第126話「妖狸族の〈五尾〉たち」
五対五の戦いは、剣道や柔道のものと同じやり方だが、勝ち抜き戦という訳ではないらしい。
それぞれの代表者が一対一でやりあい、先に三勝した方が勝利というルールである。
つまり早ければ三人目で決着がつくということなのだ。
だから、この手の戦いで最も大切なのは、初戦に登場する先鋒である。
そして、退魔巫女側の先鋒としてリング上に姿を見せたのは、
〈神腕〉明王殿レイ、であった。
すらりとした八頭身のモデル系のスタイル、腰まである艶のある黒く長い髪をした高身長の美女。
肩のあたりで袖部がばっさりと切断されたタンクトップのような白衣と、胴体に巻かれたタスキ、膝あたりで剣道のもののように二股になっている緋袴に地下足袋、紫のニッカズボン。
いつみても、巫女よりは大工に近い改造巫女装束が特徴的すぎる。
見た目の素っ頓狂さはアレだけど、単純な打撃力だけをとってみればおそらく五人の中でも最強なのは彼女だろう。
御子内さんの渾身の蹴りや藍色さんの必殺パンチでさえ、きっとレイさんの〈神腕〉による無造作な一撃の方が上回るはずだ。
彼女の家系が伝える〈神腕〉とはそれほどの神通力を秘めているのである。
先鋒に確実な勝利を期待するのならば、ファーストチョイスとしては彼女か御子内さんしかいないだろうね。
例えば、慎重な戦いを―――引き分け狙いでもいい―――望むならば、そこはテクニシャンの藍色さんか音子さんを選ぶけど、相手側の勢いを完全に殺し、戦いを優位に進めるためならば僕だってこの二人のどちらかを選ぶ。
一方、タヌキ側の戦士は、でっぷりとした太鼓腹を持った巨躯の大狸であった。
腹のあたりに大きな腹巻きをしている。
彼がのっそりとマットに上がると、
『八ッ山!』
『八ッ山!』
『八ッ山!』
と観客の同族たちから割れんばかりの声がかかる。
かなりの人気者のようだ。
黒い針のような剛毛と鋭い眼差しを持つ、いかにも強者という様相で、唇が傷で捻じれているだけでなく、全身にもはっきりとわかる古傷だらけだ。
かつて見たことのある〈うわん〉あたりよりも小さいが、巨躯といっても過言ではなく、レイさんよりも頭ふたつばかり大きい。
向き合うとそれがよくわかる。
二メートルは優に越えているだろう。
「―――いくぜ、へっぽこタヌキ野郎」
『シュ、ポー』
レイさんの挑発に対して、八ッ山の狸は言葉にならない返事をした。
喋れない、訳ではないはず。
なんといっても僕らのいる実況席の後ろにいるタヌキたちでさえ、さっきから「賭けのオッズがどうのう」「椅子が堅い」などのグチを漏らし続けているのだから、化けタヌキたちが人語を解さないはずがないのだ。
では、あの意味不明の返事はなんだろう。
「こぶしさん、あの八ッ山という狸の素性をご存知なのですか?」
「いえ、私も知らないわ。ただし、八ッ山っていうと品川区の御殿山のあたりの地名のことよね。あそこら辺は大日山という丘陵の先が八つに分かれて出州になっているから、そう呼ばれているの」
「知りませんでした」
「まあ、品川にまだ海が近かったころの話らしいから、私たちの世代が知らなくても当然なんだけど……。でも、聞き覚えがあるようなないような…」
あてにならない解説だ。
こぶしさんが思い出してくれるかどうかはわからないけど、あの八ッ山はもしかしてタヌキ業界では相当の有名人なのかもしれない。
周りの反応からしてもね。
レイさん、大丈夫かな。
ここで不気味なのは、タヌキ側の〈五尾〉という代表は、御子内さんたちのことを知っていながら送り出された連中だということである。
つまり、必勝の自信がある選考基準によるものなのだ。
間違っても雑魚ではありえない。
カアアアアアン!
ついに戦いのゴングが鳴った!
両者、まったく動こうとせずにどんと重心を下げて構えている。
レイさんは彼女の唯一ともいえる
いや、相撲の立会いか。
八ッ山は前かがみになって、きっと顔を上げた。
「狸相撲の力士あがりのようですね」
「なんですか、その狸相撲って?」
「日本全国にいるタヌキたちが基本的に習得している彼ら独特の戦い方です。それに、
なるほど、
〈河童〉の相撲好きとかも知られているしね。
じゃあ、あのどっしりとした構えはぶちかましの準備か。
「しかし、ただの突進程度では〈神腕〉をもつレイさんならば、簡単に弾き飛ばしてしまうと思います」
「確かにその通りです。正直にいって正面からあのレイちゃんとやりあえるとはわかりませんが……」
「なんだ、あのヤンキー巫女はそんなにつよいのかい?」
「ええ、単純なパワーなら……」
僕が言い終わる前に、ついに焦れたのか八ッ山が前に出た。
額から勢いよく飛び込んでいく。
レイさんが二歩だけ円を描いた。
少しずれただけで照準がずれて、八ッ山のぶちかましは外れ、脇から二回連続でレイさんの掌が回転しながらタヌキを叩き落す。
見た目の体重差を覆すような打撃力が発揮されて、八ッ山が両ひざをついた。
そのケモノの顔に愕然とした表情が浮かんだ。
動物が感情を顔に出すことはあまりない。
人間のように表情でコミュニケーションをとるというという文化がないのが普通だからだ。
しかし、妖怪もしくはそれに性質的に近づいた動物は明らかにわかる人に近い表情を浮かべる。
特に人語を解す化け物たちは、ほとんど僕たちと一緒のレベルの意思疎通もできるようになるのだ。
この妖狸族たちも同様だった。
だから、全力のぶちかましをただの二撃で撃墜されたことが信じられないのだということが、手に取るようにわかる。
人間と同じだ。
体格差のあるレイさんを舐めきっていたのだ。
だから、あんな顔をする。
舐めきっていたものに想像もしていない目に合わせられた結果、あんな顔をしているのだ。
そして、人間と同じならば次に湧き上がる感情は……
『ゴオオオオオ!!』
激怒しての咆哮だ。
これは人でも妖怪でも変わらない。
力に溺れて、弱者を舐めきってきたものが、したたかに安いプライドを傷つけられ、怒りを顕わにしているのだ。
「おい、ヘッポコ。―――マジでやれよ」
レイさんが睨みつけた。
タヌキの吼え声などまったく気にも留めていない。
最大の武器である〈神腕〉だけでなく、積み重ねてきた戦闘経験が、彼女に大きな自信を与えているようだった。
退魔巫女の修行中も、妖怪たちとの激闘も、御子内さんとの死闘も、レイさんにとってはただの記憶ではない。
大切な経験値なのだ。
たかが、でかいタヌキにビビらされるはずがない。
「おまえ、八ッ山の名のあるタヌキなんだろ。だったら、手口はわかっているぜ。―――だせよ、〈偽汽車〉を」
レイさんは明らかに八ッ山のタヌキの素性を知っているようなことを口にした。
こぶしさんが思い出せないことを、彼女は完全に知っているのだ。
「―――あら、レイちゃんたらさすがねえ」
「何がさすがなんですか?」
「あの子たちの同期の中では、レイちゃんが一番座学の成績がいいのよ」
「え、マジですか?」
「ほら、レイちゃんってたいして修業しなくても強いでしょ。他の子たちと違って、その分の時間ぼっちだったから図書室で勉強ばかりしていたのよ。だから、座学は一番。ある時期は図書室の主として、室長までやっていたぐらいだから」
「へえ、そうなんですか……」
一人でやることもないから勉強してたのか。
しかもたぶん、普通の学校社会でいうところの図書委員長とかをしていたのだろう。
レディースかヤンキーみたいな見た目なのに……。
「だが、明王殿の発言の真意がわからないな。不知火、解説」
「……えっと〈偽汽車〉で思い出しました。なるほど、八ッ山のタヌキと言ったら、『レールを枕に討ち死に』していった名のある古狸のことでしたね。なら、使う幻法はアレでしょう」
こぶしさんの言うアレの正体はすぐに判明した。
『キー、シュシュ、ポー!!!!』
と八ッ山が叫ぶと、黒い大きな鉄の塊に変化していく。
丸い顔と長い煙突を持ち、それらを支える動輪が連なった鉄の悍馬の姿に。
煙突からシューと黒い煙が噴きあがる。
同時に鳴る汽笛の音。
それはまさしく
有名なD51よりもさらに遡るそれは、轟音を立てて走り回る鉄の化け物そのもので、当時の人間のみならずタヌキたちにも名状し難き異形にみえたであろう。
そして、ほんの数秒の間にリング上の大タヌキは、彼よりも遥かに巨大な蒸気機関車へと変幻していた……。
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