第115話「太陽はまぶしいけれど」



 夏休みの最後の週末、僕はいつものように御子内さんのための〈護摩台〉という名前のリングを設営していた。

 世田谷区あたりを流れる多摩川のほとりに現われて、子供を攫おうとする水虎という妖怪退治のためだ。

 土手を行き交う人々の痛々しい視線に耐えながら、最近慣れてきた力仕事に取り組む。

 とはいえ、この間の盲腸での入院のせいで、あまり万全ではない状態である。

 傷が開くおそれはないとはいえ、体力が落ちていたせいか、妖怪の出る夜中までに完成するかは難しい進行状況であった。


「ちょっとまずいかなあ」


 時計を見ながら、さすがに焦っていると、


「京一さーん!」


 と、聞き慣れた声がした。

 土手の上からミニスカートの退魔巫女見習いである熊埜御堂てんさんが手を振っている。

 僕のいるところまで降りてくるけど、その隣には背の高いトレンチコートと帽子の人がついてきていた。

 彼女と並ぶとどう見ても怪物くんとお供のフランケンシュタインのようである。

 いったい、誰なんだろうと訝しく思っていたら紹介された。


「退院したばかりの京一さんのために助っ人外国人を連れてきたんですよー」


 後ろにいるトレンチコートの人が頷く。

 驚いた。

 顔がわからないぐらいに白い包帯がぐるぐるに巻かれていたからだ。

 しかも、眼にはサングラスをつけている。

 トレンチコートといい、この包帯といい、夏場には不向きすぎる格好である。


「助っ人……って、暑くないんですか」

「―――大丈夫だ」


 少し外国風の訛りがある。

 助っ人外国人というのは嘘ではないらしい。


「じゃあ、お願いします。……リングの設営の経験はおありですか?」

「二度ほど」

「そうなんですか。えっと〈社務所〉の方なんでしょうか?」

「いや、〈社務所〉とは関係ない。そこの熊埜御堂てんの保護下におかれているだけだ」

「……はあ」


〈社務所〉の関係者でもなく、僕みたいな助手やバイトでもなく、保護下に置かれているというのは意味深だ。

 でも、御子内さんたちについて一々ツッコミをいれたりすることは徒労に終わることが多いので、僕は簡単に流すことにした。

 そもそも、この人―――ロバート・グリフィンさんというらしい―――は見た目からして怪しいし。

 よって、僕らは黙々と設営作業を続けることになった。

 熊埜御堂さんは、リングの傍らでアップを続ける御子内さんのスパーリングパートナーを楽しそうにやっている。


「楽しそうですね~」


 僕が二人の退魔巫女への感想を呟くと、ロバートさんがぎょっとして顔を上げた。

 さすがにトレンチコートを脱いで、スーパーマリオのような動きやすいオーバーオール姿だが、厚手のトレーナーと手袋という露出をとことん避けた格好は変わらない。

 熱中症にならないか心配になってしまう。


「……君はあの巫女たちが怖くないのか」

「怖い? 御子内さんたちが? いや、全然」

「―――もしかして、君はこの作業を強制されている訳ではなくて、自分から進んで着手しているのかね!」


 ロバートさんは妙な驚き方をした。

 どうも、話を聞いていると御子内さんというよりも、彼は退魔巫女が怖いらしい。

 まあ、普通に考えると怖い女の子たちかもしれないけどね。


「僕はバイト……というより御子内さんの助手がやりたいからやっているだけですよ」

「……なんと。まさか。マイガっ!」


 凄い驚かれようだ。


「ロバートさんはどうして、熊埜御堂さんの助手をやっているんです?」

「私は、―――こう見えても様々な勢力に狙われている立場でね。その勢力から身を守るという条件で、この仕事を斡旋されたのだ」


 ……ロバートさんは手を動かしながら、熊埜御堂さんとの出会いについて訥々と語ってきた。

 彼の話には難しい部分もあったが、だいたい理解できなくはないものだった。

 ただ、見過ごせない誤解のようなものがあったので、そこは解いておくべきだと感じ、お節介だとは思うが口を出してみることにした。


「……熊埜御堂さんが、あなたをイギリスに送り返さずに、日本に留めておくことにしたのは労働者として利用するためではありませんよ」

「いや、私はあれ以来、熊埜御堂てんの言うがままに仕事をして日々を過ごしているのだが……。彼女から逃げるということは、〈社務所〉という得体のしれない組織からも狙われることになるし、西に行けば仏凶徒なる危険団体に襲われ、東に行くと〈のっぺらぼう〉の餌食にされるようになるのでできないんだ。つまり、私はあの娘に生殺与奪の権利を握られているのだよ」

「そこが誤解なんです」


 僕は思ったことを説明した。


「熊埜御堂さんの言う通りに、あなたは彼女に保護されているんです。暗殺者としての業から、妖怪から、仏凶徒(?)から」

「そんな馬鹿な!」

「あなたは、まだあの子たちの優しいところを知らないんです。確かに、熊埜御堂さんは退魔巫女の中でも真意を掴みにくい子です。でも、彼女を含めてあの女の子たちは強いだけじゃないんです」


 御子内さん、音子さん、レイさんのことを思い出せばすぐにでてくる答えだ。


「妖怪や妖魅、悪霊に苦しめられる人々のために身体を張って戦い続ける彼女たちは、ただの戦闘狂ではありません。嫌なことがあれば傷つくし、妖怪に同情すべき点があれば慈悲の心を持つし、殴った拳の方が痛いことも知っている、ホントに優しい子達なんです」

「……」

「あなたが〈のっぺらぼう〉から助けてもらったことをまず思い出してください。そして、あなたを無理にご実家に帰して暗殺者に戻すことは、熊埜御堂さんにとってはノーだったんですよ。嫌がる人を無理強いして人殺しに戻すなんてことはできなかったんです。だから、無理にあなたを〈社務所〉の関係に回して、保護下ということにしてあなたを守ることにしたんですよ、きっと。他の組織を自分の責任で敵に回してまでもね」


 熊埜御堂さんは僕の入院の時にも助けてくれた。

 とても優しい子だということは良く知っている。

 だから、ロバートさんが彼女を誤解しているとしたら、それは両者にとって不幸なことにしかならない。


「そんなバカな……」


 僕は、まだ高い位置にある太陽を指して、


「太陽は生物が生きるためには絶対必要だけど、あんまりにも眩しいものだから直視できないでしょ」

「ああ」

「それと一緒です。あんまり眩しい人たちといると、その真意がなかなか見られなくなる。でも、太陽の温かさはいつだって変わらない。―――すぐにあなたにもわかりますよ。熊埜御堂さんは優しい子だから」


 断言する。

 きっとロバートさんにもすぐにわかるさ。

 もっとも、優しいのはさておいても、人使いが荒いのは退魔巫女たちの共通する特徴なのでそこはどうしようもないが。


「そんなものなのか……」


 彼はまだ信じられないだろう。

 でも、僕にはその考えが裏返る未来が容易に想像できる。


「熊埜御堂さーん」

「はいですー」


 御子内さんとお喋りをしていた彼女が振り向く。


「正式な退魔巫女になったんだって? おめでとう!!」


 彼女は満面の笑顔で、


「ありがとーございまーす」


 と、バンザイをしていた。

 御子内さんもつきあって万歳三唱をしていた。

 とてもほのぼのとした光景だった。

 新しい退魔巫女は、ちょっとエキセントリックだけど、スパイシーで、何よりも可愛くて優しい女の子なのであった……。

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