第98話「汝の正体みたり! 〈七人ミサキ〉!」
御子内さんはしばらく〈七人ミサキ〉が消えていった空を睨んでいた。
すくなくとも、彼女の中には間に合わなかったという想いがあるようだ。
心配して様子を見に来たはずの遠藤拓海が、あの七人の亡霊の中に取り込まれてしまっている以上、首を突っ込んだ責任がある。
そんな風に考えているのかもしれない。
だが、本来、八咫烏からの依頼を受けている訳でもない彼女にはなんの責任もない。
ただ、民草を守る正義の退魔巫女としての魂が御子内さんの内部で燃え盛り、安易な逃げを拒むのだろう。
まだまだ彼女はやる気だ。
だとしたら、助手としての僕の仕事は彼女をサポートすることだけである。
「御子内さん、音子さんに連絡して」
「なんだって。どうしてだい?」
「渋谷の都市伝説には彼女が詳しいんでしょ。だったらアドバイスをもらった方がいい。僕はこの部屋をちょっと捜索してみる。なにか、ヒントになるものがあるかもしれない」
「……ヒントか。それはあるかもしれないね」
「うん。いくらなんでも遠藤拓海がどうしてあんな悪霊に憑りつかれたかわからないと、救出するどころの話じゃないからね」
僕らは頷いて確認し合うと、個々の作業に入った。
まず、この部屋の様子だ。
一般的な男子高校生の部屋にしては収納が多い。
その割に受験のために借りたはずなのに教科書や参考書の類は少ないかな。
本棚代わりのカラーボックスが埋まっているが、本格的な勉強のためとは思えない程度しかない。
机もなく、勉強はちゃぶ台みたいなテーブルでやっているようだ。
「やっぱりただの遊びのための一人暮らしか……」
その人の性格を知りたければ友達を見て、趣味を知りたければ本棚を見て、生活を知りたければ冷蔵庫を見ろという言葉のとおりにする。
勉強道具以外の本は、「誰でもできるナンパ術」とか「うまくなるセクロスのやり方」とかが幾つかあり、あとは「ブレイクダンス入門」みたいものがある。ある意味では実用書だね。
わかるのは強烈なまでのモテたいという渇望だ。
部屋のあちこちに自分と友達の集合写真が飾ってあったり、貼ってあったりする。
さっき見た本物は生気も意識もない状態なので今一つだったが、普通に写真を見る限りやはりかなりの美形だ。
これだけ顔が良ければ下手なモテる努力をしなくてもよさそうな気もするが。
「僕みたいな地味な顔に産まれたって訳じゃないのに……」
と思わず愚痴ると、
「京一はなかなかの男前だよ」
音子さんと通話していたはずの御子内さんからすかさずフォローが飛んできた。
……かたじけない。持つべきものは優しい友達だ。
ブ男はブ男なりに頑張るよ。
ベッドの脇のゴミ箱を漁ってみる。
男子の部屋特有の丸めたテッシュなんかが入っていると嫌だけど、そこは覚悟を決めるしかない。
丸い筒状のゴミ箱の中は丸めた封筒のようなものがぎっしりと埋まっていた。
さすがに怪しい。
何枚かとってみると、遠藤拓海宛の封書だった。
可愛い絵柄だったり、香水がふりかけてあったり、だいぶ値段や手間かかっていそうな封書なのにこんなに無造作に捨てられているのはちょっと可哀想だ。
ラブレターのようにもみえたが……。
あることに気づいてゾッとした。
切手が貼っていない。
宛先の住所も書いていない。
しかも、「遠藤拓海さま」という宛名がすべて同じ筆跡なのである。
気になってゴミ箱をぶちまけて確認をすると他にもあった。
嫌な予感がして、ダイニングキッチンに行き、封をしてあるコンビニ袋を見てみると、同様に手紙の封書のようなものが詰まっているものが幾つかあった。
全部でどのぐらいあるのか。
もしかして、僕が見つけていないだけでもっとあるのかも。
「……中身も見るしかないか。プライバシーを侵害することになるけど、勘弁してね」
かなり高級そうなレターセットを用いて書かれた手紙の内容は、
「わたしのアイドル、拓海クン」
「だいすきです」
「プレゼントです」
「拓海くんがメンバーとキャッキャしているところがすきです」
「メンバーのなかでだれがいちばんすきですか」
というものだった。
まるで推しているアイドルへのファンレターのような……。
待てよ。
衣装ケースを見ても、収納を覗き込んでも、さっきのような派手な格好は入っていなかった。
じゃあ、あれは遠藤拓海の持ち物でないとすると……。
「スマホとかないかな……」
あれがあれば高校生の個人情報なんて全部わかるんだけど、室内にはないということは、持ち出して行ったってところかな。
あんな風になってもスマホだけは肌身離さず持ち歩いていると考えると、現代の若者がいかに他者とコミュニケーションをとることの脅迫観念にとりつかれているかわかろうというものだ。
とりあえずノートパソコンはあるので起動させてみる。
形式がかなり古いパソコンだったし、OSも一世代前のものだったおかげでパスワードが必要ないのは助かった。
そこで、メールボックスあたりを確認してみるか……
「京一、わかったよ」
「どうだった?」
「音子の話を聞いて、かなり把握できたよ。あれはボクたちが〈七人ミサキ〉と呼んでいる妖怪とはちょっと違うものみたいだね」
「だろうね」
「んんん、何か気がついたのかい?」
「うん。これ」
僕は受信フォルダを埋め尽くしている一つのアドレスを指さした。
「それがどうかしたのかい?」
「遠藤拓海にはストーカーがついていたみたいだね。しかも、強い妄想を対象に投影するタイプが」
「―――ほお。それで」
「そのストーカーは、対象を自分自身で妄想したアイドルグループに組み入れるという妄想に支配されていて、遠藤拓海もその一員にされていたみたい」
僕がメールの幾つかを読むと、だいたいそれぐらいのことがわかってきた。
そして、それは半年以上続いていて、最近になって内容が異様な程に変化し始めていた。
「……これは……また、ひどいものだね」
「メールの差出人がどうやってこんな方法を見つけたかは知らないけれど、まず間違いないだろうね。犯人はこの女性だ」
「音子の仮説ともほぼ合致する。―――まったく、近年の都市伝説は拡散具合が早すぎてボクらでも詳細を捕まえられないというのがよくわかる案件だよ」
御子内さんは呆れたようにため息を吐いた。
さっきまで正体不明と思えた〈七人ミサキ〉の概要が呑み込めたのか、余裕が戻ったのだろう。
「今日中に片をつければ遠藤拓海は救い出せるかもしれないな」
「でも、彷徨う亡霊なんてどうやって見つけるの? この女性の家に押しかける? 住所とかはまだわからないんだけど……」
「それは心配ない。社務所にはこの手の事案に備えてのコネがあるからね」
「へえ、どんな」
「まあ、見ていなよ。警察並の捜査力を見せつけてあげるからさ」
そう言って、御子内さんは自分のスマホからある場所に連絡を取り始めた……。
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