ー第14試合 渋谷伝説ー
第94話「合コンは合体コンビネーションの略ではありません」
御子内或子はJKである。
本人は今一つ言葉の持つ本来の意味というものをわかっていなかったが、とりあえず女子高生であるということに自信を持っていた。
ところが彼女の認識においてはと、JK
彼女は高校にいる間は巫女であることを隠し、学校指定の校則やカリキュラムに従う真面目な女生徒ではあったが、友人一同でさえ決して彼女が平凡な女の子だと認めることはない。
そもそも普段の生活においてさえ、御子内或子は、正真正銘の奇人変人の類であるのだから。
「―――でね、次の土曜に合コンをすることになったんだよ。明慶付属と」
お昼休みに仲のいい女子だけで昼食をとっていたとき、
きららはゆるふわのウェーブのかかった髪型をして、このグループの中ではもっとも男女交際に興味のある少女だった。
ただ、男を見る目は慎重に過ぎるほど慎重で、あまりにも石橋を叩いて渡るタイプなので、きっとそう簡単に彼氏はできないだろうと仲間内には看做されている。
そんな彼女が合コンの喜ばしい開催とかんばしくない結果の報告を昼休みにするのはよくある風景だった。
「だから―――?」
今どき珍しい銀縁眼鏡をかけ、しかも髪を後ろにぎゅっとまとめあげた生徒よりは教師にしか思われないきつい顔つきの、
基本的に見た目通りの堅い性格の持ち主なのだが、知的好奇心が旺盛でどんなことにも首を突っ込むタイプなのである。
成績もよく、偏差値の高い明慶大学付属という名前を聞いて、色々と興味をそそられたのであった。
あわよくば参加してやろうとすでに考え始めている。
「みんなも参加しない? たまには女子高生らしくさあ」
「えー、あたしもー」
「うんうん、ひょーちんも」
ひょーちんと呼ばれたのは、このグループで一番背の低い女の子だった。
名前は豹頭まき。
身長は150にも満たない。
だが、その見た目に反して彼女はとんでもないアスリートなのだった。
武蔵立川高校で全国大会に行ける運動部というと、弓道部ぐらいに限られているのに、彼女と彼女の率いる女子フットサル部は公式ではない大会ではあったが、全国三位という結果を出していた。
そのせいもあり、現在の武蔵立川では五指に入る有名人となっている。
「ひょーちんはマズくない? 一応、協会の強化指定選手でしょ」
「合コンといっても、ご飯食べてカラオケ行くだけだからオッケー」
「えー、男子ってそれで諦めてくんないでしょ。それに明慶っていったら、大学部は遊び人の巣窟じゃん。おもち帰られてパックリされちゃうよ。あたし、バージンだから困る―」
「そこは大丈夫。リーダー格はあたしの従兄弟だから。下手なことをしたら、うちのママが夜叉になって〆に行くし。で、うっぴーは参加?」
「うーん、合コンというか、集団デートみたいなお食事会程度ならいいかな。ちょっと興味あるし。天子みたいに」
「わ、私は別に……」
否定して見せたが、天子はまんざらではなさそうだった。
銀縁メガネのレンズの奥で眼が爛々と輝いているぐらいには。
「よし、うっぴーと天子はオッケー」
うっぴーと呼ばれた少女は
この中では一番普通な女の子だった。
容姿も成績も性格もごくフツー。
とりたてて特徴もないが、これだけ個性的な集団の中ではそれこそがまさに際立った個性といえる。
「あたしも行くー」
「はい、ひょーちんも決まり。これで四人、相手も四人だし、同数出揃ったね」
ときららは従兄弟に承諾のメールを出そうとした時、これまで沈黙を保っていた最後の一人が手を挙げた。
あまりにも自然すぎて誰も気がつかなかったほどだった。
「ボクもいく」
その瞬間、世界が凍りついた―――ような気がした。
全員の視線が最後の一人に注がれる。
「行くって、或子が?」
「マジで?」
「或子ちゃん……暴力団の組事務所に出入りに行くわけじゃないんだよ」
「合コンはな、合同作戦計画とか、合同作戦本部とかの略じゃないんだぜ。ちなみにコンはコンクラーベでもコンビネーションでもなくてコンパな!」
仲間内での彼女の評価がよくわかる驚きの声が起きた。
「なんだい、なんだい? ボクだって、年頃のJKなんだよ。音に聞こえた合コンとやらに推参したって何の問題もないじゃないか」
「いや、でも、或子ちゃん、そういう柄じゃないというか……」
「そうそう、この手の話題にはキャラがあっていないというべき……」
積極的に参加を表明したというのに、まるで仲間外れのような扱いを受けるのは気に食わないと或子はむきにさえなっていた。
「いやだ。ボクをのけ者にしようとするキミらの態度にも腹が立つし。ここはなんとしてでも参加させてもらうよ。でないと、盛大にへそを曲げるよ!」
「初めて聞く脅迫のスタイルね……」
「しかし、殴るぞと怒られるよりも被害が拡大しそうな気がする……」
「とはいえ、ねえ?」
そこで企画進行役でもあるきららが言った。
「えっとな、或子。最初は五人の予定だったけど一人欠けて、男の側も四人しかいないんだ。それもあって、もともとおまえは勘定に入れてなかったから定員四人ってことにしたんだ。わかるだろ? 男と女で四対五だとうまくないだろ? 合コンってのは、同じ人数でやるから公平で面白いんだぜ。だから、今回はやめておけよ」
「確かに戦いは同数でやる方が面白い。それはボクにもわかる。―――では、こうしよう」
或子は指を四本立てて、そのあともう一本を付け足した。
「ボクが参加することで男の子が一人足りなくなるというのならば、もう一人ボクが用意すればいいだけさ。ちょうど、週末はだいたいバイトで暇をつぶしている、うってつけの人物がいるんだ」
まるでアルキメデスが「エウレーカ!」とでも叫んだ時のように自信満々の声で、御子内或子は胸を張って言った。
付き合いの長い友人たちは心の底から嫌な予感しかしなかったが、経験則上反対してもしょうがないということもあり、仕方なく諦めるのであった……
◇◆◇
渋谷駅から少しだけ離れたお洒落なハンバーガーショップだった。
なんと出てくるハンバーガーは、ジャンクフードのくせに小癪なことに千円越えという小僧には許せない価格である。
コーヒーですら五百円。
おいおい、ちょっと待てよ、コラと叫びたくなる値段であった。
とはいえ、僕は意外とバイトで小金をためている勤労学生なので、このぐらいの支出は負担ではない。
とある謎の機関でのバイトはかなりの金額が貰えるし、もう大学に通うための学費程度は確保できているから多少羽目を外しても問題はないんだけど……
(きまずい……)
一昨日、御子内さんから連絡があって、いつもの妖怪退治だと思ってきたら、なんと合コンだという。
しかも、男の側が足りないから参加してくれ、という無茶苦茶さだ。
僕は会ったこともない他の四人のメンツとぎこちない自己紹介をして(だって、こういうものってある程度顔見知りがするものでしょ)、末席に座ることにした。
さらに言うと、僕を除く四人は明慶付属の学生たちで、明慶と言えば「偏差値の高いお金持ちの子息」の学校だ。
僕の通っている普通の高校は、偏差値でも学費でも立地でもことごとく負けてしまっている。
なんといっても、校舎が麻布とかにあるんだから。
もっともっと付け加えると、合コン相手の女の子たちは御子内さんと同じ武蔵立川高校で、あの辺りの学校としてはトップの進学校だ。
うちの妹も通っているとはいえ、僕からすれば高嶺の花な訳である。
そんな人たちと……合コンって……。
ああ、気まずい。
「さっきから、なんてうかない顔をしているんだい、京一は?」
むしゃむしゃとハンバーガーを頬張りながら御子内さんは言う。
珍しく女子高生っぽく制服姿だ。
妹で見慣れているので別に気にはならない。
「この状況だからね」
「ああ、合コンは初めてだということだね。安心していいよ。ボクだって初めてだ。なあ、鳩麦くん」
「そ、そうですね」
企画立案者の鳩麦きららさんの従兄弟であるという鳩麦くんはひきつった感じだ。
そりゃあそうだろう。
御子内さんはさっきから三つものどでかいハンバーガーを立て続けに食べまくっていて、とんでもない健啖家であることを示し続けている状態なのだから。
ちなみに、他の男子たちは武蔵立川の女子たちとなんとかお洒落な会話をリア充っぽくしているが、さりげなくこっちを見ようともしない。
どうやら、御子内さんという異物を僕に押し付ける気のようだ。
……でも、最初は違ったんだよ。
御子内さんの友達はみんなそれなりに可愛らしく、いかにも陽気なイメージばかりのいい子揃いだったけど、顔の造形だけをとってみれば彼女が一番きれいだ。
だから、他の四人も御子内さんについては興味津々だったんだけど……。
口を開くともうダメ。
よく、「もっとまじめな人だと思ってました」とか、「神経質そうな人だと考えていました」とか、過去形で語られる人がいるが、御子内さんはその類なのだ。
あっというまに四人は近寄らなくなった。
もっとも、御子内さん自身、僕と話をしてばかりなので近くから去られたとしても気にはしていないと思うけど。
「ああ、安心してくれていいよ。ボクのハンバーガーの分は自分で払うから。足りなかったら、京一もいるしね」
「……僕は払わないよ」
「なんでだい? キミがバイトでしこたま儲けているのは知っているんだよ。いくらかボクに還元してもいいぐらいじゃないか」
「呼び出しの時に騙しておいて何を言うのかな、この
質の悪い相棒を持ってしまったものだと、天に嘆くしかない。
「でも、
きららさんが言うと、鳩麦遥人くんが肩をすくめて答えた。
「いなくなってしまったんだよ。……もともときららたちと合コンしたいって言い出したのは奴なんだけどさ」
「いなくなったって、どこに? ドタキャンって訳じゃないよね」
「きららに連絡とった直後に家出したらしくて、連絡もつかなくなったんだ。かといって、もう合コン企画は進んでいるし、どうにもならないから拓海抜きでってことにしたんだ」
へえ、その拓海という人がいれば僕がこんな目にあわずにすんだのか。
許すまじ、その拓海何某!
「拓海くん、どうしたのさ。前、あんたんちで何度か会ったことあるけど、チャラいからこういう場所には喜んでくるタイプだろ」
「チャラいのか……」
「お持ち帰りする気満々のタイプっぽいね」
「でも、家出というのは怖いよね。夏休み前だから、勝手に旅行に行ったというわけでもないだろうし」
それに対して遥人くんは、
「……うちにまで拓海の親御さんが来たし、クラスのみんなも心配してはいるんだ。ただ、七人ミサキのせいかもしれないからって怖がるやつもいてさ、全然見つからないみたいだ」
「―――七人ミサキ? 何、それ?」
「きららは知らないのか。……わりと有名な都市伝説だよ。学生の間じゃ結構有名なんだぜ」
すると、黙って話を聞いていた御子内さんが口を挟んだ。
「渋谷七人ミサキは、援助交際をしていた女子高生の話だと聞いていたけど、どうして男子の拓海くんとやらが呪われたということになっているんだい?」
「……知っているのか、御子内さん」
「ああ、雷電。で、どういうことなのか、わかるかい?」
遥人くんはいきなり空気が変わったことに気づいたらしい。
一回だけつばを飲み込んだ。
それから、カラカラになったらしい口を開く。
「それは……90年代の頃の渋谷七人ミサキの話だよ」
「……今は違うのかい?」
「ああ。最近、おれらが噂に聞くのは、少年七人ミサキのことさ。彼女に避妊させずに妊娠させ子供を中絶させた高校生に、堕ろされた子供たちの怨念が七人ミサキとなって復讐するってやつだよ」
少年七人ミサキ。
その禍々しい名称はかつてない恐怖を僕に感じさせるのであった……。
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