第138話「猛虎と茶釜、不屈の闘志」



「タイガー・ジェット・シンだああああ!!」


 次に芝右衛門狸が化けたのは、かつてアントニオ猪木と熾烈な抗争を繰り広げたインド出身の悪役レスラーだった。

 インド出身で有名なのはカレクックだけではないのである。

 黄色と黒の虎柄のターバンを被り、サーベルを舐める狂人の姿をした怪人。

 謎の怪人! 狂人! インドの猛虎! 狂虎!

 あれがタイガー・ジェット・シンだ!!

 僕は柄にもなく興奮していた。


「―――へえ、今度はシンかい? なかなか芸達者だね、芝右衛門。そんな時代遅れのロートルになったぐらいでボクに勝てるとでも?」

『減らず口は俺に勝ってからしてもらおうか!』


 シンのサーベルが閃いた。

 その剣先が御子内さんを切り裂く。

 間一髪で躱しきると、シンの握りにキックを放つ。

 もっとも、軽く腕を引かれただけで蹴りは外された。

 明らかに読んでいる。

 そう、タイガー・ジェット・シンは狂乱のファイトで知られているが、知的なインテリジェンスをも有する戦いもできるマルチファィターなのだ。

 ただの虎を相手にするのと訳が違う。

 サーベルによる突きがまたも伸びる。

 先ほどのように伸びきったところに合わせることができない御子内さんは、防戦一方になった。

 だが、そもそも狭いリングの中で武器による攻撃を躱し続ける事には限界がある。

 背中がロープに触れてしまい追い詰められた。


『どうした、退魔巫女? 反撃しないのか?』

「するさ。しないはずがない」


 それはただの強がりではなかった。

 なんと御子内さんはするりとロープをすり抜けて、ロープで囲まれた外に自分から飛び出していったのだ。

 逃げた、はずはない。

 御子内或子に逃走という文字はない。

 シンのサーベルを避けると同時に、ロープを引っ張り一気に手放すことで、その可塑性を利用して弾いて武器としたのだ。

 目には目を、武器には武器を。

 頭脳プレーというか、えげつない策略というべきか。

 御子内さんは正統派の戦いだけでなく、こういう詭道めいた立ち回りも易々とこなしてくる猛者なのである。

 自分目掛けてくるロープをシンが咄嗟に防いでいる間に、御子内さんの中段横蹴りがシンの胴体に突き刺さった。

 

『ぐおおおお!!』


 見事にリングシューズのつま先がみぞおちを捉えていた。

 しかも、それだけではなくどんな負荷がかかっていたのか、御子内さんのつま先が破れ、足の親指が露出していた。

 分厚いリングシューズを破るほどの威力があるというのだろうか。

 あまりに威力が強かったのか、真っ向から食らったシンが武器を落としてしまうぐらいだ。


「ちっ、お気に入りのシューズだったのに!  火神ヒヌカンなんか使わなきゃよかった!」


 なんだか愚痴りながら、御子内さんは再びリングの中に戻り、得意のナックルパートに入る。

 しかし、敵もさるもの。

 最初の二三発は受けたが、そのあとは頭を抱えて必死のディフェンス。

 その隙間から虎視眈々と反撃の機会を窺う。

 埒が明かないとみて、御子内さんがローリング・ソバットに移行した一瞬を見逃すことなく、彼女の腰にしがみついた。

 そのまま抱え上げて渾身のボディスラム。

 マットに叩き付けられもんどりうつ御子内さん。

 シンが何度も踏みつけるストンピングで追い打ちをかける。

 一気に形勢が逆転してしまった。


「立て、御子内さん!」


 だが、彼女が立とうとする瞬間、シンの腕が伸び、御子内さんの首の頸動脈辺りを掴んだ。

 何かの擬音がでそうなぐらいの力で締め付ける。

 御子内さんの顔面が蒼白となった。


「コブラクローだ!」


 タイガー・ジェット・シンのシンボルといっていい首絞めの反則技。

 悪魔の握撃が小柄な御子内さんを締め上げる。

 あのままでは窒息してしまう。

 ジタバタとあがいても、一度掴まれるともう為す術はない。

 御子内さんは何もできずに負けてしまうのか。

 伝説の悪役レスラーの力の前に屈するのか。


「御子内さん、負けるなあああ!」


 実況役の立場も忘れて僕は御子内さんを応援する。

 彼女は僕のヒーローなのだ。

 絶対に負けて欲しくない。

 勝った姿だけをみていたい。

 ファンとはそういうものなのだ。

 その僕の叫びが届いているとは思えないけれど、御子内さんの身体ががくんと不自然に沈んだ。

 首にかかったシンの手を引きつつ、右足が伸び、シンの胴体を蹴るように持ち上げる。

 絶妙なタイミングと力の入れ具合、無理矢理ではあるが、変則の巴投げの要領であった。

 もっとも、御子内さん自身は首でブリッジをしつつの投げ技なので、スープレックス気味でもある。

 シンとて投げられたくはないので、腰を落として、重心を下げる。

 しかし、スープレックスは御子内の得意技であった。

 敵の抵抗をねじ伏せ、マットを武器にして叩き込む。


「どっちゃああああ!!」


 コブラクローを受けながらそこを支点に投げ飛ばすという猛撃のために、全力を使ってしまったのか、荒い息を吐きながらも、御子内さんは動き続ける。

 掴んだ腕をひねりあげ、関節を逆にすると、そのままへし折るように自分の肩に叩き付けた。

 アームブリーカーだった。

 かつて猪木がシンの腕を折ったとされる故事にならうかのように。


『ぐぎゃああああ!!』


 絶叫をあげるシン。

 だが、どんなに暴れても抗っても、御子内さんはアームブリーカーを外さない。

 熊埜御堂さんならば即座に折るところだろうが、彼女の場合は痛めつけて次の攻撃に繋げるための技である。

 どれだけ長く続けるかが肝要なのだ。

 しかし、御子内さんは忘れていた。

 これは彼女とシンだけの戦いではなく―――タッグマッチなのだ。

 いつの間にか、リング内に入り込んでいたまん丸の影が彼女たちの後ろに忍び寄っていたのだ。


「うわっうわっ!!」


 背後から持ち上げられた御子内さんは思わず手を離してしまう。

 盟友・シン(芝右衛門狸)の窮地を救ったのは、コーナーポストで出番を待っていた分福茶釜のタヌキであった。

 いくら御子内さんが小柄といってもまるでぬいぐるみでも抱くように持ち上げると、親の仇のごとく投げ捨てた。

 しかもトップロープ越しに。

 砲丸投げのようにリングの外に投げ捨てられた御子内さんは、僕たちのいる実況席のテーブルの天面に背中から落下してきた。

 思わず身を挺して庇ってしまったが、そのおかげかどうかはわからないけれど受け身に成功したらしく、大きなけがはない様子だった。


「あいたたた……」

「大丈夫、御子内さん?」

「ん、まあね……。しかし、無茶してくるね、あいつら。痛いったらありゃしないよ」


 さすがの御子内さんも少し苦戦しているようだ。

 慣れないタッグマッチということだけでなく、やはり江戸前の〈五尾〉と呼ばれるだけあって強い相手なのだろう。


「どうするの? リングアウトのコールが続いているよ」

「―――当然、やるさ。やらいでか」


 はっきりと断言すると、御子内さんは立ち上がった。

 肩をぐるぐると回転させて、元気なところをアピールする。

 その隙をついて、なんと彼女を追ってリング外に降りていたシンが折り畳みのパイプイスで襲い掛かってきた。

 脳天をパイプイスのクッション部分で殴られる。

 思わずひるんでしまった御子内さんに対して、パイプイスによる連打が襲った。


「なっ!!」


 完全な奇襲。

 予想通りの反則攻撃であった。


「こなくそっ!!」


 だが、御子内さんは最初の一撃でフラフラになっていた。

 彼女にしては珍しい油断―――いや、シンによるあまりにも巧みな奇襲のせいか―――が、反撃する土台すら作らせてもらえなかった。

 コーナーポストの裏に崩れ落ちる。

 実にあっさりと。

 あの御子内さんが。

 シンはパイプイスを捨てると、今度は僕たちの座っていた実況席付属のテーブルを抱え上げた。

 まさか、このテーブルを使う気なのか。

 僕はシンの暴虐を止めようとするが、簡単に掃われてしまった。

 巫女レスラーではない僕の力ではこの程度しかできない。

 いくら御子内さんでもあんなもので殴られたら一たまりもない。

 止めないと。

 このままでは、ただの試合が殺し合いになる。

 それだけは阻止しないと。

 倒れたまま動かない御子内さんを守らないと。

 シンがテーブルを振り上げた。

 反則技の凶器に使うために。


『死ねえええええ!!』


 シンが怒鳴ったとき、


「キミがね」


 突っ伏したまま動けないはずの御子内さんが誰に言うでもなく呟いた。

 しかし、その言葉はどんな大音量の楽器のものよりも力強く聞こえた。


「音子!!」

「シィ!!」


 あまりにも激しい御子内さんたちの戦いに気を取られ忘れていたが、コーナーポストの上にバランスをとることなど何も知らないとでも言いたげに安定感抜群に立ち尽くす音子さんがいた。

 眼下の敵を睥睨する美しい瞳とともに。

 そして、宙を舞う神宮女音子の飛翔は最強の鷲のように決して止められない。

 超・超・超高度からの必殺のドロップキックが、わかっていても避けきれないシンの顔面をスナイプする。

 避けられなかったのはテーブルを持ちあげていたからだけではない。

 死んだふりをしていた御子内さんに足を捕られていたからだった。

 シン=芝右衛門狸は、知らなかった。

 御子内或子を屈服させるのは不可能だということを。

 場外乱闘と凶器攻撃程度で彼女を倒せるのなら、今までの妖怪たちでさえ可能だったろう。

 しかし、それができないからこそ、彼女は最強なのだ。


「―――音子、ちょっと頼んだ。ボクはあのデカいのをやるから」


 パイプイス攻撃の後遺症なんか微塵も感じさせずに(さっきのは演技なんだろうな)、よっこらせっと立ちあがった御子内さんはリングに戻っていく。

 南部鉄でできた茶釜の怪物と戦うために。



 

 


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