ー第17試合 奥多摩怪談ー
第116話「奥多摩の怪異」
「……知ってるか、奥多摩に怪物がでるらしいぜ」
放課後、僕はクラスメートの男女何人かとくだらない雑談に興じていた。
妹の涼花にはいつも御子内さんたちとだけ一緒にいるように思われているが、実際のところ、彼女たちとは学校も違うし、僕には僕の生活圏というものがあるのだ。
こうやってクラスの友達とだべる時間も当然に持っている。
「怪物って何さ?」
「なんだろうね」
「桜井、続きは?」
普段は口もきかない女子とだって、割合スムーズに会話ができる。
だって、退魔巫女の面々と比べたら、普通の人は物凄く話しやすいからね。
妙なことは言わないし、物事を力技で解決しようとしないし。
「俺の従兄弟が奥多摩の方で仕事してんだけど、そこで噂になってんだよ。怪物が出るって」
「……おいおい、もう夏は終わりだぜ。今更、怪談はねーだろ」
「いいや、怪談じゃないね。もっと、わかりやすい儲け話だ」
「儲け話?」
怪物って単語はスルーしていた子たちも食いついてきた。
さっきまでは恋バナとか学内の噂(カッコいい先輩や可愛い後輩についてとか)をしていたのに、オカルトはともかくお金の話には興味津々といったところらしい。
高校二年ともなると、やはり欲の皮が突っ張りはじめるお年頃だ。
「奥多摩の奥地に棲息している怪物を捕まえて、見世物にしようってのか?」
「いや、撮影してユーチューブに流すんだよ。うまくいけば、そのまま人気ユーチューバーだぜ」
「ユーチューバーってお金になるのは一握りなんでしょ。現実味がないよ」
「待て待て、ニコニコ動画で生放送すんだよ。コメントが爆とれるぜ」
非常に俗っぽい会話が始まる。
生々しいわりに詰めが甘そうなのはいかにも高校生だ。
うちの学校は偏差値もたいしたことないし、頭の良さそうな発言がでてこないところがなかなかに哀しい。
「バーカ、怪物なんている訳ねえだろ」
いきなり話の流れを遮ったのは、言い出しっぺの桜井だった。
みんながきょとんとした顔になる。
「いいか。俺が聞いてきた話は、こうだ」
桜井はホワイトボードを引き寄せ、マジックを手にすると、イラストを描き始めた。
思ったよりもうまい。
一分ほどでデフォルメされた人間の姿が描かれる。
「こいつが目撃されるのは、奥多摩湖よりもさらに入り組んだところにある、ずっと深いところだ。背の高さは人間ぐらい、手足が四本なのも、俺らと一緒。背中と思われる部位に、甲羅のような瘤のようなものがついていて、少し突起している。夜中の目撃談というだけじゃなくて、どうも皮膚が真っ黒で、ぬめぬめしている感じで毛は生えていない。上半身には緑色の触手がついている。あと、一つ目で口は尖っている。バランスが悪いのか、よたよたと歩くのですぐに逃げられそうなんだけど、音もなく何かが迫ってくるので目撃者は延々と走るしかない、恐ろしい化け物。―――こうだな」
自分の言う通りに色々と書き足す桜井。
おかげでシンプルな人型は、不気味な怪物の絵に仕上がった。
「河童とかじゃないの?」
「一つ目小僧とかさ」
「ほら、ウルトラセブンの宇宙人にこういうのいたじゃん。妖怪とかじゃなくて、宇宙人だよ」
「結構、ユーモラスだよね」
「こういう妖怪ってマジでいそうだ」
僕は記憶巣を探ってみた。
御子内さんたちとの妖怪退治のときに、こういうのに出会ったことはないけど、奥多摩みたいな人の少ない辺鄙な場所だといたとしてもおかしくはない。
魑魅魍魎は本来は人里よりも田舎にこそ相応しいものだし。
もし、この話が事実だとしたら、一応、御子内さんの耳にでも入れておくべきだろうか。
いや、平和に大人しく暮らしている妖怪だとしたら放っておいてあげる方がいいかもしれない。
そんな感想を持っていると、周りもなんだかんだ言って話に乗って盛り上がっていた。
だが、それを遮るように桜井はちっちっちっと人差し指を振った。
格好つけているけど、イマイチだね。
「ちげぇって。これ、金儲けの話だっていっただろ? よーく、考えてみろ。こんな怪物いる訳ないじゃん」
「じゃあ、なんのなさ」
「見てろよ」
桜井は黒いマジックを捨てて、青いものをとり、今度はそちらで書き足し始めた。
一気に、不気味な化け物が変わっていく。
イラスト上手いな。
まるでお笑い漫画道場みたいだ。
「じゃーん」
出来上がったのは、見覚えのあるスタイルだった。
甲羅だか瘤だかは空気の詰まったボンベに変わり、毛のない黒い皮膚はウェットスーツになり、一つ目は水中眼鏡で、口にはシュノーケル、緑の触手は絡まった葉や蔦になった。
つまり、これは潜水をするためのダイバーの絵だったのだ。
「これがたぶん、正解だ」
確かに桜井の言う特徴はダイバーのものに合致する。
なるほど。
海でならばともかく、奥多摩湖のさらに奥で見掛けたら、怪物と見間違えても仕方ないところだ。
「音もなく寄ってくるってのは?」
「これだろうな」
桜井が描いたのは、羽根のついた座布団のようなものだった。
「ドローンだ。今や気軽に手に入る道具だ。夜中に飛ばすのは大変だけど、慣れていれば問題ないだろう。暗い中でこんなものに寄ってこられたらパニックを起こしたとしてもわかるな」
僕は感心した。
多少、牽強付会なところのある推理だけど、安易に未知の妖怪のせいにしないで、仮説を立ててみたところはたいしたものだ。
僕みたいに妖怪の実在をわかっていると、この発想の転回はできにくくなっちゃうしね。
「ちょっと待ってよ。どうして、奥多摩の山ん中にダイバーがいるのさ」
「それが大儲けの鍵なんだよ」
すると、桜井は用意周到に準備していたらしいスマホのとあるページをみんなに見せてきた。
半年ほど前に地震があって、多摩だけでなく奥多摩まで地滑りなどの被害が出たという記事だった。
「俺の予想では、この時、崖とかが崩れて奥多摩のどっかに新しい鍾乳洞への入り口ができたんだ」
「鍾乳洞?
「ああ、それだ。でも、ただの鍾乳洞じゃない。すぐそこに地底湖がある鍾乳洞だ」
「地底湖? うーんと、どうして断言できるの?」
「そんなところにダイバーがいたからにきまってんだろ」
僕は納得した。
ああ、そういうことか。
噂になっている怪物というは、新しくできた鍾乳洞の入り口から入って地底湖を調査しているダイバーたちで、夜中にやっているは人目につかないようにするためにか。
「でも、夜中に調査なんて危険じゃないかな?」
「それにはシンプルな答えしかないぜ、ワトソン京一」
「どういうことなの、ホームズ桜井」
桜井はホワイトボードを意味ありげに叩き、
「人目を避けて夜中に調査をするなんて、悪いことをしているか、隠したいことがあるからに決まってんだろ。そして、目撃者がいてもずっと作業をしているということは、絶対に口封じをする必要はないけれど、注視もせずに継続してしなければならない事情があるということだ。そして、そこから導き出される俺の推理は、その地底湖にはきっと財宝か何かが隠されていて、ダイバーたちはそれを探しているというものなんだよ!」
さらに牽強付会になったよ。
いくらなんでも無理すぎる推理じゃないかな。
地底湖があるからといって、それがそのまま財宝に繋がるというのはまず乱暴すぎるだろう。
ただ、お話としては面白いからか、僕たちはしばらくその話題で盛り上がるのであった……。
◇◆◇
「ないとはいいきれないね」
次の日の放課後、待ち合わせていたモスバーガーの店内で、僕は御子内さんにその時の話をしてみた。
制服姿の彼女は、普通に可愛いアイドルのようだ。
ただし、泰然自若とした態度と無意識に発する
僕がいようといまいといつもこんな感じなのである。
「そうなの?」
「ああ。その地震は覚えているよ。かなり大きなものだったし、奥多摩はおろか、多摩全域でちょっとした霊的被害があったからね」
「霊的被害?」
「うん。おそらく、龍脈の一部が欠損したんじゃないかって言われている」
龍脈というと、地球という惑星そのものの生命エネルギーの流れというやつか。
英語にするとレイ・ライン。
世界中のオカルト的に、かなりの大問題なのは知っている。
かのヒットラーのナチス第三帝国もレイ・ラインを巡って戦争を起こしたとか起こさないとか、そういう話があるほどだ。
大陸でも風水とかそういうものが龍脈の加護なんかを使っていると聞いたことがある。
「昔から、奥多摩にははぐれ龍脈という非常に珍しい一本だけの支流があるとは言われている。確認されたことはないけれど、かの俵藤太がムカデ退治で手に入れて秘匿していたというお宝といものが、実のところその龍脈の在り処ではないかという説もあるぐらいさ」
「へえ。そんなことが」
「だから、キミの友達のいう推理も完全しも間違っているとは言えないかもしれないね。世の中には龍脈のお零れを狙うこすからいオカルト団体もあるし、龍脈をとらえるために地底湖を探るというのは昔からの伝承の通りで正しい方法だから。だけどね……」
なんでも、東北の十和田湖の湖底にもそういう龍脈と繋がった遺跡があるらしく、奥多摩で関連したものが見つかったとしたら、ある意味では歴史的オカルト発見ではないかなと、御子内さんは言う。
だが、少しするとモスバーガーのポテトを食べつつ、考え事をし始めた。
非常に珍しい。
運ばれてきたハンバーガーに手を付けるのが遅れるほどに。
「―――どうしたの?」
「いや、とりあえず、八咫烏に探らせておこうと思ってね」
「何かあるの?」
「……ボクの知る限り、奥多摩というのはけっこうヤバい土地柄でね。龍脈絡みの面倒事が起きるのはよくない方向に向かう気がする。あそこには〈金太郎〉と〈山姥〉なんかもでるし……」
御子内さんはカバンからだした自分のスケジュール帳を開いて、
「少し様子を観に行くとしようか。京一は、いつ頃がいい?」
「えっ、僕も行くの?」
「当然じゃないか。楽をしようとしてはいけないよ」
妖怪退治のための結界となるリングが必要な訳じゃないのに、設営要員の僕まで行くのか……。
まあ、楽しいハイキングみたいなものだと思えばいいか。
御子内さんとなら面白いことが起きるかもしれないし。
「じゃあ、次の週末にしようか」
「そうだね」
……という訳で、僕と御子内さんは奥多摩まで調査―――というか、探検旅行に出発することになったのである。
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