第123話「今どきの怪異」



「―――結局、あの現象はなんだったの? 御子内さんは〈迷い家〉って呼んでいたけど……」


 一週間後、別の用件で御子内さんに会ったとき、僕はこのときのことを訊ねてみた。

 御子内さんが火炎放射器を持った怪人を倒したあと、突然、建物そのものがまるで幻のように消えてなくなり、あれだけ降り続けていた雨でさえ止んでしまうという不可思議なことが起きた。

 僕たちを閉じ込めていた〈河童〉もおらず、〈一つ目小僧〉などただ一人にしか目撃されないという曖昧さだ。

 しかも、なんと地面に触ってみても、泥どころか湿り気すらないという異常事態だった。

 僕たちは狐につままれたような面持ちで、今度こそ何事もなく下山することができた。

 奥多摩駅まで御子内さんという最強の退魔巫女が護衛してくれたこともあるだろうが、それ以上に自分たちの体験したことが事実だったのか、白昼夢であったのか、誰にも確信できないのが複雑の心境になった原因だろう。

 あそこにいた誰もが怪異を目撃し、誰もが触れ、誰もが恐怖を感じたというのに、実感が欠片もないのだから。

 実のところ、僕でさえあれが夢幻の類いではなかったかと疑ってしまうほどに。


「ただの〈迷い家〉現象ではないと思うけど、ボクにも今一つわからない。ただ、実際にあそこら一帯について提示された謎に惹きつけられて行方不明になった人間は少なくない数がいるみたいだよ」

「えっ、ホントなの?」

「正確な数はわからない。普通の登山のための険しい山と違い、奥多摩のあんなハイキングコースに入山届けをだす人はいないからね。実際、家族や友人に内緒で、ぶ、ぶろぐなんかのネタ集めのために入って戻ってきていない人が確認とれたぐらいだし」


 御子内さんは下山すると、すぐ所属する〈社務所〉に連絡を取り、そこの調査員の禰宜さんたちが行政と協力して調べたらしい。

 すると、僕たちが遭遇したのと同じ怪異の発生が確認され、しばらくあの一帯は入山禁止ということになった。

 もう少ししてから、さらなる妖事の専門家が集まって大々的な解決のための儀式が執り行われるそうだ。

 でも、それでも根本的な解決に結びつくかどうかはわからない。

 それだけ範囲が広く謎の多い怪異なのだ。

 ただの妖怪退治とは訳が違うみたい。


「……おそらく、根っこの原因はあの地の底の龍脈の乱れだとは思う。そうでなければ、遠野でもないのにあんな大規模な怪異は起きないだろうさ」


 龍脈というパワースポットについては前に御子内さんが語っていたし、それがあるからこそ、調査に行こうと彼女は提案したのだろう。

 そして、実際に怪異は起きた。

 予想以上の規模でもって。

 さすがの御子内さんが尻尾を巻いて逃げ帰るのが一番だと判断してしまうぐらいの。


「じゃあ、どうするの?」

「とりあえず、あの龍脈を管理している一族と接触をする。何家族かあるみたいだから、そこが龍脈の乱れを抑える術を持っているかもしれないからね。あとは、儀式や呪法を使って龍脈を抑えることかな」

「そんなことができるの?」

「修業した風水師ならね。日本にも大陸伝来の風水師がけっこうな数いて、今でも仕事をこなしている。彼らなら、なんとかできるかもしれない」


 ただ、そうなると物理的な戦いが基本の退魔巫女たちの出番はない。

 ついでに助手の僕のもね。

 結局、僕らは蚊帳の外ということだ。


「でもさ、謎や噂をばらまいて、好奇心につられてやってきた人たちを襲う現象なんて、洒落にならないね」

「……同じ構図は今はどこにでもあるよ」

「そうなの?」

「いや、かつてよりも増えたんじゃないかな。い、いんたーねっとの発達によって、簡単に情報が手に入れられるようになり、逆に情報をあげられるようにもなった。でも、その情報は本当に人間が流したものなのかな?」

「……どういうこと」

「つまり、パソコンやスマホの奥にいるのは、疑いなく本当の人間なのかどうかはわからないってことさ。例えば、悪霊や妖怪がネットに接続して人生相談をしているかもれない。海底の奥では夢見る邪神が復活までの暇つぶしに匿名掲示板にスレッドを立てているかもしれない。かつてとは違う、また新しい怪事が起きている昨今なんだから」


 御子内さんのいう例えを想像して僕は憂鬱になった。

 ルルイエの宮殿にいる邪神の王様が『働いたら負けと思っているけど、なにか?』みたいなコメントをつけて、学生の授業の退屈しのぎで炎上させられている光景はあまり愉快ではないような。

 ただし、彼女のいうこともわかる。

 いつだって、どこだって、時代が変われば新しいオカルトが産まれる。

 オカルト自体が廃れることがないのと同じで、人の世の裏に隠れた怪異もまた変質しながら潜んでいるのだろう。

 僕らは常に注意し続けなければならない。

 足元に落とし穴のない世界なんてどこにもないのだから。


「……そういえば、京一のクラスメートたちの様子はどうだい? 夢みたいな感じではあっても、トラウマになっていないかい?」


 御子内さんが不意にそんなことを聞いてきた。

 彼女はだいたいの人には優しい。

 だが、僕としては苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。


「変な顔をするね」

「え、まあ、そうかな……」

「何かあったのかい?」


 への字の困り眉をした御子内さんは、女子高生の制服と相まって憂いがあってちょっと色っぽかった。

 まあ、稀に見る美少女だし。


「―――あいつら、御子内さんのファンになったとか言い出して、僕に連絡先を教えろと言ってきたんだよ」

「ファン?」

「雨の中の〈河童〉を薙ぎ倒したり、火炎放射器の怪人を投げ飛ばしたところがカッコ良すぎたんじゃないかな。そんな感じ」

「ふーん」


 御子内さんは面白そうだった。

 基本的に楽しければそれでいいという享楽主義者でもあるのだ。


「あの、桜井や赤嶺くんがねえ……」

「……あっ」


 御子内さんは戦いを目撃されてファンになったということで、単純に考えたようだった。

 彼女がカッコイイというのならば、それは男子のあいつらだろうと誤解したのだ。

 だが、違う。

 一週間にわたり、僕を執拗に追求し、御子内さんのメアドをゲットしようとしているのは、あいつらではなく……


 チャラリン♪


「あ、メールだよ」

「くそ、電源切っておくのを忘れてた!」


 僕は慌ててスマホの画面を見た。

 いつもの面子からの着信が団子になっていた。

 そこにあるメッセージには……


『或子お姉さまに伝えて! あたしと姉妹になってって!』

『升麻くん、お願い! 助けると思って!』

『独り占めすんな、バカ!』

『京一くんもいいけど或子さんもいいよね!』

『いい加減にしないと咽喉から手を突っ込んで心臓をガタガタ言わせて引きずり出すよ!』


 などというヤクザの脅迫みたいな文言が溜まっていた。

 これを送っているのが女子ばかりなのだと考えると頭が痛くなるよ。

 若附さんを初めとした、あのときの女子は一目ぼれしたとかいって、御子内さんにくびったけになってしまっているのだ。

 あー、こわ。


「別に連絡先ぐらいはいいけど」

「ダメ。ネットの先にいるのがいい人ばかりとは限らないと教えたのは君じゃないか。素性も知れないやつに連絡先を教えたりしては絶対にいけない」

「京一のクラスメートだろうに」

「僕はあいつらを知っているから尚更ダメ」


 うちの妹もそうだが、御子内さんには妹志望者を引き寄せるフェロモンがあるに違いない。

 下手に餌を撒いて、これ以上、僕の普通のスクールライフを邪魔されてたまるものか。


「……良かったんじゃないかな。京一がぼっちから卒業できて」

「ぼっちじゃないから!」


 まったく、僕の生活はこの女の子のせいでいつも変わっていってしまうのだ。

 もう慣れたけどさ。

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