ー第20試合 〈追儺の鬼〉ー

第141話「鬼が狙って覗いている」


 俺は、なんつーか鬼、みたいなのにずっとつけ狙われてる。

 ずっとと言っても、だいたい三日前ぐらいなんだけどさ。

 歩いていると電信柱の陰からとか、隣の一軒家の屋根の上からとか、俺の様子を探っている変なのがいて、そいつが寝込みを襲おうとしているんだと気がついた。

 気がついたのがすぐだったからいいようなもの、もし、が鋭い爪で俺の首をちょんぱしたあとだったら死んでも死にきれないしね。

 いや、そん時は死んじゃっているから別にいいか。

 ま、今は死んでねえけどさ。

 んでも、俺が警戒しているときはどうも近づいてこられないらしくて、こっちがうとうとしているときなんかに結構傍までやってきやがる。

 だけど、軽く睨みつけてやったらすごすごと逃げ出していく程度ではあるんだけどさ。

 俺なんかのメンチ切りで逃げるんだから、たいした鬼ではないとは思う。

 あ、鬼。

 鬼なんだよね、あいつ。

 もう一目瞭然、そのまんま、

 頭には日本の牛みたいな角をつけて、毛むくじゃらの筋肉質の赤い肌の肉体からだをしていて、なんつーか悪を体現したような不細工な面をした、捻じれた異形というんだろうか。

 あれが鬼でなければなんだっていうぐらいに、

 何の因果で俺なんかのところをうろうろしているかはわかんないけど、あいつがいるとわかるだけで空気がどんよりとしたうえ、物悲しい鬼哭蒐集とした風が吹き始めるので、接近してるのがすぐわかるという特徴がある。

 俺ぐらい鈍くてもわかるんだから、勘のいいやつならもと早く感じ取れるだろう。

 とにかくふいんき(何故か変換できない)を悪くさせる奴だ。

 もっとも、俺もそんなに余裕をぶっこいてられる立場ではない。

 だって、あいつ、俺を殺そうとしてんだぜ。

 一度だけられる寸前にまでなったから断言できる。

 あと、俺を見る目と、ついでの捨て台詞。

 それだけで満貫状態で、俺をる気満々だともう決定。

 だって、あいつ、


『殺してやるぅぅぅぅぅ。おまえさえいなければ、おまえさえいなければあああああ!』


 と恨めしそうに嘆きやがるんだぜ。

 そんなに俺に死んでほしいもんなんかね。

 でもさ、原因を考えるとわからなくないんだ。

 だって、あいつの手についている火傷のあとって、間違いなく、あのときの事件のものなんだ。

 俺も目の当たりにしたし、とてつもなく特徴的だったからね、間違えるはずがない。

 あの時の事件ってだけじゃあ、みんなにはわかりにくいと思うけど、ちょっと調べれば新聞の地方版には載っていたはずだからわりと有名なはず。

 だって、死人が一人でているしね。

 しかも、もともとはイジメが原因というショッキングなものだ。

 その時の酷いイジメの内容もわりと有名で、こっちはあとでテレビ局が取材に来たりしていたかな。

 事件による死そのものについては、そう報道されていないのにイジメの内容については事細かに流しやがって、ホント、マスゴミってくそ。

 ネット読めばわかるけど、マスゴミってマジで腐っているわ。

 俺も当事者だからよくわかる。

 で、その時の酷いイジメとそこからの事件で大きな火傷を負ったやつがいるんだけど、それと同じものがあの鬼にはついているって訳。

 いくら俺が鈍くても因果関係はすぐにわかるってもんさ。

 あの鬼は、俺を狙っているってことは。

 となると俺としては命が惜しいから逃げ回るしかない。

 家に居たって、学校に逃げたって、誰も助けてくれないし、巻き添えを恐れて近づいても来ないだろう。

 だから俺としてはできる防御法をとるしかない。

 あいつがいると思ったら警戒して傍に近づけないこと。

 それだけ。

 本とかネットとかも調べたさ。

 鬼の退治の仕方とか、鬼を寄せ付けない結界の張り方とか。

 だけど、ぜんっっっっっっぜん、使いものになんねえ。

 だいたい、あんなのの実在を確信して本やらネットの書き込みをしているやつなんて、絶対にいなくね?

 もしいたとしても、きっとられちゃっているはずじゃね?

 映画のリングの貞子みたいなもんで、確認したらもうその時は死ぬときじゃんって感じ。

 書きこんでる暇なんてないはずだよ。


「窓に、窓に!!」


 なんてラヴクラフトかってんだ。

 まあ、俺が言いたいのはもうなんとかする手段はなさそうだったってこと。

 ただ、さっきから俺の頭の上を烏が飛び回っていて、それが死ぬ直前の動物を看取っているみたいで腹が立つということだけはいえるけど。

 

 カアカア、しつこいんだよ、まったく。


 あまりにしつこいので、俺はカラスを追い払う方法を探してスマホでググってみた。

 そうすっと、少しだけ面白くて笑える記事があった。


「―――八咫烏に退魔の力を持つ巫女を呼んでもらう方法? なんだそりゃあ?」


 俺はあんまりにバカな内容を笑い飛ばした。

 退魔の巫女?

 ゲゲゲの息子でもやってくんのかよ?

 今どき? 二十一世紀だぜ? どこにもオカルトなんかねえよ。


 ビクン


 肩が震えた。

 振り向くと、サントリーの青い自動販売機の陰から鬼が俺を見ていた。

 血走った、獣のような恨みのこもった眼で。


「そういやあ、あいつとかもいるんだよなあ……」


 オカルトを全否定できる立場ではないことを思い出す。

 どのみち、俺はあいつがいる限り憑り殺されて終わりそうだ。

 だったら、オカルトでもバカ話でもやるべきことはやっておくか……。

 そうすりゃ、少しぐらいは死ぬときも満足できるかもしれねえし。

 俺はネットに書いてある通りに、ルーズリーフに救助の内容を書き込み、しっかりと折ってみた。

 もともとインドア派で折り紙なんかも好きな方だったので、思った以上に丁寧に折って、三角の紙垂っぽく仕上げる。

 それから、頭上にこれを掲げてみたら、耳元でバサっと大きな音がしたかと思うと、さっきのカラスが紙を咥えて奪い去っていった。

 今までの人生であそこまでカラスに近づかれたことはないので凄く驚いた。

 なんだよ、あれ。

 しかも、驚いたのは、それはネットで調べた通りの反応だったからだ。

 妖怪退治の願い事を書いた紙を頭上に掲げると、カラスがやってきて伝達の役目を引き受けてくれるというままに。

 さすがに半信半疑ではあったけど、少しは信じてもいいのかなと俺は適当に思った。

 まあ、俺を睨みつけるあの鬼がいる限り、どうにもならないのは確かだけどさ。


「うっぜえ、とっと消えろ!!」


 俺が一喝すると、這う這うの体で逃げ出しやがる。

 まったくなんなんだよ、あの鬼は。

 そのくせ、一時間もすればまたどっかで俺の命を奪おうと狙い続けるんだぜ。

 勘弁してくれってんだ。

 それに、どうして俺なんかを狙っているんだよ。

 おかしいだろ、まったく。

 あの時のイジメが原因だってんなら、だろ!!


 ぶっちゃけた話、


 あの時の事件で死んだ奴だって、実際はいじめっ子グループの主要メンバーで、普通に事故で死んだだけなのに!


 俺はわけわかんなくて思わず地面を蹴ってしまった。

 やれやれ、どうしてイジメられっ子の俺があんな鬼に憎まれて殺される寸前まで追い詰められるようになってしまったんだろうってね。

 人生って奴は理不尽過ぎんよ、マジでさ。

 あー、たりー。





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