第93話「―――終焉」
橋本竜生の死はちょっとした話題になった。
炸裂ファイターGAの主役というだけでなく、死因が自殺だったということで。
自宅で首を吊って倒れているところを、帰宅した母親が発見し、救急車でこの病院に運ばれたときは心肺停止の状態だった。
医師の懸命の蘇生は及ばず、橋本竜生は帰らぬ人となった。
ファンは悲しんだ。
死んだということだけでなく、彼が自殺に至った経緯があまりにも哀しかったからだ。
炸裂ファイターGAとして人気をはくした彼は、その後、念願であった一般のドラマに挑戦する。
一作目は話題性もありそこそこ好評だったが、二作目がなかなか決まらなかった。
理由としてあげられているものが、正式な舞台演劇を学び演技派であった彼なのに、オファーがくるのは、いかにも蘭条友彦のような二枚目役ばかりだったということだ。
世間は彼のことを常に蘭条友彦と同視して、GAで見せたような芝居だけを求めた。
おそらく所属する芸能事務所の方針だったのだろう。
だが、橋本竜生には我慢ならなかった。
イメージが固定され過ぎていて、他の役柄ができないというのは役者としては不満以外の何ものでもなかったからだ。
しかし、それは多くのヒーローものに出演した俳優が辿った道でもある。
ヒーロー役のみならず、清純派、悪役、真面目役、どれでも最初のイメージから脱却できずに消えていく役者は数多いのだ。
橋本竜生もその一人で、結果として彼は自分の固定されたイメージを破り切れず、自殺という道を選んだ。
役者として真摯な姿勢をもっていたからこその悲劇だったのかもしれない。
残された遺書には、「炸裂ファイターGAに出演したことがそもそもの間違いだった」、「蘭条友彦を憎んでいる」といった文言が遺されていたそうだ。
彼を愛していたからこそファンはその言葉を聞いて悲しんだ。
炸裂ファイターGAがシリーズ中興の祖と呼ばれるほどの面白さとカッコよさに反して、あまり話題に上がらないのはそのせいである。
……きっと橋本竜生は自殺したのち、息を引き取ったこの病院で霊となって徘徊していたのだろう。
彼の実家が近いこともあり、彼の家族もこの病院で亡くなっていることを考えると、当然なのかもしれない。
おそらく、普通ならばこのまま橋本竜生の霊は、現世への執着がなくなりひっそりと消えていくだけだったはずだ。
でも、違った。
ある男の子が入院してきたからだ。
幼い故に橋本竜生の死の経緯を知らず、ただ炸裂ファイターGAが好きで、蘭条友彦が大好きな男の子の想いが彼を実体化させた。
男の子にとっては真摯な、橋本竜生にとっては的外れな、そんなヒーロー愛が、彼を悪霊へと変えた。
自分が演じた蘭条友彦を憎んで死んだ橋本竜生にとって、彼を呼ぶ子供の純粋な想いには怒りしか感じなかったのだろう。
だから、勇太くんを襲った。
周囲にいる人間を眠らせてしまうような強力な妖気を放つほどの悪霊となって。
僕だって胸に張り付けたもう一枚の護符がなければ眠ってしまっていたかもしれない。
それほどまでの悪霊になるぐらい橋本竜生は、GAを憎んでいたのだろうか。
「……やめてほしいよね。一ファンからすると」
病室でたいしてない荷物の整理をしていると、声をかけられた。
振り向くと、勇太くんがいた。
「お兄ちゃん」
「やあ」
「……もう帰っちゃうの?」
「うん。手術は終わったし、傷も塞がったみたいだから」
実のところ、昨日気合いを入れすぎたせいで傷口が開きかけてあとで看護師さんに怒られた。
だから、退院が夕方近くまで伸びてしまったのだが、そんなことを勇太くんに言う必要はないね。
「そっか……。お兄ちゃんがいなくなると寂しいね」
「だね」
僕はちょっと目を見張った。
勇太くんの手にはGAの人形があったからだ。
あんなに嫌いかけていたGAなのに、どうして?
「GA、嫌いになったんじゃないの?」
すると、勇太くんはにっこり笑って、
「ううん。やっぱりGAも蘭条友彦もぼくは好き」
「どうして? なにかあったの?」
「―――夢でね、ぼくが悪いやつにおそわれていたら、蘭条友彦が助けてくれたの。悪いやつは蘭条友彦のニセモノだったんだ。本物が剣をもってきて、えいって悪いやつを倒してくれた。やっぱり蘭条友彦は正義の味方だったんだ!」
……ああ、なるほど。
昨日の僕の立ち回りを夢現状態で覚えていて、それを本物と偽物の蘭条友彦の戦いに無意識にすり替えてしまったのか。
だから、好悪が逆転して、再び勇太くんにとって蘭条友彦は憧れのヒーローに復帰したという訳だ。
納得いくし、ちょうどいい落としどころかな。
偶然とはいえいい感じにまとまったかもしれない。
「それでね……。聞きたいことがあるの」
「なんだい?」
「お兄ちゃんも助けに来てくれた? 夢の中にお兄ちゃんもいた気がするんだ」
子供らしい直球な質問だった。
もしかして、すべてわかっていっているのかもと穿って考えてしまうぐらいに。
まあ、五歳の男の子にそんなことはないか。
「いいや。僕はいっていない。でも、もしも君がまた悪いやつに襲われるようなことがあったら、僕はいつだって駆けつけるよ。―――蘭条友彦の代わりにね」
そうして、彼の頭を撫でて僕はバイバイをした。
バイバイが返ってくる。
ちょっと泣きそうだぞ、勇太くん。
「バイバイ、お兄ちゃん」
◇◆◇
ロビーにある受付で退院のための手続きをしていると、今度は名前を呼ばれた。
「京一! もう退院なのかい?」
「御子内さん」
振り向くと、いつもの巫女装束の美少女がいた。
周囲の注目浴びまくりだよ。
娯楽なんてない病院だから、その奇異さにすぐに人が集まってくる。
「どうしたの、こんなところに?」
「なんだい、なんだい、ボクに内緒で盲腸で入院していたのを気にしないでおいてあげたうえ、娑婆に出れたお祝いをしてあげようと待っていたのにご挨拶だね」
娑婆に出れたって……服役囚じゃないんだからさ。
「連絡しなかったのはゴメン。でも、御子内さんたちは再訓練中だったから、心配かけたくなくてさ」
「その心掛けは正しいね。だから、今回は気にしないでおいてあげよう」
「ありがとう」
「じゃあ、快気祝いにケーキバイキングでも行こうか!」
「いきなりそんなに食べられないよ」
「なんだい。ボクなんて最悪の深山幽谷に閉じ込められて一週間も精進料理とプロテインばかり食わされたせいで、色々と飢えているんだ。ケーキ、ステーキ、ラーメン、カレーライス、俗なものが死ぬほど食べたい!」
食欲旺盛すぎる巫女さんだ。
でも、この
その時、受付である名前が呼ばれた。
「
「ん、君を呼んでいるよ、京一」
「ちょっと待ってて」
僕は受付に行き、この間の保険なんかの話をしてくれた事務員さんに話しかけた。
「えっと、退院おめでとう」
「ありがとうございます」
「―――へえ、あなたって昔ここに入院してたんだ。入院歴があるって書類にあるわ。だから、わりと慣れていたんだね」
「ええ、十年ぐらい前に頭を強く打って脳震盪とか起こして」
「じゃあ、次にここにくるのは十年後ね」
「勘弁してください」
「ふふ。―――はい、これが書類の全部ね。可愛い巫女の彼女さんによろしく。これでしばらくは君の話題で持ちきりだね」
「そっちも勘弁してください」
「お大事に、ショウマくん」
ロビーで待っていてくれる御子内さんのところへ戻った。
「どうしたんだい? 涙が出ているよ」
僕は眼を擦った。
確かに涙が出ていた。
「別に。ゴミが入ったみたい。……あと、今は一人じゃないから、泣いたって別に構わないってことだと思う」
「―――? よくわからないことをいうね」
「うん。GAを視たことのない人にはわからない言葉だよね」
男は一人でいるときこそ泣いてはいけない。
大事な人を守れないから。
だから、泣くのは一人でなくなったときでないと。
「ボクがいない間、なにか変わったことはなかったかい?」
病院の出口を抜けたとき、御子内さんが何気なく聞いてきた。
普通の世間話だ。
僕はすぐに答えた。
「特に何もなかったよ。御子内さんの手が必要になるようなことは、なにも」
嘘偽りなく、僕はそう思っていた……。
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