第81話「海は地獄だ」



 水戸駅で乗り換えてから、さらに僕たちは目的地へと向かった。

 二人の巫女レスラーは黙っていれば美人なので、周囲の注目(僕へはやっかみ)を浴びながら、それほど大きくない駅に降り立つ。

 ○×海水浴場という看板があるので普段は観光地なのだろう。

 ただ、海開きが始まっているにしては人が少ない。


「それほど有名な海水浴場じゃねえんだ。プライベートビーチよりはちぃとマシ程度だな」

「へえ」

「さすがにシーズンの掻き入れ時は海の家もできるが、一軒か二軒ほど。ま、今回は、〈手長〉の噂もあるし、例の事故の影響で人が少ないんだろう。こっちでも止めているしな。流出した重油はともかく、妖怪の方は早く退治しちまわねえと地元が干上がっちまう」

「それは深刻だな」

「このあたりだって、まだ震災からの復興で大変なんだぜ。これからってところさ」


 僕たちは人のまばらな駅に降りて、バスロータリーに出た。

 一時間に一本ぐらいの路線らしい。

 さすがに田舎だよね。


「ああああああ! おまえまで!」


 すると、隣にいた御子内さんが素っ頓狂な声を上げた。

 指さした先には……


ビエンベニードスBienvenidos……」


 ようこそ退魔巫女御一行様という旗を掲げた神宮女音子さんがにこりともせずに立っていた。

 ちなみにいつもの覆面をつけてはいるが、肩を丸出しにした黄色いサマーセーターと生足を強調するためだけ用途しかなさそうな短パンという扇情的な格好である。

 ちなみに僕の見たところ、スタイルでいうとスリムなモデル体型な音子さん、ナイスバデーなのがレイさん、全体的にバランスがいいのは御子内さんという感じ。

 

「なんで、音子がここにいるんだい!? これはボクとレイの案件なんだよ! サボテン女はお呼びじゃない!」


 メキシコ好きだからサボテンか。

 さっきのレイさんに対してのものもそうだが、御子内さんは悪口のチョイスのセンスがよろしくない。

 

「よお、音子。おまえまで八咫烏に呼ばれたのかよ?」

「ノ。あたしは海水浴に来ただけ」


 そういって、御子内さん同様に海水浴セットを掲げる。

 隣にある旅行鞄と別になっているところからして、やはり御子内さんと親友なんだなとよくわかった。

 この辺の発想が変わらないところとか。


「ふふ、残念だったな。この海水浴場は例の事故の影響で泳ぐことができないんだよ。まったくいい歳をしてそんな海水浴セットまで用意してはしゃいじゃって、キミはなんて子供なんだろうね!」


 ついさっき仕入れた知識を使って自分を棚に上げて勝ち誇る、我らのチャンピオン。

 自分だって似たようなものを用意していたくせに。


「ついてきて」


 勝利宣言をだしたからか気分のいい御子内さんと僕たちを連れて、駅から少し離れた場所に音子さんが行く。

 そこは少し高台になっていて、白い砂浜と青い海原が見渡せた。

 少し遠くに岩場があったりして、なかなか気持ちのいい光景だった。

 人もいることはいるが、まばらにしかいないし、明るい太陽の日差しが心地いい。

 だけど、泳いでいる人がいるという事実の方が大切だった。


「なん……だと……」


 その事実に気がつき、御子内さんが愕然と呟く。

 まさかの展開だ。


「なぜ、泳いでいる人たちがいるんだい!?」


 すると、いつのまにか後ろに回り込んでいた音子さんが、


「……ふふふ、今日から遊泳禁止が解除されたの。楽しい時間が始まるの」

「ま、待て、ボクたちは仕事に来たのだし、―――それにどうして、音子がここにいるのかの弁明を聞いていないぞ!」

「答えは簡単。京いっちゃんに誘われたから」

「なんだと! こら、京一! キミ、裏切ったな! ボクの期待を裏切ったな!」


 いきなり、とんでもない濡れ衣を着せられた。

 別に僕は音子さんを呼んだりはしていないのに!

 だが、音子さんはスマホの画面を僕たちに見せつけてきた。

 そこには、僕が彼女にだしたライントークがキャプられていた。

 確かに御子内さんの水着を買いにいったときに、そんな話題を出した気がする。

 だからといって、それでやってくるなんて行動力がありすぎでしょ!

 どんだけ親友たちと遊びたいんだ、この女性ひとは。


「まあ、音子がいればいざという時も安心だからいいんじゃね? ……他につれてきていないのか、てんとかヨーコとか。あと、八咫烏はどうした?」


 レイさんがいいタイミングで割って入る。

 いつもはヤンキー感丸出しだが、面倒見のいい人なのだ。

 今回もテンパりつつある御子内さんへの助け舟だろう。


「他は呼んでない。八咫烏については、有耶無耶いうためにスタンバッてるから来れない」

「そうか。やっぱり〈手長〉と〈足長〉なのかよ」

「シィ。頑張って」

「おめえはやんねえのか?」

「応援をガンバル」


 無口なくせに意外と自己主張が強い音子さんは、サボって遊ぶ気満々だ。

 手伝う気もなさそうだった。

 呆れたようなレイさんとプンプンとふくれっ面をしている御子内さんとの対比が凄いことになっている。


「じゃあ、本日の宿に案内するからついてきて」


 それなのに、場の空気も読まずに案内をはじめる音子さんマジパねえ。

 もうチェックインとか済ませて僕らの到着を待っていたらしいし。


「まったく、どいつもこいつも勝手ばかりしてくれちゃってさ……」


 御子内さんの不機嫌そうな声だけが静かな海の街に流れるのであった……。



       ◇◆◇



「妖怪は深夜から明け方にかけてでる。だから、アルっちたちの出番はそこから」

「……〈護摩台〉はどうするんだい?」

「さっきの海岸に昼過ぎから資材が搬入されるので、そこから京いっちゃんに頑張ってもらう」

「オレらは手伝わなくていいのか?」

「あたしたちは水着で京いっちゃんを悩殺。―――もとい、泳いで待つ」


 ……とりあえず手伝う気はないんだね。


「いやいや、たまにはボクらも手伝わないと」

「それはダメ。京いっちゃんが前かがみで立てなくなるから」

「……?」

「ただの嫌がらせだよね、それ!」


 旅館で昼食を囲みながら、今後の方針について話をしていると、相変わらず巫女レスラーたちは人の三倍は食べる。

 ちなみに成人男性の三倍ぐらいなので、だいたい僕の五倍前後だ。

 毎食、五杯はおかわりするし、お茶もたらふく飲む。

 特別に用意されたらしい、大量の刺身ご膳が瞬く間に消費されていくのは圧巻である。

 僕たちはまだ未成年だからいいが、この人たちが酒を嗜む年齢になったら、どんな阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるか怖くて仕方がない。


「……しかし、ひたちなか市の方はまだ遊泳禁止なんだな」

「まあ、岸に重油が流れ着いている状況では難しいよ」


 ここは潮の影響と地形の影響でたまたま被害がないらしく、遊泳禁止は解除されていたが、他はまだ被害が甚大らしい。


「国は何をしているんだろうね」

「まだ、有効な対策は出ていないって話だぜ。チバテレビでやっていたな」

「……予備費とかですぐに対策できないものなのかな?」


 僕が聞くと、レイさんが腕を組んで、


「ああいうのは申請してからでも時間がかかるもんだし。突発的な事態に対してはなかなか腰を上げられねえもんなんだよ。震災の時もそうだが、復旧のための予算はばかにならねえ額になるしな」

「あとでそのタンカーの所有者だか、会社だかに請求するのはどう?」

「パナマ船籍という話だろ? あそこの船籍にして税制の免除を受けているような会社はやっぱりこういうときにもまともな保険にはいっていないもんらしいよ。莫大な額になるから計画倒産して逃げたりしてね」

「はあ、沈んだ船をサルベージしたり、どこかへ移動したりするだけでもどれだけ時間と費用がかかるかわからないみたいだし、ほとんど被害にあった地元が泣き寝入りということになるんだ……」


 海の事故というのはそういう厄介さがある。

 今回だって、重油が流出したことの被害はモロに漁民や養殖業者が受けることになるし、まったくいいことはなにもないね。


「……〈手長〉と〈足長〉もそのせいで暴れ出したのかな」

「よくはわからない。目撃例と事故の時期が一致するから、関係なくはないだろうが」

「震災のときも大変だったよね」

「あのとき、何かあったの?」


 僕が聞くと、御子内さんが応えた。


「まだ、ボクたちは見習いだったんだけどね。あの震災のせいで、東北の妖怪たちの勢力図がだいぶ変化したらしくて、各地で事件が発生しまくったんだよ。ボクたちも何度か駆り出されたかな。人手不足のおかげで範士役の退魔巫女も出払ってしまったから、外部から講師を招いたりしたりもしたし。―――このあいだの美厳とかはその時に臨時範士としてやってきたんだ」


 ああ、その時からの知り合いなのか。

 繋がりがようやくわかったよ。

 しかし、なるほどという感じだ。

 あの震災の爪痕は妖怪の世界にまで及んでいたということがわかった。


「あん時の範士不足が、或子みてえなトンチンカンなのを量産する結果になったんだがよ」


 レイさんが上品にお茶を飲みながら愚痴る。

 そういう貴女もかなりのイロモノですけどね。


「うるさいなあ。前からレイはそればかりだ」

「おまえの被害をこうむったのはオレばかりじゃねえぞ。同期はおろか後輩連中だってモロに打撃を受けてっからな。忘れんな、爆弾小僧」

「シィ」

「そ、そんなことはどうでもいいんだよ。さ、さあ、着替えようか! 海がボクたちを待っているよ!」


 二対一になりかけたのを嫌ったのか、そそくさと立ちあがる。

 僕を睨みつけて、


「京一はさっさと部屋に戻るんだね。ここでは乙女の着替えが始まるんだから」

「京いっちゃん、見たいの?」


 見たくない訳ではないけれど、TPOを弁えた僕はさっさと退散することにした。

 僕も着替えなくてはならないし。


 ……作業用のツナギにね。


 はあ、僕だけがこの陽気な中でリングの設置かあ。

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