第99話「STAR FIGHT」



「こっちだ!」


 僕たちは夜の渋谷の街を疾走する。

 手にしているスマホには、ある人物の位置情報がGPSによって送られてくる。

 なんと〈社務所〉は遠藤拓海のスマートフォンにハッキングして、彼のGPS情報を手に入れてきたのだ。

 まだバッテリーが残っていたおかげではあったが、おかげで追跡は容易であった。

 その跡を辿っているだけだからである。


「―――この進路だと、こっちの公園を横切るかな」

「だったら好都合だ。そこで迎え撃とう」

「リングはないよ。大丈夫なの?」

「―――リング? ああ、〈護摩台〉ね。うーん、さすがにそこまでの時間はないよ。簡易の結界を張るだけで誤魔化すしかないね」


 ああ、ちょっと前に使った四方を紙垂で囲って、そこに清めたテグスを張るやり方か。

 普通のリングを設営するのに比べたら結界の効力はだいぶ落ちるけれど、退魔巫女のために妖魅あやかしの力を削ぐことができる。

 御子内さんが僕に教えてくれたものだ。


「ボクが〈七人ミサキ〉を足止めする。その間に京一がやってくれ」

「うん、わかった。でも、〈七人ミサキ〉って七人いるんでしょ? 御子内さんは一人で大丈夫なの?」

「心配いらないよ、ボクは最強だからさ。まあ、七人相手にするわけじゃないし」

「―――どういうこと?」

「ボクが止めればいいのは基本的に一つさ。


 御子内さんは自信満々に言い放った。

〈七人ミサキ〉じゃない〈七人ミサキ〉?

 どういうことかはわからないけれど、たぶん、それは渋谷の都市伝説に詳しいという音子さんが教えてくれた情報だろう。

 だったら、僕がどうのこうの言う必要はない。

 言われたことをするだけさ。

 三分もしないうちに少し広めの公園に出た。

 ベンチが二つあるだけの典型的な都会の公園だ。

 運のいいことに誰もいない。


「いたね。……京一、ボクが足止めしたら、すぐに動いてくれ」

「でも、誰かが入ってきたらどうするの?」

「大丈夫、結界は人払いの効果もあるって言ったろ」

「そう言えば聞いていたよ」

「じゃあ、頼むよ」


 そう言って、御子内さんは進み出た。

 こちらに向かって足並みを揃えて歩み寄ってくる七人の不気味で派手な格好をした美少年たちの前に。

 俯いたまま一切の生気を感じさせずに、亡霊のごとく夜の闇を蠢く七人は、確かに異形の百鬼夜行そのものだった。

 あんなものを目撃してしまったら、呪われたとしても不思議はないだろう。

 受け入れがたい奇形でないにも関わらず眼をそむけたくなる、人知を超越した異常性。

 さっきの遠藤拓海の部屋での様子よりもさらにおどろおどろしい妖気は増している。

 彷徨い歩く亡霊としての本領の発揮であろうか。

 あんなものの前に身を晒すなんて、絶対にしたくない。


「―――やあ、また会ったね」


 いつもの巫女装束とは違う、高校生の制服とローファー姿の御子内さんが立ち塞がる。

 しかし、〈七人ミサキ〉は止まらない。

 たかが人間が立ち塞がった程度で自分たちの歩みを止める気はさらさらないらしい。

 無視された側の御子内さんも気にはしていないようだ。


「つれないな。ボクの誘いを断るなんて。……どっかの朴念仁のようで腹が立たないこともないね」


 何だか知らないが、勝手にヒートアップし始めたぞ、あの人。


「悪いけれど、キミらアイドルユニット、〈七人ミサキ〉はここで解散だ。ボクがここで終わらせる」


 御子内さんが突っかけた。

〈七人ミサキ〉に。

 いや、その視線と突進の行きつく先には……。

 

 白い布を身体に巻き付けただけの粗末な格好をした眼窩に闇の詰まった女がいた。


 さっき遠藤拓海の部屋から〈七人ミサキ〉を連れだした醜悪な女の亡霊だ。

 それが〈七人ミサキ〉の後ろを追随していたのだった。

 御子内さんの狙いはそいつだった。

 腰の乗った右ストレートが助走とともに放たれる。

 飛燕の速さで。

 だが、まるで羽毛が舞うように、御子内さんの一撃はふわりと躱された。

 彼女の拳が引き起こす風が原因のように。

 実体というか、まったく重さがないような動きだ。


「……ただの霊じゃないみたいだ」


 僕も何度か亡霊や悪霊の類に遭遇したことがあるけれど、あんなに軽やかなのは珍しい。

 霊というものは普通もう少し鈍重なのだけれど、あの御子内さんの拳を躱すなんて。

 そこではたと気がついた。

 結界がないからだ。

 いつもならばリングが妖魅の力を抑えているが、今回はそれがない。

 このまま行くといくら彼女でも危険すぎる。

 そして、簡易結界を張るように頼まれていたのは僕だ。

 僕がやらないとならないのだ。


「待ってて、すぐに助けるから!」


 そう叫んで、観葉樹の一本に紙垂を突き立てる。

 それからその先に〈社務所〉特製のワイヤーを回して、引っ張る。

 これでオッケー。

 同じことをこの公園を囲むようにして繰り返せばいい。

 御子内さんを少しでも助けるためにはそれしかない。


「どっしゃああああ!」


 一方、御子内さんは怒涛のラッシュをかましていた。

 右と左のコンビネーションからの回し蹴り、その勢いを利用してのローリング・ソバット。

 しかし、ことごとく躱される。

 躱すというよりも、触る前に避けられる感じだった。

 まさに空気を相手にしているような、空振りが続く。

 逆に御子内さんの必殺の重い拳のせいで、これだけ空を切ると無駄に体力を奪われることになる。

 しかも、彼女を取り囲むようにして〈七人ミサキ〉が立っている。

 例の派手な衣装のような格好の男たちがじっと彼女を見ている。

 なんて恐ろしい光景だろう。

 その中でスカートを翻しながら、嵐のようなアタックを繰り返すだけでも御子内さんは相当の精神力が求められるだろうに。

 とんでもない精神力と不屈の魂。

 ただの女子高生の制服を着ていたとしても、彼女は巫女レスラーなのだ。

 戦いが始まればそれに殉ずるだけ。


「だっしゃああ!!」


 ちっと音がした。

 これまで一指も触れられなかった女の亡霊の布に拳が掠める音だった。

 当たった。

 諦めずに挑み続けた結果がついに出た。

 放った回し蹴りがぴたりと止まり、内側から足の裏を使い意表をついた軌道でこめかみ目掛けて再度襲う。

 掛け蹴り。

 流派によっては裏回し蹴りと呼ばれるトリッキーな奇襲技だった。

 御子内さんの白い眩しい太ももが閃く。

 過たず亡霊の側頭部に浴びせかかる蹴り。

 吹き飛ばされる亡霊。

 同時に、〈七人ミサキ〉も動き出した。

 もう傍観を続ける気はないらしい。

 あの女の亡霊を助けるためか。

 まるで足の裏にローラースケートでもついているかのように狂狂くるくると周囲を回り、徐々に輪を狭めていく。

 迫ってくる〈七人ミサキ〉を警戒しながらも、御子内さんには一切の怯みもない。

 この程度の逆境、想定の範囲内だとでも言わんばかりに。


「―――速度を上げて回り込む? 多勢に無勢で? ふん、その程度の工夫でボクを仕留められると思っているのなら、キミたちはとんだ愚鈍だ」


 そして、御子内或子は吠える。


「キミたちのコンサートはここでおしまいだ。さあ、とっと終わらせてやる!!」


 足に車輪でもついているかのような異常な動きの七人組に対して、御子内さんは果敢に打って出ていった。

 

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