第100話「女子高生は無敵らしい」



 派手な衣装をまとった美少年たちが、くるくると御子内さんの周囲を回転する。

 しかも、その速度はかなりのものだ。

 円になり、時には八の字を描きながら、前後左右から同時に襲い掛かる。

 御子内さんは一対一が身上のレスラーなので、やはり大人数相手は不利らしく、嵩にかかって攻めたててくる亡霊たちを捌くので手一杯だ。

 おかげで〈七人ミサキ〉を操っているらしい女のところへたどり着けなくなっている。

 しかし、変だよね。

 数だけでいうと、あの女はだ。

〈七人ミサキ〉は七という数を変じない性質の妖怪だと聞いていたから、どうしても合わない。

 どういうことなのだろう。


「ちぃっ!!」


〈七人ミサキ〉の一人が滑るように動いたまましゃがみ込むと、その背中を跳び箱でも飛び越えるようにもう一人が飛びかかった。

 トリッキーすぎる動きだった。

 陰に隠れられていたせいで、御子内さんの反応が遅れた。

 膝蹴りが顔面に浴びせられた。

 咄嗟に庇った十字ガードのおかげでなんとか直撃は喰らわなかったが、さすがの彼女もよたよたとたたらを踏んで退く。

 隙を見逃さず、異常なまでのチームワークを発揮して、またも〈七人ミサキ〉が殺到してきた。

 まずい。

 リングの結界がない以上、御子内さんはいつもよりも妖怪に対して不利な状態が続く。

 僕は急いでワイヤーを公園の樹に巻きつけながら、一刻も早く簡易結界を完成させるために走った。

 これができれば、少しでも御子内さんが優位に立てる。

 急ぎながら、でも、慌ててミスをしないように。

 特にワイヤーが絡んだりしたら、取り返しがつかない。

 僕は懸命にやるべきことをやった。

 それでようやく最後の一巻きを最初に刺した紙垂に行えばいいというところまで来た時、僕の位置と紙垂の位置の直線上を遮るように、あの白い服の幽霊女が浮かんでいるのが見えた。

 僕のことに気がついている様子はない。

 御子内さん―――というよりも自分の味方であるらしい〈七人ミサキ〉を応援するかのように手を挙げている。

 その後ろをすり抜けていかなければならない。

 遠回りはできそうもない。

 さらに後ろには高い壁があったからだ。

 あれを飛び越えていく余裕はない。

 ワイヤーの長さもそこまではない。

 要するに、あの幽霊女に気づかれないようにして行かなければ、御子内さんを助けられないのだ。

 僕は深呼吸をした。


 スー ハー スー


 勝負は一瞬。

 あの幽霊女の脇をすり抜ける。

 ただの幽霊とは思えない、バケモノの脇をだ。

 一気に加速した。

 脇をすり抜ける……ために―――

 あえて、僕は前に出た。

 わざと幽霊女の視界を遮る。

 自分の応援する〈七人ミサキ〉の戦いというステージを邪魔された女の黒い眼窩に赤い灯が宿った。

 もしかして怒りの表現かもしれない。


『ホォゴォォォォ!!』


 哭いた。

 耳障りな奇声と背筋に突き刺さる氷柱が僕の動きを止めようとする。

 女が楕円を描く僕の走りに向けて、まるで氷を滑るような移動方法で近寄ってくる。

 人間の走りよりも遥かに速い。

 まともならば僕はすぐに捕まえられてしまっていたことだろう。

 だけど、僕は腕を振るう。

 何かに遮られたのか、『ギィエ!』と幽霊女が顔面を押さえた。

 効いた。

 やはり、邪悪な亡霊にはわずかだけど効果があったようだ。

 僕は手にしたワイヤーに感謝した。

 後ろを気づかれないように通り抜けるよりも、あえて身を晒すことでワイヤーの余剰部分を使い足止めをする。

 その作戦が当たったのだ。

 幽霊女が怯んだすきに、僕は紙垂まで辿り着き、その柄の部分にワイヤーを巻きつける。

 そして、懐に納めておいたゴングを鳴らした!


 カアアアアン


 簡易とはいえ、わずかでも結界が張られれば、御子内さんなら逆転できる。

 僕はそれを信じる!


「よくやってくれた! 愛してるよ、京一!」

「僕だって!」


 次の瞬間、御子内さんは一気に駆け抜けて手で相手の視界を遮ると、横に回り込んで跳びあがり回転した。

 異常なほどの跳躍力を利用した空中三段蹴りを放つ。

 紫電三連脚だ。

 宙に浮いたまま、三体の〈七人ミサキ〉を吹き飛ばした。

 そして、一体の顔面に右のハイキックが入ったと同時に、反対側から左のハイキックを入れる双龍脚。

 下がることで衝撃を逃がしきれない殺人技だった。

 流れるように、右脚で回し蹴りを放った後、くるりと回転し左脚でも旋のような回し蹴りを放った。

 これで合計五体の〈七人ミサキ〉が倒れていく。

 しかもまだ御子内さんの空中ダンスめいた回し蹴りのショーは続くのだ。

 亡霊の腐った頭では理解できないのか、呆然と立ち尽くす残りの二体の元へ前方宙返りをし、オーバーヘッドキックの逆に踵で額を斧のごとく割った。

 やや遅れて時間差で反対側の脚の踵がもう一体の額を鉞のように壊す。

 なんというバランスと跳躍力。

 ありえないほどの空中機動。

 ルチャドーラ音子さんのお株を奪うような烈風を巻き起こし、御子内さんが地面に降り立った時には、〈七人ミサキ〉はことごとく地に倒れていた。

 圧巻の十秒間だった。

 たったそれだけの時間で、これまで劣勢だった巫女レスラーは逆転してのけたのだ。

 簡易結界による力の平均化がここまで退魔巫女を助けるとは……。

 いや、違う。

 御子内或子という女の子が凄すぎるのだ。

 身体もさほど大柄ではない。

 パワーだってそれほどではない。

 だが、日本人らしいアジリティと高い技術と、そして培ってきた経験値が、彼女をここまでの闘士にしているのだ。


「―――さて、これで終わりだ」


 御子内さんはたった一人残った幽霊女に問いかける。


「キミの他人を思いやることもない、自分勝手なアイドルの追っかけはもうここでおしまいにしよう。これ以上は、やらせない」


 そして、前に出る。


「これが本物の〈七人ミサキ〉なら彼らは救えないけれど、キミの呪法程度のことならばまだ間に合うだろう。さあ、そろそろ現実に向き合うがいいさ」


 幽霊女の目の前で転んだかのように背中から倒れこみながら、なんとそのまま右腕で体を支え、バネのような逆立ち蹴りを放った

 見事なまでにアクロバティックな動き。

 あまりにも意表を突かれ、幽霊女はその蹴りを避けることもできずに顔面に受けて、背後に転がっていった。

 転がり続けながら、幽霊の身体は霞のように薄れていき、止まったときにはほぼ消えていた。

 倒れていた〈七人ミサキ〉に近づいてみると、どうやら全員無事のようだった。


「すぐに救急車を呼ばないと……」

「うん、最初の方のこの呪いにやられた男の子はもう無理かもしれないが、まだなり立てならば助かるかもしれない」


 ……あんな状態になっていて、一人でも助かるというのならばそれはとても運がいいことかもしれない。

 僕はすぐにスマホで渋谷の消防局に助けを求めた。



          ◇◆◇



「―――ボクの連絡を受けたこぶしが、あの幽霊女の住まいをつきとめたらしい。ついでに拘束もしたそうだ」


 翌日、僕らは近所のハンバーガーショップで昼ごはんを食べていた。

 昨日の一個千円に比べるとあまり美味しくない。

 かわりに安いだけあって、御子内さんはすでに五個目という超スピードだ。

 彼女としても珍しい健啖家ぶりである。

 ただそれには理由があるのだ。


「あの女性ひと、生きていたの? 生霊ってこと?」

「そうだね。元々岡山だかの出身であの辺りの修験者の血筋らしい。山伏といったほうがいいかな。彼女自身はその道を歩まなかったが、先祖にはかなり名の知られた修験者がいて、しかも術者として有名な家系らしい」

「それがどうして、あんなことを?」


 御子内さんは六つ目を口にしてから、


というのは使い魔のことでもあってね、どうも呪法を用いて相手を呪う家業にもついていたそうだよ。で、あの女もその手ほどきは受けていた。それを使って、七人の少年を〈七人ミサキ〉もどきにしたらしい」

「なんのためにさ」

「あの格好を見てわかっていると思うけど、あれは彼女の趣味の限りを尽くして作られたアイドルユニットだったんだよ。就職でこちらに上京してきた彼女は、とあるアイドルの追っかけになり、何十年も過ごしているうちに自分だけのアイドルを作ることを思いついた。そのために、街で見掛けた美少年を呪詛で絡めとり、自分だけのものにしたというわけさ。ただ、もどきとはいえ〈七人ミサキ〉と接するためには自分も生霊の状態にならねばならず、ああいう姿で応援していたとことらしいよ。昼間は適当な場所に隠しておいて、夜になったら呼び出してコンサートをさせていたっぽいね」


 なるほど、だから遠藤拓海の部屋にいたのか。


「ちょっと待って? 何十年?」

「ああ、あの女の実際の年齢は四十五歳。独身で、婚姻歴なし。徹底的なぐらいに男性アイドルにいれこんでいたみたいだ」

「―――そうなんだ」


 えっと、あまりにいたたまれなさ過ぎて怖いぐらいだよ。


「ちなみに、どうしてそんなことがわかったの?」

「京一がというので、嫌々電話した音子がね、意外と〈七人ミサキ〉についても調べあげていてさ。―――あの〈七人ミサキ〉で、長宗我部元親の怒りをかって切腹させられた吉良親実とその家臣の話をしたよね。それについて、家臣が七人だったという説があるんだ」

「でも、それだと数が合わないよね。吉良とその家臣七人で八人だから」

「そこだ。つまり、〈七人ミサキ〉というのは、もともと七人と一人の組み合わせだったと考えられるんだ。ところが広まるうちに、表に出る七人だけがその名のとおりに〈七人ミサキ〉として認知されるけど、本来の主たる一人は消えていった。あの女の使った呪法もそれになぞらえているんだ。要するに、主たるものは勘定に入らず、使役される七人だけが〈七人ミサキ〉となる。七人という数が変えられないのは〈七人ミサキ〉呪法の発動条件なんだよ」

「逆にいえば、〈七人ミサキ〉を倒せなくても主たる一人を倒せば止められるってことかな?」

「そうなるね。だから、ボクは何よりもあの女の方を狙ったんだよ。でも、うまくいって良かった。遠藤拓海以外にも三人助かったからね」


 あとの三人は、あまりにも〈七人ミサキ〉とされていた期間が長かったからか、衰弱が激しく病院で命を引き取ったそうだ。

 だから、完全に犠牲者を出さずに済んだわけではない。

 御子内さんがやけ食いしているのはそのせいである。

 とはいえ、君にはなんの責任もない。

 合コンの時のちょっとした雑談から、あんな恐ろしい企みをつきとめて人助けができたのは御子内さんの手柄であって、罪ではない。

 君がいなければ遠藤拓海だって死んでいたのだ。


「……以前の少女〈七人ミサキ〉との関係はわかったの?」

「そっちについては不明。ただ、90年代にも似たような呪法をつかったやつがいたかもしれないとこぶしは言っていたよ。ボクも同意見だ」


 しかし、世の中には恐ろしいものがあるもんだ。

 だからこそ、それに対する御子内さんたちのような存在が必要なのかもしれないけど。


「……自分だけのアイドルか。アイドルって偶像のことだけど、手に入らないからこそいいのかもしれないね」

「確かに」

「まあ、僕たちみたいなは合コンで彼女を見つけるぐらいが一番いいんだろうね。最初からアイドルは手に入らないものと諦めてさ」

「―――ん? もしかして京一は彼女を見つけるためにあの合コンに来たのかい? なんて女好きなんだ。そういえば鼻の下を伸ばしていたよね。ボクが目の前にいるってのに。ボクの友達のきららとかまきとかに色目を使う気だったのか!? 不潔な!」


 あれ、もしかして君さ。

 自分が僕を騙して呼び出したことを忘れたの?

 なんで、僕が喜々として参加したような感じになってんの?


「あのね、ちょっと待って……」

「うわ、最悪だ。なんていうスケコマシ。女の敵だね!」


 自分で勝手に決めつけて、勝手になんか怒り出した御子内さんをどうしてやろうかと考えながら、僕は手元のコーヒーを飲み干した。

 まったくもう!

 女子高生は扱いづらいったらありゃしないよ。



 ……それが例えあの御子内さんであったとしても!

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