第88話「京一と祟りの親和関係について」
結果として、僕はお腹の中の盲腸が破裂寸前となっていたことから、緊急入院して二日後には手術ということになった。
その間、痛みは薬で散らしておくということだ。
翌日でも良かったのだが、病院側が何やら立て込んでいて手術室が用意できなかったらしい。
僕の担当になってくれた看護師のお姉さんが、彼女のせいでもないのに謝ってくれた。
「でも、入院中の快適な生活は保障してあげるから」
「……よろしくお願いします」
夏休みの一週間を入院して過ごすとなると、それだけで快適さはなくなる気がしなくもない。
もっとも、運がいいことにここしばらくは大して用事もないし、バイトも入れていないので他人に迷惑をかけることはないのは良かった。
「可愛い妹さんで嬉しいでしょ? お兄さん」
「そうですね。生意気なのが困りますけど」
「……ふーん、即答しちゃうんだ。君は変わった男の子だね」
看護師さんは変な笑いを浮かべていた。
年上の酸いも甘いも噛み分けた人にはなにか思うところがあるのかもしれない。
僕としては普通に応えただけなのにね。
「さて、明日一日が空いちゃったけど、ついでだから検査でもする? 歯科検診とかなら捻じ込めるわよ」
「……病院内の探検でもしています。術後はしばらく動けないでしょうし」
「一階のフロアーにコンビニが入っているから、そこに雑誌とか売っているので買ったらどう」
「そうします」
「彼女には連絡したの? 盲腸で入院しているって」
彼女ではないけれど、連絡しておいたほうがいいのは御子内さんぐらいのものか。
高校の友達は別に構わないけれど、突発的な妖怪退治とかがあったら彼女が困るだろうし……
と思ったが、考え直した。
今日から彼女は退魔巫女の修行場に鍛錬にいっているはずだった。
親友の音子さんやレイさんと示し合わせて、一週間ほどの再訓練を申し出たのだ。
長期の休み期間でなければできないということで、その間は妖怪退治はなしということに決まったはずだ。
確か、みんながいない間に事件が起きた時は……。
「あー、京一さん、みつけましたよー」
能天気な声が聞こえてきた。
病室の出入り口のところに見覚えのあるツインミニョンの髪型、スカスカの胸元とミニスカの巫女装束、白いニーソックスの少女が手を振っていた。
まったくもって病院には似合わない。
御子内さんたちの後輩の
「グレート・或子先輩の代わりにお見舞いにきましたー」
相変わらずの呑気な喋り方だった。
涼花よりも年下らしいので、なんとなく子ども扱いしてしまいそうになる。
「あ、僕の入院のことは……」
「先輩方にはこのことは伝えてませんよー。みなさんには再訓練に集中してもらいたいんでー」
「ありがとうね」
親しげに話しかけてきた熊埜御堂さんのコスプレめいた格好に、さすがの看護師さんも戸惑ったらしく、眼で挨拶をするとそのまま出ていった。
また後で、ということらしい。
僕としても好都合だった。
入院中の逃げられない状況で、ミニスカの巫女が話しかけてくるというシチュエーションはさすがに奇異だろうとはわかっていたし。
「盲腸って痛いもんなんですかー?」
「僕は気絶しちゃったぐらいだよ」
「へー。それは、あれですね。ファィヤーレイ先輩のアイアンクローを喰らったときぐらいに痛いんでしょうねー」
かつてのことを思い出したのか、ブルブルと震えだす熊埜御堂さん。
どうやら実体験らしい。
〈神腕〉のレイさんのアイアンクローをまともに喰らえば気絶してもおかしくはないだろうし。
「一応、京一さんにはうちの社務所から見舞金がでるっぽいですよー。ここの検査についても、いくらか補助がでるらしくてー」
熊埜御堂さんが背負っていたランドセルみたいなカバンから、書類の束を出した。
名前を書けばいいぐらいに整った書類で、彼女の言う通りに入院費へも三割ほど補助が出るらしい。
何だか知らないけれどいたれりつくせりだね。
「なんだか待遇がいいね」
「そうですねー。京一さんの入院ってことでもしかしたら祟りの可能性もありましたからー」
「……祟り?」
「はーい、祟りデース」
なんというか聞き逃せない単語だった。
祟りというと嫌な予感しかしない。
「祟りってどういうこと?」
「えーとですねー。私たちって主な敵が妖怪じゃないですかー。そうするとですね、たまーに関係者が祟られちゃったりすることがあるんですよー」
「……初耳なんだけど」
「そりゃあそうですよー。平成になってからは祟りで死んだ巫女も禰宜もいませんからねー。でも、昭和の初期にはよくあったらしいです」
「祟りにあうと、どうなるの?」
「あー、死んじゃいまーす」
うわ、マジですか。
妖怪退治に付き合うということは、そういうリスクがあるのか。
ない訳はないと思っていたけれど、やっぱりねという感じだった。
祟り……か。
「で、祟りの可能性があったということなの?」
「そうですねー。私たちも協力者が祟りで亡くなったりすると大変困るので、こういう緊急入院とかは早めに対処しますし、定期的な検診も積極的に推奨したりしていまーす。先輩方も半年に一度は検診してますし、再訓練のときにもやっていると思いますよー」
「そうだったんだ」
「今回のことで、京一さんも定期検診が義務付けられるになると思いますー。福利厚生の一環でーす」
いつも思うけど、妙な組織だよね、退魔巫女たちの所属する社務所って。
「で、僕は大丈夫だったの?」
「はい、特に」
いったい、どんな検査をしたのか聞いてみたいところだった。
ただ、まあ祟りの恐れがないのはいいことだ。
怖がって損した感じ。
「……いや、まあ、何があっても退魔巫女がいるしね」
「はい、或子先輩の代わりに私がお助けしますよー。まかせてくださーい」
「入院中に幽霊でも出たら頼むね」
「おーけーですよー」
左手で間違った敬礼をしてから、少しだけ熊埜御堂さんが首をひねった。
「この病院もちょっと幽霊がいる気配はありますからねー。この手の施設にはつきもののアクセサリーですけど」
「いるの?」
「いますねー」
「危なくない?」
「幽霊なんて、ぶって殴って蹴れば消えちゃいますよー。あと、関節を極めてしまえばイチコロですよー」
「それに、京一さんも幽霊ぐらいは『視える』ようになっていると聞いていますよー。見つけたら逃げてしまえばいいんです。いざとなったら、私も実家で待機していますしねー」
「……君らって揃って実家暮らしなのね」
まあ、幽霊なんかは何度も遭遇したことあるし、今となっては大して怖い存在でもないし、別にいいか。
この病院はそれなりに大きいだけあって、幽霊の一体や二体いてもおかしくはないから、用心だけはしておこう。
僕って予想以上にオカルトに対して耐性がついているみたいだ。
「―――それでは私は帰りますねー」
それから少しだけ話をして、熊埜御堂さんは去っていった。
周囲がざわついていたので、見渡してみると、患者や職員、看護師たち数人がこちらを覗いていた。
僕が見ると顔をひっこめるか、目を逸らす。
おかげでどういうことかわかった。
(ミニスカの巫女なんかが見舞いに来ればこういう反応になるかもね)
御子内さんたちと付き合うとよくある反応なんだけれど、入院した初日からこの感じだと逃げられないだけあって先が思いやられる。
とはいえ、あと一週間ぐらいはどこにもいけないんだから我慢するしかないか。
こうして、盲腸になった僕の入院生活が始まったのである。
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