第95話「今どきのJK?」
舞台がハンバーガーショップからカラオケボックスへ移行することになって、僕と御子内さんは一行から離れることになった。
合コンの最中に一組の男女がいなくなるというのは、普通なら色っぽい意味での離脱なのだが、もちろん僕たちはそういう訳ではない。
鳩麦くんから聞きだした、遠藤拓海という明慶付属の学生の住所に尋ねてみることになったのだ。
都合のいいことに、彼は高校三年生になってから勉強のためという理由でワンルームマンションに一人暮らしらしい。
どの筋にとって都合が良かったかは、今の段階ではなんともいえないけれど。
「―――拓海のことだから、女の子を連れ込んで遊んでいたんじゃないかな」
「やっぱりチャラい子なりの生活だったと思うのかな?」
「おそらく。普段からそういうのを匂わせたりしていたし。それに一人暮らしの部屋にあげてくれたのは最初のうちだけで、最近は誘ってもくれなくなったから」
鳩麦遥人くんは中等部はおろか小学部時代からの友人らしいので、細かい性格とかもよくわかっていたが、最近のいかにも遊び人風になった遠藤拓海とは距離を置いていたらしい。
「それが、拓海のやつ、きららがよく合コンをしているとたまたま聞いたら、おれたちもやろうぜとか盛り上がっちゃって……」
「それであたしらを誘ってきた訳?」
「ああ。おれらは明慶でもあまりそういうのに誘われたことがないからさ、羨ましかったってのもあってさ……。きららのこともよく知っていたし。それで、今回の合コンをやることにしたんだ」
「あっきれた。もう少し、遊び慣れしていると思っていたのに、遥人。そんなんじゃ、大学にいってから変なサークルに騙されて入って、女の子のお酒に睡眠薬を入れたりする犯罪者になっちゃうかもよ」
「そ、そんなことはしない!」
「どうだか」
なるほど、意外と健全に合コンが進んでいると思ったら、実はあっち側も初めてみたいなものだったのか。
それなら、やや堅苦しい雰囲気だったのもわかる。
別に空気を読まない御子内さんのせいだったという訳ではないようだ。
だから、可愛いけれどとっつきにくい彼女は敬遠されていたのだろう。
正直なところ、海千山千のプレイボーイでも僕の御子内さんの相手は難しいと思うし。
「じゃあ、ボクと京一はちょっと用事を思い出したので帰る。みんな、月曜日に学校でまた会おう」
合コンについてなんの未練もなさそうにさっさと駅に向かう御子内さんについて行こうとしたら、腕を掴まれた。
背の低い豹頭まきさんとボブカットの鵜殿魅春さんだった。
なにやら深刻な顔をしている。
どういうことか聞いてみると、
「あんた、
ああ、彼女と僕がいけないことでもしようとしているのか誤解しているのかと思っていたら、
「違うよ。或子ちゃんがこういう風に勝手に動き出すときって、いつも何か変なことが起きている時だよね?」
「うん。いつものアレだよ」
「ねえ、あんたと或子ちゃんは親しいみたいだから頼みたいことがある」
「……頼みたいこと?」
すると、二人は短く頭を下げた。
深刻な顔つきのまま。
「或子ちゃんを助けてあげて」
「お願い、升麻くん。わたしたちじゃあ、なにもできそうにないけれど、あんたは別みたいだ。だから、頼むよ」
「―――どうして、僕に?」
まきさんは僕の手を握り、震えた声で言う。
「あたしたち、或子ちゃんに助けてもらったことがあるの。きっと、きららちゃんや天子ちゃんも」
「うちらのときのように、また何かヤバいものと関わろうとしているんだろ? ホントはわたしたちがしてあげたいんだけど、とてもできそうにないから、あなたに頼むんだ」
「或子ちゃんをお願い」
……どうやら二人、いやここにいる友達はみんな御子内さんの本職のことを知っているらしい。
学校では隠しているとか言っていたけれど、まあ彼女のことだしバレバレだろうなと思っていたら、やはりその通りだったようだ。
ただし、彼女たちには御子内さんへの労りと心配が溢れていた。
御子内さんの傍にいるぐらいだ、きっと優しい人たちばかりなんだろう。
僕はその想いに応えたいと思った。
「任せてください。皆さんの分も、僕があのまっすぐで熱い女の子を守りますから」
二人が無言で頷くのを確認してから、僕は地下鉄の入り口に消えようとしている御子内さんの後を追った。
「むむむ、まきたちと何を話していたんだい?」
「見てたの? だったら、待っていてくれてもいいのに」
「な、何を言っているんだい! キミがまきたちと話していることの内容なんて、ぜんっぜん気になったりしないね! そんなことでこのボクが足を止めるなんてあるはずがないだろ! まったく、京一は自意識過剰にも程があるね!」
「どうしてムキになっているのさ……。でも、やっぱりあの人たちは御子内さんの友達だよね」
「何がやっぱりなんだい?」
僕はさっきの四人のことを思い出した。
見た目は違うタイプの集まりで、ものすごく混沌としているけど、きっと大切な時には一体になって物事にあたることのできる仲のいいグループに違いない。
御子内さんの親友の音子さんやレイさんもそうだけど、この熱い女の子の周りはそういう人たちでいっぱいだ。
いつか、僕もその一人になれればいいな。
そんなことを僕は思った。
「熱い魂を持ってそうだってこと」
御子内さんは一瞬ぽかんとした顔をして、おもむろにニヤリと笑い、
「それはそうだよ。でなければ、ボクの友達なんて務まらない」
熱いのか、篤いのかわからない、友情を口にする巫女レスラーであった……。
◇◆◇
渋谷七人ミサキ。
それは90年代、社会問題としての女子高生の売買春が『援助交際』という言葉でオブラートに包まれたまま激増した時代に流れた噂である。
東京・渋谷において、女子高生が次々に原因不明のまま死亡するという事件が発生した。
どんな恐ろしい目にあったものか、凄まじいまでの恐怖にひきつった顔のまま、彼女たちの死体は発見された。
病気によるものでもなく、外傷も見当たらなかった。
胸元がはだけて、乳房が剥き出しになっていたため、レイプによるショック死なども考えられたが、下半身への暴行の形跡は見つからなかったという。
結局、警察の捜査にも関わらず、真相は謎に包まれたままだったので、単に心不全として処理されたのである。
警察は死体となった女子高生たちに、堕胎手術の通院歴があることを発見したが、それだけで終わってしまったのである。
しかし、当時の女子高生たちの間で「渋谷のスペイン坂に行くと赤ちゃんの声が聞こえる」という噂が流れていた。
ある女子高生は必死に泣き叫ぶ赤ん坊の声を聞き、またあるものは「ママ、ママっ」と呼びかける小さな声を聞いたという。
そして、その噂を裏付けるように、ある夏の夜、スペイン坂から女子高生たちの姿が一斉に消えたこともある。
少女たちは、犠牲になった女子高生の数が七人いたことから、かつて起きたあるオカルト的事件との共通点を見出し、この事件を『渋谷七人ミサキ』と呼んだ。
避妊の知識もない女子高生が、援助交際のあげくに妊娠してしまい、父親もはっきりしない、育てていける経済力も無いことから安易に堕胎の道を選び、罪のない小さな命を殺した報いだと。
堕ろされた子たちが無責任な母親を怨み、自分を殺した
そして、次の年も同じように七人の女子高生が死んだ。
恐ろしい呪いは止まない。
呪いによって死んだ七人は新たな怨霊となり、自分たち同数の犠牲を求め続けているのだと噂はいう。
渋谷のスペイン坂には、今でも堕胎された赤子たちに殺された七人の女子高生たちが怨霊となって、呪いの連鎖を生みだしているのである、と。
―――それが「渋谷七人ミサキ」の都市伝説である。
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