ー第19試合 東京狸合戦・後編ー
第132話「稲妻テロリスト」
突如、後楽園ホールへと乱入して来たのは、小柄で、顔の部分に白い筋の入った毛を持つケダモノ―――ハクビシンの群れだった。
前肢には筒状の道具を持ち、その末端からはチューブのようなものがついていて、背負っている四角い金属製の箱に繋がっている。
その筒の先から、白く発光する雷に類似した怪光線をだして、ホールに集まったタヌキたちを攻撃していた。
怪光線の直撃を受けたタヌキはビクビクと震え、目を剥いたまま気絶していく。
しかも全身からは煙のように焦げた黒い煙を発しながら。
強い電気を身体に流されたような状態なのだろう。
ハクビシンたちは全部で十匹前後。
統率のとれた動きで、筒の先端をタヌキたちに向けつつ、ホールを前後左右に動いて逃げ惑うタヌキたちを襲っている。
タヌキたちは突然の強襲であったということもあり、ほとんど抵抗もできずに狩り立てられ、雷の犠牲となっていく。
ほとんどパニック状態になっていた。
そのため、退魔巫女と〈五尾〉たちの控室へと続く二つの入り口もどん詰まり、彼女たちもすぐに出てくるわけにはいかなかった。
ハクビシンの部隊によってメインの出入り口が封鎖されている以上、非常口という手もあったが、そちらは鍵がかかっていて開かない。
先鋒と次鋒の戦いの最中に、ハクビシンの工作員が塞いだ結果だった。
これは、自分たちと対立するタヌキ族を恐怖のどん底に叩き落そうとするハクビシン族のテロ行為であったのだ。
雷の怪光線を浴びて、次々と倒れていくタヌキたち。
どれだけの犠牲がでるかわからないという混沌の状況をとめるために動いたのは、リングの上にいて、唯一自由に立ち回れた熊埜御堂てんであった。
てんはリングから飛び降りると、そのままハクビシンのところにまで奪取した。
その途中で、升麻京一とロバート・グリフィンの座っていた実況席からマイクを掠め取る。
いざとなったら、彼女の得意の〈言霊使い〉をするつもりだった。
「もうやめるですよー!」
万事のんびり気味の彼女にしては、随分と厳しい意志をこめた制止であった。
背中から雷に撃たれて悶絶している哀れなタヌキたちの屍(まだ死んでいないが)を見て、さすがの彼女もハクビシンたちのやっているテロに対する憎しみが湧いていたのである。
さっきまでの楽しいイベントがこれでオジャンだ。
次の試合での出番を楽しみにしていたてんにとっては、こんなものは許せるものではない。
ハクビシンの狙いはそこにあるのだろうが、そんなことは彼女には関係ない。
このうっとおしいケダモノたちを残らず排除してやると、すでに内心で決定していた。
「これ以上の乱暴狼藉は、このてんちゃんが許さない!」
てんは、実況用のマイクを握った。
彼女のマイク・パフォーマンスを装った〈言霊使い〉は、たとえ相手が妖怪であろうとしても通用する。
これでならば多数の相手を洗脳状態に陥とせるからだ。
だが、彼女がマイクを口に当てた瞬間、
「だめよ、てんちゃん! ハクビシン族と〈社務所〉はまだ協定も宣戦布告もしていないの! ここで戦っちゃ駄目よ!」
タヌキたちの避難誘導をしていたこぶしが、てんの動きに気づいて叫んだ。
ただの妖怪と違って、動物系の妖怪たちは種族として存在し、中には人の守護を勤める〈社務所〉と協定を結んでいる。
今回の妖狸族との関係がよい例と言えるだろう。
人と共生を望む種族とは、不可侵協定を結んだり、場合によっては条約を締結したりして、秩序の安定を図るのである。
ハクビシン族は外来種ではあるが、江戸時代末期には日本に流れ着いており、妖怪となった現在においては一定数を確保している。
そのため、〈社務所〉としてはハクビシンと事を構えるのはまだ時期尚早と考えていて、タヌキたちとは別に接触を計っていたのだ。
ゆえに、こぶしはてんに自重を命じた。
ハクビシンとはまだことを構えるな、と。
「そんなのないですよー!!」
もし、彼女が〈言霊使い〉を使ったら、その時点で〈社務所〉の退魔巫女が手を出したものとみなされるかもしれない。
そうなったら、ハクビシン族はタヌキに続いて、人間たちにも危害を加えるという正当性を主張するおそれがある。
そうなった場合、全面戦争だ。
さすがにそれは避けたい。
一瞬のためらいが、ハクビシンが筒先を向けてはなった怪光線からの回避を遅らせた。
手にしていたマイクに当たり、爆発する。
生物を気絶させるだけの威力を持つ稲妻なのだ。
金属部品を多数使用しているマイクを破壊するなど容易なことだったのだろう。
「うわっ、熱いです!!」
爆発したことによる破片が肌に当たり、てんはよろめいた。
再び、彼女目掛けてハクビシンの怪光線が放たれる。
今度は左に飛んで避けられたが、続く追撃からは逃れられない。
「しまった……!!」
全身に渡る衝撃的な痛みと、眼の奥がチカチカする。
典型的な感電の症状だった。
意識はあるが、舌先まで震えてしまい、何も口に出せなくなった。
瘧にでもかかったかのように痙攣が止まらない。
タヌキたちを仕留めた電気の力が、今度はてんを動けなくさせたのである。
まずい。
てんは内心で舌打ちをする。
ハクビシンたちを止めるには、退魔巫女の先輩達の力が必要なのだが、彼女たちは現在、こちらにやってこられそうもない。
このままでは、罪のない観客のタヌキたちが無残なテロの標的のまま傷ついてしまう。
だが、もうわたしは動けそうにない。
(くそっ、くそっ、くそっ!!)
てんは必死に四肢に力を込めた。
(立てよ、あたし! 戦うぞ、あたし! てんちゃんは退魔巫女なんだぞ! 退魔巫女が罪のないものを守らずどうするっていうんだ! 立って、戦え、てんちゃん!!)
これ以上の被害を出させるわけにはいかないんだ!
だが、彼女は立ち上がることも指一本動かすこともできなかった。
雷をだす道具をもったまま、ハクビシンたちは残ったタヌキたちを片づけんと蠢動しはじめる。
このままでは……
てんが歯噛みせんばかりに自分を呪ったとき、
『―――おんしら、いい加減にしときな、コラ』
彼女を庇うかのように立ち塞がる影があった。
タヌキだった。
体格はそれほど大きくはない。
レイ、藍色が戦ったものたちに比べれば小兵といえた。
しかし、サイズと比較しても肩幅が広く、分厚い胸板を持っていることはわかる。
タヌキは前肢に持った瓢から、何かを飲み干して言った。
『おんしゃあら、さっさといね。ほいたら、許しちゃるぜよ。このべこのかあもんが!!』
訛りがきつすぎて、正確には聞き取れなかったが、てんにはその意味だけはわかった。
このタヌキは動けない彼女助けようとしているのだ、と。
『おおおお、金長狸だ!』
『正一位!!』
『待ってました、金長の旦那!!』
逃げ遅れて蹲っていたたタヌキたちまでが、このタヌキの存在に気づいて喝采を送り始めた。
この肩幅が矢鱈とあるだけが特徴の小兵のタヌキを、同胞たちはまるで救世主のように見つめていた。
叫んでいた。
てんは、こいつがあたしの対戦相手だったっけ、と思い出していた。
金長狸。
四国に生きるタヌキどころか、全国のタヌキの英雄。
日本三大狸といえば、絶対にその名前が挙げられるであろう伝説のタヌキが無法な闖入者に立ちはだかる。
だが、彼の忠告にも関わらず去ろうとはしないハクビシン一党を怒りに満ちた双眸で見据え、さらに無残にやられた仲間たちを痛ましげに見つめた。
金長狸は鷹揚で懐の深いオスではあったが、
『おんしら、許さんぜよ……』
と、啖呵を切ったのであった。
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