは思うけど。


「そういう訳で、ボクが当たるしかないんだ。これ以上の犠牲はだしたくないし」

「―――僕が君のことを死ぬほど心配していることを承知して決めたということだよね」

「わかっているさ。でも、こればっかりはこぶし辺りでもできることじゃないからさ。ボクと同等の危機回避能力を持つとなれば御所守ごしょもりの婆さんぐらいのものだけれど、いくらなんでもトップをこんなことに駆りだせない。まあ、下っ端の仕事さ」


 そう言われては何も言えない。

 彼女の人格と決心を尊重するしかないのだ。

 僕は御子内さんの恋人でもないし、ましてや夫でもない。

 文句を言っていい権利はない。

 ただ、友達としては言うべきことは言わせてもらおう。


「わかった。もう止めない。でも、一つだけ頼みがある」

「なんだい? さすがに現場に京一を連れていくことはできないよ」

「それはわかっているよ。僕もそこまでお荷物にならない。別の話さ」


 僕は言った。


「御子内さんは銃や撃ち合いについて詳しくないよね」

「あたりまえだね。女は素手で戦ってこそ美しいんだからさ」

「御子内さんの素っ頓狂な価値観はさておくとしても、少なくとも誰かが君たちのサポートをしないとならないのは確かだろ。だから……」


 スマホで呼び出した画面を見せる。


「耳かけ式のハンズフリーのカメラだよ。これに通話機能をつけたものを使って欲しい。これがあれば君の隣にいるようにサポートができる。僕はただの力のない高校生だけど、御子内或子の助手として君を助けたい。―――どう?」


 彼女の人格と決意を尊重することと、彼女を助けることを併存させるためにはこれしかない。

 すると、御子内さんは花が咲いたように微笑んだ。


「もちろん、いいさ。キミとボクは一心同体だからね。むしろ、ボクの方から提案すべきだったほどだ」


 こうして、僕と御子内さんはガッチリと握手を躱した。

 いつでも僕らは一緒にやってきたのだ。

 それはこれからも変わらないだろう。






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