第89話「少年と男の子の好きなもの」
翌日、僕は一階にあるという病院付属のコンビニで、適当な漫画雑誌を買った。
午後になれば家人の誰かが暇つぶし用の色々なものを持ってきてくれるだろうから、それまでのつなぎだ。
普段からわりと忙しなく動いているので、ずっとベッドに横になっているというのはとてもだるい。
それから、大勢の患者が集まっている談話スペースに陣取った。
見ると様々な病棟から暇な患者が流れてきているらしく、わりと混んでいる。
小さな子供もわずかながらいるが、ほとんどは高齢者だ。
僕と同い年ぐらいの子はいない。
こういう時、ドラマとかでは車椅子の内気な女の子と知り合ったりするのだが、そんなことはなさそうだった。
「……ファイター・アクト・バーン!」
昔、懐かしい掛け声が聞こえた。
僕の記憶にあるのは、炸裂ファイターGAが専用のカードをベルトのスリットに入れる時のものだった。
それをすることによって、カード―――〈パークサイト〉の力がファイターの前進に漲り、必殺のキックが放てるようになるのだ。
第三クールの最後にGAが身につけた技なので、かなり強力な幹部怪人を撃破してきた印象がある。
でも、GAってファイターのシリーズの中でも随分と昔だよねえ。
長年続いているシリーズだけど、GAは中興の祖扱いで、最近はあまり名前を聞かなくなっていた。
「ファイター・アタッッッッック!」
そうそう、アクト・バーンからのファイター・アタック。
これがGAの最強のコンボ。
最終回だって強化したファイター・アタックで決めたんだ。
しかもそれまで使っていた最強フォームが使えなくなって、仲間もみんないない敵の空間の中での孤立無援、絶体絶命の状態での逆転劇。
燃えたなあ。
「―――
これがファイターシリーズでは珍しい、怪人を倒した後の決めセリフだ。
懐かしくなって振り向くと、一つ隣りのソファーで男の子がGAの人形を片手に遊んでいた。
敵の怪人役は、別の作品の怪獣だったけど、そこはキャスト不足だったのだろう。
ご愛敬だね。
しばらく、人形遊びに熱中している男の子を見ていた。
多分、五歳から六歳。
小学生ではなさそう。
青いパジャマを着ているちょっと大人しそうな子だった。
でも、ヒーローごっこに熱中している以上、見かけよりは元気なタイプだろう。
「……GAはカッコいいよね」
思わず話しかけてしまった。
少しびっくりした顔のあと、男の子は朗らかに頷いた。
同意、ということだろう。
「お兄ちゃん、GAってわかるの?」
「普通はわかるよ」
「えー、ぼくのお父さんとか全然だよ」
「お父さんの年齢はどのぐらい?」
「えっと三十歳ぐらい」
「だったら、平成のファイターシリーズを見てないんじゃないかな。きっと、もっと以前のものならわかるよ」
「うん。そうだね。ブルーマンとかは知っているから」
男の子の手元のGAを見て、
「でも、珍しいね。君ぐらいだと、一番新しいファイターの……えっと
「ぼく、槍牙は好きじゃないんだ。視てはいるけどね。それよりも、DVDで観たGAの方がずっと好き」
元気に断定すると、男の子はGAのいいところとそれに比べて槍牙のよくないところを話し出した。
意外とマニアックな視点の持ち主の子で、将来がちょっと心配になるぐらいだった。
とはいえ、僕にとっては納得できる論拠ばかりだった。
曰く、GAは基本的にキックが多く、旧作リスペクトがされているのに、槍牙は武器ばかりでダサい。
曰く、GAは一人になっても戦うけれど、槍牙は仲間が来ないと戦おうとすらしないのが嫌だ。
曰く、GAは最強フォームが本当に最強だけど、槍牙は今の放送の段階でも強そうに見えない。
等々……。
あまりに熱い語りが続くので、普通の人ならば閉口するところなんだけど、僕にとってはなんの苦痛も感じない。
僕もGAの世代だったし、今でも大好きなファイターなのだから。
「君もファイターが好きなんだね」
「ぼくも。お兄ちゃんと一緒だよ」
「そうだね」
僕は手を差し伸べて、男の子の頭を撫でた。
炸裂ファイターGAこと蘭条友彦がよく子供たちにする仕草だった。
男の子も嬉しそうだった。
それから、しばらく話し合った。
僕らは名前を名乗り合い、男の子が高橋勇太くんだということも知った。
この年頃にして、もう一年以上入院しているらしい。
生まれつき、特殊な貧血の症状を抱えていて、骨髄の異常で体中に酸素を送る赤血球を作れないらしい。
数ヶ月に一度、入院して輸血を受けないと貧血が進み、命の危険があるっぽい。
だから、まだ小学校にも入っていないのに、別の病院で入退院を繰り返し、人生の五分の一を病院で過ごしてきたという。
しかも、完治するには骨髄移植しかないという話だ。
ただ、最近、適合するドナーが見つかってそろそろ手術に入れそうだということも教えてくれた。
その手術のために一週間前からここに転院して入院しているんだそうだ。
ただ、そんな勇太くんを支えていてくれているのが、炸裂ファイター、特にGAのDVDを観る事らしかった。
僕は彼を可哀想だとは感じたが、同時にヒーローを支えにして元気に生きているこの子のことを格好いいと思った。
悪の怪人と戦う訳じゃないけれど、一人で孤独に戦う彼は精神的な意味でヒーローに近い人種なのかもしれない。
そう言うと、なんか照れていた。
男の子って意外と照れ屋が多いんだよね。
僕もよく知っている。
「……お兄ちゃん、やめてよ~」
「なんの、僕はヒーローを鑑定することに関しては目利きだという自信があるんだ」
すぐそばに結構本物のヒーローみたいな女の子たちもいるしね。
「ホント?」
「嘘と坊主の頭は結ったことがないね」
「……?」
「とにかく、僕のヒーロー発見能力は、勇太くんという新しいヒーローを見逃さなかったということさ」
勇太くんはにへらと複雑な笑みを浮かべた。
子供心にも相当照れくさいのだろう。
御子内さんなんかこのあたりですぐに胸を張ってうんうんと頷くぐらいに自信満々なので、随分と新鮮だった。
そうして、僕らは別れた。
明日の手術が終わったあと、明後日にまたここでGAの話をしようと約束して。
ただ、そのとき、彼が妙なことを口走ったのが気になった。
「……内緒だけど、お兄ちゃんにだけ教えてあげる。
子供の見間違いだろうと僕は思った。
でも、探しに来たお母さんに連れられて行く勇太くんには言えなかった。
炸裂ファイターGA、蘭条友彦を演じた俳優である
だから、彼を勇太くんが目撃することはあり得ないはずだった。
◇◆◇
この病院内には噂があった。
人の生死がかかった施設には必ずありうる、幽霊の噂だった。
とはいえ、どこにでもあるレベルの、ありふれたどうでもいい内容の、よほどの怖がり以外には無視されてしまう程度のものだった。
ある時期までは。
だが、噂は変貌した。
うっすらとした幽霊の姿が次第に色濃く、形のあるものに変わり、無害だった存在が患者を脅かすようになっていった。
ある老婆は、夜中に目を覚ましトイレに行こうとした時、その男を見た。
ギラギラとした眼光をもち、闇夜を睨みつける男を。
悲鳴をあげようとしたとき、いきなり片手で口を押さえつけられた。
『俺を呼んだのは、おまえか……?』
首を振ったが、あまりの力の強さにほとんど動かせなかった。
それでも真意は伝わったらしい。
涙目で訴えたのも助かった原因かもしれない。
『……ならいい。いいか。俺を呼ぶな、俺に期待するな、俺を信じるな』
男が何を言っているか、老婆にはわからなかった。
だが、鬼気迫る怨念のような呟きだけははっきりと耳に残った。
『俺はヒーローなんかじゃない。俺は正義の味方じゃない。俺はおまえらの期待には応えない。俺は誰も救わない。俺は玩具なんかじゃない……』
そして、最後に老婆の目の前で霞のように消えていき、
『俺は炸裂ファイターなんかじゃない……』
と、怨嗟を発し続けていた……。
数時間後、老婆は非常に衰弱した状態のまま見廻りの看護師によって発見された。
その原因は医師にも突き止められなかったのである。
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