第80話「巫女さん凸凹道中」



 柏で停車していた特急に乗り、僕らに合流してきたのは、レースのついた幅広の白い帽子と、肩が露出していて動きやすそうな以外は地味だが清楚なイメージのワンピース、花の形のバックルや竹で編まれたカバンが一々お嬢様っぽい女の子だった。

 四人掛けの指定席に大きなカートを引いてきた彼女は、僕らを見て微笑む。

 よく知った顔だった。

 御子内さんの手からコーヒーのボトルが落下する。

 瞳孔が開きかけていた。


「ちょっと待てぇぇぇぇい!!」

「御子内さん、ツッコミがAKBの高橋みなみみたいになっているよ」


 僕の冷静な分析は彼女の耳には届かなかったらしい。

 立ち上がって、お嬢様そのものの服装をした人物の頬を両方の指でつねった。


「キミ、本当にレイか? レイなのか? まさか双子の妹かなにかなのではないのか!」

「やめろ、或子! いきなり何をするんだ!」


 頬をつねられたお嬢様―――その格好には驚きだが紛れもなく本物の明王殿レイさんは、邪魔そうに御子内さんを振りほどこうとする。

 だが、興奮しきった御子内さんは一向にどこうとはしない。

 仕方ないので、後ろから抱え上げて、僕の隣に放り捨てた。

 これで席が確保されたとみたか、ようやくレイさんが僕たちの対面に腰掛ける。

 すでに特急は走り出していた。


「……酷いやつだな、いきなり乙女の頬をつねるとは」

「何が乙女だい!? レイ、キミがそんな格好をしてやってくる方が悪いんだよ。だいたい、なんだい、その高原の避暑地で風と戯れるお嬢様みたいな服装は!」

「似合わないか……?」


 レイさんは白いワンピースの裾を摘まみながら、上目遣いに僕を見て確認をとるように聞いてきた。

 彼女なりに似合っているかどうか気になっていたのだろう。

 だから、僕は正直に言った。


「驚きました。日本にどれだけ深窓の令嬢がいるかはわかりませんけど、レイさんほどその格好が似合う人はあまりいないと思います。綺麗です」

「そうか! ―――ああ、そうだよな! ちょっと頑張って選んでみた甲斐があるぜ!」


 パッと花が咲くような笑顔だった。

 紅い薔薇のように強烈で派手な美貌の彼女にしては、とても素朴でまるで向日葵のような笑顔であった。

 百獣の王ヒマワリといった感じだ。

 少し見惚れてしまった。

 だが、そんな彼女の笑顔を許さない人もいる。

 僕の隣でむくれていた巫女レスラーである。


「……ぬかったよ。まさか、レイまでがこのような絡み方をしてくるとはね。ボクとしたことが甘かった」

「何がなの? 別に夏休みに友達と旅行に行くんだから、お洒落したって問題ないじゃない? ああ、御子内さんはいつものデニムのジーンズとTシャツとサマーカーディガンだから差がついたと思っているのかな?」

「ボ、ボクのスタイルはどうでもいいんだよ、ボクのは! 問題なのは、レイの方だよ! 夜のコンビニにたむろっているヤンキーのような普段の格好ではなく、どうしてそんな男の夢そのものみたいな白いワンピースを着ているんだい! レイなんて名前だって南斗水鳥拳よりもラムちゃんの許嫁の方がしっくりくるぐらいのキミに似合うのは、廣島連合か武装戦線の特攻服みたいなのであってまかり間違ってもそんな……」


 驚きのあまりに支離滅裂になりかけている。

 いつもがさつなファッションばかりの類友だと思っていた相手が、予想外のガーリーなファッションで決めてきたから焦っているのだろう。

 女の子同士というものは複雑な関係が多いが、オシャレで負けるというのはなかなか認められないものなのかもしれない。

 すると、あまりに御子内さんが動転しているせいか、レイさんの方が余裕を持ち始めた。


「いいだろ、別に。オレがお洒落をすることをおまえに許可だされる必要はないしよ。なあ、京一くん? そんなの、他人に言われるものでもないよな」

「そうですね。女の子の特権みたいなものですよね」

「だろ? 或子も文句があるなら決めてくればよかったんだ。いつも、近くにいるから余裕ぶっこいて努力を怠るから差をつけられるのさ、このオレ程度にすらな」

「余裕ぶっこいてなどいないぞ!」

「どうだか」


 なんだか知らないが、突っかかっていた御子内さんがいつのまにか劣勢になっていた。

 二人の女の子の間でなんらかの雌雄を決することがあったのかもしれない。

 おかげでさっきまで無意味にレイさんに絡んでいた御子内さんが大人しくなった。


「……それにしたって、海水浴に行くのに、それはなんだい? 山に行く格好じゃないのか?」


 それでもまだネチネチ絡むのが、機嫌の悪い時の御子内或子である。

 だが、それに対して、レイさんは首をかしげた。


「待てよ。おまえ、もしかして泳ぐ気だったのか?」

「―――どういうことだい? 現場は大洗の傍なのだろ? もう海開きは始まっている季節だし、泳がずにはいられないだろう。ほら、これを見たまえ」


 そういって、海水浴セットを手にする。

 普通の着替えとは別のビニールカバンにまとめている限り、どれだけ御子内さんが泳ぐのを楽しみにしていたかが想像がつく。

 実のところ、僕はそれが無駄になるのではないかと危惧していたのだけれど。


「おい、京一くん。こいつは何を言っているんだ?」

「御子内さん、あまりニュースとか見ないもので……」

「それにしたって……なあ。あれだけ、報道していたのに知らないのかよ。もしかして、茨城の話に興味ないのか?」

「いや、たぶん、メインが福島だったから頭にはいっていないのかも」


 僕たちがひそひそと内緒話を始めたのが気に入らないのか、不機嫌になる御子内さん。


「なんだい、なんだい、感じが悪いね。ボクに隠し事をするなんて、キミらも本当にいい度胸だ」

「おい、或子」

「なんだい、見せかけお嬢様」

「おまえ、ニュース視たり新聞読んだりしねえの?」

「……失敬だな。レイみたいなヤンキーでさえ知っている世事のことなど、ボクが知らない訳ないだろ」

「おまえもたいがい失敬だがよ。じゃあ、福島を出航して海上で火災を起こしたパナマ船籍のタンカーのことはどうだ?」


 御子内さんは少し考え、


「知っているよ。重油が漏れて大変だったというものだろ。二週間ほど前だったかな」

「それが色々と事情があって、転覆したのは茨城県沖だということと、重油が流れ着いたのが大洗の目と鼻の先のひたちなか市あたりってことは?」

「ん? どうして福島の話が茨城に結びつくんだい? おかしくないか?」

「おい。―――茨城の隣の県はなんだ?」

「福井だろ」

「福井は北陸だ! おまえ、関東以外の地名、ほとんどわかっていないな!」

「……御子内さん。福島は東日本大震災の被害を受けていたよね」

「はっ!」


 あ、忘れていたな。

 御子内さんの弱点の一つに、地理に疎いというものがある。

 関東以外の県の場所をほとんどわかっていないのだ。

「名古屋県」とか「仙台県」とかを平気で口にするところがある。

 通っている武蔵立川が進学校なのに、どうしてこうなのか不思議なところだ。

 しかも、学校での成績は上位なんだよな……。


「そっか、迂闊だったよ。茨城の横は福島なんだよな……」


 地図を読めない女の子なんだね、君は。


「じゃあ、もしかして……」

「ああ、その流出した重油が流れついたのが今回の現場なんだぜ。だから、場所によっては泳ぐことなんてできねえ」

「そんな―――」


 がくっと凹む、御子内さん。

 勘違いしていたとはいえ、ずっと楽しみにしていたんだろう。


「でも、場所によっては、だからね。現地で確認してみて、そんなに酷くないようなら海で遊ぼうよ。―――ねえ、レイさん?」

「まあ。あまり凹むよ。あんなことを言ったが、オレだって、ほら、水着は持ってきているしさ」


 そういって、カート付きのケースからレイさんがお洒落な布を取り出した。


「……うん、うん」


 親友の慰めが効いたのか、少し回復する御子内さん。

 いつものリングの上での凛々しさがほとんどないけれど、こういう落ち込んだ彼女も可愛いな。


「―――でも、海がそんな様子だと、今回の妖怪ってそれが原因なのかな?」


 いい加減に話題を変えようと僕が口にすると、さすがに退魔巫女たちは本職なのでお仕事モードに入った。


「おう。……言ってなかったが、もう三人も死人がでていることもあって、八咫烏が先行して様子を見ている」

「八咫烏が? それはまたなんで?」

「なるほど、やっぱりそうなのかい」


 あの喋るカラスの使い魔がどうして、という僕の疑問に対して、御子内さんは思うところがあるらしく頷いていた。


「……おそらく、今までに入ってきた情報をすべて総合すると、今回のオレらの相手は〈手長〉と〈足長〉だ」

「ボクをヘルプに呼んだのは、やはりそういうことか?」

「ああ。オレとおまえの、久しぶりのタッグマッチという訳さ」


 ―――御子内或子と明王殿レイの二人が組む。

 そのことに心が躍らないはずがなく、彼女らの敵となるだろう妖怪がちょっと可哀想になるぐらいであった。



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