第134話「タヌキVSハクビシン」
別名、
天保年間に、小松島の日開野において、茂右衛門という男が大和屋という染物屋を営んでいた。
茂右衛門が街道を歩いていると、近所の者に虐められているタヌキを見つけ、義侠心から思わず助けに入ってしまう。
それからしばらくして、大和屋の扱う仕事が異常なほどに増え始め、またたくまに大店といってほどに繁盛する。
主人の茂右衛門でさえ首をひねっていると、店に務める万吉というが実はタヌキであり、
かつて助けてもらったお礼にと、万吉=金長は、大和屋の客の病気を治したり、占いをしたりと大活躍していたのである。
正体を知ったのちも、茂右衛門は万吉=金長を店に置くことを許した。
金長は茂右衛門への恩がまたできたといって、甲斐甲斐しく働き続けたが、しばらくして、まだタヌキとしての位を持たないことから、津田にいるタヌキの総大将である
茂右衛門は金長を快く送り出した。
六右衛門の指導の下、金長は修行で抜群の成績を収め、念願のタヌキ世界における正一位を得る寸前まで至ったが、彼としてはそろそろ主人である茂右衛門のところに帰りたくなっていた。
だが、六右衛門は才能のある金長を手放すことを惜しみ、娘の婿養子として手元に留めようとする。
しかし金長は主人である茂右衛門への義理に加え、やはり畜生であり残虐な性格の持ち主の六右衛門を嫌っていたので、これを拒んでしまう。
拒否されたことに腹を立てた六右衛門は、金長が将来的に自分の敵になる前に始末してしまおうと考え、舎弟たちとともに金長に不意打ちした。
襲われた金長は、ともに日開野から来ていたタヌキである「藤ノ木寺の鷹」とともに抵抗したが、仲間の鷹は戦死し、金長のみがなんとか日開野へ逃れることに成功する。
日開野において金長は、鷹の仇討ちのため同志を募集し、六右衛門たちに匹敵するタヌキを揃えると再度戦いを挑んだ。
この戦いのために、六右衛門へ攻め込む金長の軍が鎮守の森に勢揃いすると、人々が日暮れに森へ見物に押しかけたところ、夜ふけになると何かがひしめき合う音が響き、翌朝には無数のタヌキの足跡が残されていたという。
この戦いでは金長の軍が勝利して、六右衛門は金長自身によって食い殺される。
しかし、金長も戦いで深手を負い、まもなく命を落としてしまう結果になった。
彼の死を知った主人である茂右衛門は、正一位を得る前に命を落とし、自分のところへ戻ろうとした金長を憐み、自ら京都の吉田神祇管領所へ出向くと、正一位を授かって大和屋の蔵の一つに保管されているという。
……これがあとで僕が知った、金長狸のご先祖様の有名な
今、テロリストのごとく筒先から怪光線じみた電気の奔流を発し、後楽園ホールで暴れ回るハクビシンたちと、戦うことができずに背中を見せて逃げ惑う同胞、そして昏倒した熊埜御堂さんの間に立ち塞がったのは、この阿波狸合戦の時に戦死した金長の孫にあたるらしい。
要するに、三代目金長なのである。
まだ逃げ遅れていたタヌキを庇うように、じりじりと金長狸はベタ足で動いた。
ハクビシンたちも、すでに徒に暴れることを止めていた。
なぜなら、彼らの前にでてきた異常なまでの風格を持つタヌキに気圧されたからである。
左前肢に和傘を背負った着流しのタヌキは、泰然自若とした雰囲気のまま、ハクビシンたちの奇怪な道具の前に身を晒しているのだ。
並大抵の度胸ではないし、さきほどのビー玉を投げて二匹を仕留めた技量にも凄まじいものがあった。
よそ見をしながら勝てる相手ではないと踏んだのだろう。
『そろそろいくぜよ!』
金長狸は着物の肩肌を脱いで右肩を晒すと、前肢に持った武器を敵目掛けて投げつけた。
野球の硬球ぐらいの大きさの金属の武器は一匹のハクビシンの眉間に命中し、ただの一撃でそいつを気絶させた。
仲間の仇を討たんと、残りのハクビシンたちが怪光線を発する。
剥き出しの電気であるため、命中精度が悪いことはすでにわかっているが、放出される電流のために近くに当たっただけで感電を余儀なくされるという厄介な武器だ。
完全に避けるためには、かなりの余裕が必要となる。
だが、金長狸は開いた和傘の影に隠れるだけでやりすごす。
傘が避雷針の役割を果たしているのか、それとも摩訶不思議な力を持っているのかはわからないが、何発も命中したとしてもびくともしない。
埒が明かないと見たのか、金長狸は宙に跳びあがった。
信じられないほどの跳躍力を用いて、天井スレスレ、リングを照らす照明器具あたりまで行くと、今度は和傘を落下傘のようにしてブレーキをかけながら降りてくる。
まるでメリー・ポピンズだ。
もっとも、タヌキなので股間の大きい玉がぶらぶらしていてちょっと噴飯ものではある。
金長狸が音もなく落下したのは、ハクビシンたちの陣のど真ん中。
鮮やかな奇襲攻撃である。
右前肢を振るうと、先ほどの武器が円を描いて、ハクビシンたちを薙ぎ倒した。
いつの間にか彼の手中に戻っていたのだ。
いや、戻ってきて当然だろう。
なんといっても、あの武器には紐がついていて、持ち主の手から離れても回転する度に帰ってくる原理を有するのだから。
しかも、本体の方は硬すぎる金属製。
ぶつかったら鈍器にやられたのに等しいダメージを喰らってしまう。
もっとも、僕の知るそれ自体は普通なら紐の長さは一メートル前後だけど、金長狸のものは二十メートルぐらいあるだろうし、それを自在に操れるのは妖怪の秘儀だと思うけどね。
武器として使うのは人間では難しすぎるからだけど、妖怪である妖狸族にとっては問題ではないのかも。
「Oh……あれはヨーヨーではないか!?」
「あれ、グリフィンさんもわかるの?」
「何を言っているんだ!? ヨーヨーは古代ギリシアで発明されて、我が祖国にも伝わってきた由緒ただしいおもちゃだよ! それをこんな極東の島国の動物が使うなんて……ファンタスティックだ!」
へー、そうなんだ。
僕は金長狸が武器として使っているヨーヨーにそんな機嫌があるとは知らなかった。
ヨーヨーとは二つの円盤を短軸で連ね、
遊ぶ際は紐の一端に輪を作り、そこに指を通して円盤の部分を上下させて使う。
紐の先端は円盤の間の軸に固定されていて、軸に紐を巻き付けてから、ヨーヨーを下に落とせば、紐がほぐれて、ヨーヨーは回転しながら落ちる。
紐が伸びきるまで落ちると、ヨーヨーは慣性で回転を続けようとするため、今度は反対向きにひもを巻き込んでよじ登ってきて、持ち主の手中に収まる。
これが簡単な仕組みだ。
だが、金長狸が使うと危険すぎる射程距離を有する武器に変わる。
それを自分たちの身体で体験したのはハクビシンたちだった。
仲間がいるために電気の怪光線を放てず、仕方なく噛みつこうとするが、狭い中で振り回される金属のヨーヨーの打撃を受けて倒れていく。
紐がついているとは思えない自由自在な操作ぶりだった。
ヨーヨーというよりも、ヌンチャク?
そんな感じだ。
ほとんどあっという間に、五匹のハクビシンがやられて床に倒れていく。
強い。
それが僕の感想だった。
御子内さんたち退魔巫女とは完全スタイルが違うし、夢魔の世界での戦いのように見えるけれど、その圧倒的な戦闘能力はわかる。
争っている二種類の動物同士のものというよりも、バケモノたちが血で血を洗う戦いを繰り広げているだけなのに。
この段階になって、僕は初めて〈五尾〉と呼ばれるタヌキたちの恐ろしさを実感した。
『キシャアアアアア!!』
ハクビシンたちは散開した。
このままではやられると見たのだろう。
しかし、もう遅い。
あと四匹しか残っていない。
そのうちの一匹は音もたてずに追跡した金長狸の後ろ肢に蹴られて悶絶した。
あまりにも素早いヤクザキックだった。
残りの三匹は一か所に集まった。
数で勝負する気かと思ったが、それは間違いだった。
ハクビシンたちは奇妙な行動を取る。
自分たちの前肢に持つ武器の筒先を合わせ始めたのだ。
「何をする気だ?」
「さあ……」
僕にもわからなかった。
だが、その揃えた三つの先端から発せられた電気の怪光線が絡まり合い、河の奔流から怒涛にまで爆発的にアップしたことでその意図が理解できた。
ハクビシンたちは一本の怪光線だけでは和傘ではじき返されてしまうことを悟り、三本をかけ合わせることで破壊力を増すことを決めたのだ。
それは同時に諸刃の刃でもある。
ただでさえ
バババババ
と、観客席を薙ぎ倒す勢いで、三条が一条となった電気の怪光線が後楽園ホールを蹂躙していく。
あまりに制御できないせいか、今度も和傘に隠れた金長狸が動けない有様であった。
そのうちに一回だけ、隠れている僕らの元に来たが、
『どおれ!!』
のっそりと動いた後ろのタヌキさんが弾き飛ばしてくれて、運よく助かった。
「すいません!!」
「なーに、気にするな。ワシの身を守るついでじゃ」
荒れ狂う雷の被害が最高潮に達しようとした時、ようやく金長狸が動いた。
和傘をまるで
『おおおお! ちゃちゃちゃちゃーーー!!』
土地弁丸出しの金長狸が突っ込んだ。
近づいたらさすがに照準も合わせやすい。
三条の電気が和傘を吹き飛ばした。
防御するものがなくなった金長狸を電撃の奔流が襲う。
しかし、その瞬間、
ぽい
金長狸は武器のヨーヨーを投げ捨てた。
何故か、彼ではなくヨーヨー目掛けて怪光線が流れる。
避雷針代わりなのか?
僕がそう考えたときには、金長狸の飛び出たお腹ごとのボディプレスが二匹のハクビシンたちを押しつぶしていた。
最後の一匹はおおきなキンタマの一つの餌食となっている。
再び、金長狸が立ち上がった時、彼同様に戦闘続行なハクビシンは一匹も存在してはいなかった。
右肢をたててガッツポーズをする金長狸を、戦いを見つめていたタヌキたちが喝采をもって讃えたのは言うまでもないことである……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます