第133話「四国の英雄・タヌキ」
僕たちは実況席のあるテーブルの下に避難していた。
逃げ出そうにもタヌキたちで足の踏み場のない会場内は、とてもごちゃごちゃしていてどうにも成功しそうにないからだ。
だったら、我慢して襲撃して来たハクビシン一党の動きを見極めた方がいいと判断した。
ぶっちゃけた話、テロリストに襲われたらどう対処すればいいかの問題でもある。
ところで、僕も意外と妄想癖があって、学校の授業中にテロリストがやってきて、自分が大活躍するというシチュエーションはよく考えていた。
相手は十人前後の統率のとれた集団。
サブ・マシンガンと手榴弾で武装し、侵入する前から各要所にプラスチック爆弾を仕掛けて、クラスの全員を人質にとられてしまう。
僕はというと、珍しく遅刻してしまったせいで、人質にはされなかったが、ただ一人でテロの陰謀と戦わなければならないのだ。
くー、燃える。
もちろん、人質には学校一の美少女がいたりして、その子のために大活躍だ。
ロマンスもバッチリだね。
まあ、現実というものはそう都合よく進むものでもなく、僕は全身包帯巻きの外国人の大男と肩を寄せ合って、ケダモノのテロリストの恐怖に震えているんだけど……。
「てん、無茶だ!!」
グリフィンさんの叫びはハクビシンと向き合った熊埜御堂さんには届かず、次の瞬間には、彼女は白色の怪光線を身に受けて昏倒してしまう。
まともに戦えば、先日まで見習いではあったとはいえ彼女が手も足も出ずに負けるなんてことはありえない。
熊埜御堂さんの敗因は、タヌキたちの避難誘導をしていたこぶしさんが言った一言のせいだろう。
つまり、タヌキ族と違い、退魔巫女はまだハクビシンと事を構えてはいけない段階なのだろう。
政治的な意味なのか、霊的な意味なのかはさておき。
だから、十分な戦闘力を有するはずのこぶしさんが迎撃に出なかったのだ。
同じことは、〈社務所〉に属する退魔巫女の御子内さんたちにいえる。
要するにハクビシンがどんなに暴虐を働こうが、僕たちは何もできないということだった。
立ち向かうことができる権利を有するのは、すでに喧嘩を始めているタヌキ族だけなのである。
ハクビシンの怪光線を受けた熊埜御堂さんを救い出そうと、僕は隣のグリフィンさんと目でサインを送り合う。
彼も同じ気持ちであったらしい。
一度だけの合図で通じた。
頷きと同時に飛び出した。
倒れた熊埜御堂さんの向こうにはハクビシンが群れを成していて危険ではあるが、実際に倒れた彼女を放っておくことなんてできない。
危険を承知で突っ込むしかないのだ。
『―――おんしら、いい加減にしときな、コラ』
だが、その前にハクビシンたちと熊埜御堂さんの間に小兵のタヌキが一匹立ち塞がった。
狭いところを移動しにくそうなぐらいに肩幅が広く、分厚い胸板を持っていることから、他とは印象が違う。
しかも、和風の着流し姿で、肩をはだけて懐手にしたいなせな格好をしていた。
腰の帯には古くてボロボロの和傘を指していた。
何やら液体の入った瓢の口につけつつ、そのタヌキはハクビシンに啖呵を切った。
『おんしら、許さんぜよ……』
そのタヌキへ目掛けて、ハクビシンたちの持つ道具の筒先が向けられる。
最初は訳が分からない攻撃としか見えなかったが、冷静になってみると一目瞭然な武器であった。
ハクビシンが背中に担いでいる四角い箱の脇によく見るとレバーのようなものがついていて、後方に回った一匹が回転させると、一瞬だけ輝き、繋がっているチューブを伝わって光源が移り、そして筒によって照準が定められて発射されるというシステムのようだ。
発射された怪光線の見た目からして、エネルギーはおそらく電気。
制御しづらい生の電気を放出するために、あんな稲妻のような白い怪光線めいた輝きに見えるのだろう。
棒状となった電気に命中した無機物は弾け飛び、有機物―――つまりタヌキと熊埜御堂さんは感電して動けなくなった。
命中せずに掠っただけでも感電して麻痺してしまうという恐ろしい武器であった。
しかも、射線がわからない。
筒先から良ければいいというものではない恐ろしい武器であった。
それなのに、熊埜御堂さんを庇った小兵のタヌキは動じない。
稲光が煌めいたと見えたと同時に、タヌキが和傘を開いて陰に隠れると、稲妻はすべて跳ね返され、周囲の椅子などを無作為に吹き飛ばす。
焦げた煙は発していたが、和傘が壊れることはなく、完全に被害を免れているようであった。
『わやにすな!!』
タヌキが叫んで左前肢を振ると、そこから放たれたビー玉らしいガラス製の品がハクビシンたち目掛けて飛んでいく。
『ぐぴゃあ!!』
何匹かがまともに命中したのか、悲鳴と共に床に二匹が倒れた。
見た目の麗しさと比べものにならない威力を有しているようである。
しかし、わやにすなってどういう意味だ?
タヌキ語かな?
でも、聞き覚えがあるようなないような……
『―――バカにするな、という意味じゃな』
ぎょっとして振り向く。
いつの間にか、僕らの背後にまたも巨大なタヌキが座っていた。
お祭りの法被のような服をひもで縛っていて、前肢には竹刀のような煙管を握り、紫煙を燻らせている。
大きなくりっとした瞳とザクザクした剛毛、耳まで裂けた赤い口はまさにタヌキそのものなのだが、明らかに表情には人間と似たものがあった。
ぶは。
僕たちの顔面に煙管から産みだされた煙が吹き付けられた。
思わず咳込んでしまう。
「な、なにをするんですか!」
「何をする!!」
僕らの戸惑いを無視して、この巨大なタヌキは無言で顎をしゃくって、前を見ろと傲然と告げた。
なんとなく逆らえないものを感じて、僕らは前を向いた。
タヌキに命令させて従うというのはちょっとだけ心外ではあったが。
開いたままの和傘の柄を背負い、着流しのタヌキは懐から何やら取り出していた。
シュルルルル シュルルルル
と、タヌキの前肢の中から何度も上下する物体が見えた。
なんだろう、あれは。
僕の記憶ではああいう動きをするものは一つしか記憶にないんだけど……。
「なんだ、あれは?」
「―――もしかして……」
『フォフォフォ、あれを使うのかよ、金長狸め。さすがは四国で最強のオスだ』
あの着流しが、金長タヌキなのか。
本来〈五尾〉の中堅として熊埜御堂さんと戦う予定だった相手だ。
四国で最強ということは、あの訛りのある方言は―――土佐弁か?
以前、大河ドラマで聞いた覚えがあるのも当然だろう。
坂本龍馬で有名な高知の方言だ。
「でも、どうして?」
『見ておるが良い、人間め。やつこそ、ワシらタヌキの英雄・金長の血を引くタヌキなのじゃ』
この巨漢のタヌキにとっては何よりも誇らしい同胞なのだろう。
彼を語る言葉に重みと喜びがある。
『たかがハクビシンなど、やつがいれば心配はいらぬ』
それほどの高い評価を受けるタヌキの実力に興味をそそられた。
ビー玉で二匹ほど倒したとはいえ、ハクビシンの数はまだまだ多く、そして電気を発する飛び道具を装備している。
たった一匹で何ができるのか。
『ちったぁ抵抗せえや!!』
今度のターンは金長狸から仕掛けていくことになりそうであった。
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