ー第10試合 平成抜剣業ー
第65話「武蔵野の剣士」
ネットオークションで、榊原真弓は面白そうなものを見つけていた。
〈各種模造刀二十本(錆びついたものあり。刃がついたものなし。鞘が抜けないものあり)一万円から〉
という出品だったので、あまり考えずに入札に加わった。
一万円からという値段には少し考えたが、二十振りもの模造刀が手に入れば、色々と使い道はある。
趣味で参加している舞台演劇の小道具としても使えるが、最も大きな理由としては最近彼女がハマっている「有名な刀が擬人化して魔物と戦う」ゲームのコスプレに使えないかというものだった。
すでに彼女の部屋はその手の衣装で埋め尽くされているので、落札出来たらかなり邪魔になるとは思われたが、いざとなったら車で二十分ほどの実家の蔵にぶちこんでしまえばいいだけのことだ。
実家の農家は兄が継ぐことになっているので、娘は早々に追い出されたが、荷物ぐらいは預かってもらえるだろうし。
他のマニアやらと競ることになるだろうと思っていたが、拍子抜けするぐらいに簡単に落札できた。
落札価格は二万円。
まともに一振りの新品を買うよりははるかに安い。
入金してからしばらくして、冷蔵庫でも入りそうな段ボールに梱包された二十振りが届けられた。
中身は予想通りだった。
一応、オークションに掛けたということで一本一本がプチプチシートに巻かれていたが、その上からガムテープを貼っただけの雑な梱包だ。
丁寧とは程遠い。
ただ、数は二十三あり、ある意味ではお得な買い物かもしれなかった。
長年放置されていたものを集めて売りに出したという感じがプンプンするが、一つ二つ梱包を解いてみると意外と良かった。
日本刀、というのがよくわかるものばかりだ。
試しに一振りを鞘から抜いてみると、ずっしりとくるぐらいに重かったが、刃の方はしっかりとしていた。
錆びついているということだったが、ざっと見渡した限りではそこまで状態の悪いものは一つぐらいしか見当たらない。
とりあえずそれは後回しにするということで、真弓は他をあたってみた。
模造刀というだけあって、一目でわかるレベルのチャチな造りのものもあったが、全体的には悪くない。
これで二万円というのは破格だ。
とはいえ、真弓はゲームが好きなだけで本当に鑑定眼があるわけではないから、その名前まではわからない。
あとで色々と調べてみて、もし有名なもののもレプリカがあったら、それを軸に次のコスプレを考えようなどと考えていた。
大量に用意したティッシュペーパーで鞘の表面の汚れや柄や柄頭の埃を拭き取る。
それにしてもどういう出品者なんだろう。
真弓は首をひねった。
出品者したものの顔がまったく見えてこない。
模造刀二十三振りをまとめて売りに出すという行為は極めて珍しいことだ。
段ボールの下に敷いてあったのはスポーツ新聞だったが、つい一ヶ月ほどのものでありふれた品だ。
そこで、出品者のページを見ると、わけのわからないものをセットで売ることが多いようだった。
レコード何百枚詰め合わせとか、漫画本セットで百冊とか、だ。
「おそらく業者かな」
真弓はそう結論付けた。
清掃業者とかが潰れそうになった芝居小屋とかから集めたものを売りに出しているのだろうと。
粗大ゴミを二万円で引き取ってもらえるのならバンバンザイだろうし。
「まあ、私には関係ないか。あ、これニッカリ青江っぽい」
少しだけ浮かんだ疑問をすべて忘れて、真弓はお宝をほんわかしながら整頓していた。
そして、最後に段ボールの下に残ったのが、プチプチの上からでも状態が悪いとわかる品だった。
そっと取り上げてみて、ガムテープを剥がす。
やはり汚れがひどい。
柄巻きなんて雑巾のようだ。
鞘の下端部にある金具のこじりは欠けていて、下緒を通す栗型も割れている。
他のものと違い、完全にボロボロだ。
この様子では刃も酷いものだろうと鞘走らせてみると、なんと思った以上に状態がいい。
鎬造りで腰反りも高く、いかにも刀という様子だ。
「なんかおかしいな」
だが、真弓もすぐに異変に気がついた。
この一振りだけが他の模造刀とは雰囲気が違うのだ。
異常なほどに寒気がする。
どこかで窓が開いているのかと思ったほどだ。
ふと思いついて、机の上にあった紙を一枚とって、天に向けた刃の上に落とした。
すると刃に触れたとどうかもわからないのに、紙はさらりと切断される。
「―――ほ、本物なの!?」
模造刀ばかりのはずなのに、この刃は鋭い切れ味を持っている。
落としただけの紙を切断するなんて。
怖くなって床に置こうとした時、真弓の全身が凍り付いた。
硬直して指さえも動かせない。
一体、何があったとパニックになりかけていると、部屋の隅に人が座っているのが見えた。
立膝で横柄に座っている。
見覚えのない男だった。
纏っているのがまるで時代劇に出るかのような着流しの着物だとわかると恐怖が滝のように吹き上がる。
「―――だ……れ?」
辛うじて絞り出した声を、着物の男はせせら笑いで返した。
『ほお。わりといい血筋に出会えたじゃねえか。おめえ、先祖に剣客がいるな」
真弓は答えられない。
そもそも、どんなに力を振り絞ってももう何もできない。
思考さえ麻痺し始めた。
『剣は意外と血がものを言うからなあ。女だろうが、嗜みもなかろうが、強え剣客の子孫もまた強えもんだ。―――おいらとしては中々運がよかったというところかよ』
「……」
『ああ、気にしなくていいぜ。おめえには一切合切関係のねえ話だからよ。ただ、まあ、そうだな。―――今の日ノ本にどれだけ武人がいるかはしらねえが、それとやりあうのに力をだしてもらう予定ってだけだからよ、ま、よろしくな』
何?
この男はいったい何を言っているの?
私に何をさせようとしているの?
だが、真弓の抵抗は虚しく、彼女の意識は闇に呑み込まれていった……。
◇◆◇
僕たちは多摩のとある市に訪れていた。
なんとこの市にはJRも私鉄も鉄道の駅というものがなく、辛うじて多摩モノレールが通っているだけという陸の孤島のような場所だった。
さらに、僕たちが招かれてやってきたお屋敷に行くための公共交通機関はバスぐらいしかないという不便さだった。
そのため、わざわざ車で迎えに来てもらうハメになってしまった。
だが、ハイヤーのお抱え運転手つきというものに生まれて初めて乗った僕は多少興奮していた。
こぶしさんのベンツ・W222よりも乗り心地がよく、さすがと思わせる快適さだ。
もっとも、僕の相方であるところの御子内さんはずっと仏頂面を崩さない。
よほど腹に据えかねることがなければ、彼女はこんな顔をしないので珍しいこともあるものである。
お屋敷は下手な学校の校庭ぐらいはありそうな広さで、庭の反対側には原生林が広がっている。
しかも、屋敷そのものの大きさもまた尋常ではない。
多摩のこのあたりは大きな家が建ち並んではいるが、そんなの比べ物にならない広さだ。
窓から見える蔵も、三つはある。
「でっかいお屋敷だね」
「ふん。どんなに大きかろうと住んでいるものがそれに相応しいとは限らないからね」
ここまで来てもまだ機嫌が悪い。
僕らは二十畳はある和室に案内され、少しだけ待たされた。
とはいえ、すぐに僕らを招いた人物がやって来てくれたので、心を整える時間があって助かったけれど。
入ってきたのは、袴をはかない着流しの涼し気な着物の人物だった。
それから用意してあった座布団にだらしなく座り、肘立てに頬杖をつくように寄りかかる。
手にした扇子で扇ぎつつ、退屈そうに欠伸をした。
長い髪を適当に後ろでポニーテールにしているだけの、身だしなみははっきりいって下の下だが、匂い立つような色香の塊といった―――女の子だった。
真っ先に浮かんだ「花魁」という単語がぴったりくるようにエロい少女である。
ぶっちゃけ、この僕が端的にエロいといってしまうのだから、それがどれほどのレベルなのか付き合いの長い人なら想像できるはずだ。
「……なんだ、当代一の退魔巫女を寄越してくれといったのに、やってきたのは不退転の特攻しかできないおまえかよ、或子」
「ボクだって好きで来た訳じゃないよ。だいたい、武蔵野柳生の総帥がキミみたいなコスプレ女だというのが未だに信じられないね。妹に総帥の座を譲ったほうがいいんじゃないかい、
着物を着ただけでコスプレとはいい過ぎなような気もするが、実のところ、御子内さんが美厳と呼んだ女性には大きすぎる外見上の特徴があった。
それは、右目につけられた眼帯である。
しかも、刀の鍔を紐で結んだ時代劇っぽい品だ。
確かにあんなものをつけていたらコスプレ呼ばわりも仕方のないところか。
もっとも、それはリングシューズで巫女装束の彼女が言っていいものではない。
どっちもどっちであろう。
「おれが好きで
「ふん。寝ているだけで屍山血河に辿り着けるはずはないね。キミのそれはただ自分の怠惰を誤魔化しているだけさ」
「巷の妖怪相手にチビチビ経験値を積んでいるだけのおまえが言うことか。もっとでっかい、ビッグな女になれよ」
「ボクら退魔巫女の本懐は妖魅の手から衆生を救うことさ。いざというときまで腰を上げない柳生と一緒にしないでくれ」
会話のニュアンスでこの二人が知り合いというのはわかるのだが、物凄く仲が悪そうなのも読み取れた。
ここまでギスギスした関係というのもそうはないだろうというぐらいに。
そも、ここの主人らしい美厳さんという人は心の底からかったるそうで、客を歓迎する気は微塵もないし、招かれた御子内さんも敬う気持ちは欠片も見せていない。それどころか酷い挑発に勤しんでいる。
なんだろうねこの居心地の悪い空間。
肩身が狭いし。
「……ん、おまえは誰だ?」
美厳さんがようやく僕の存在に気がついたらしい。
少しほっとした。
「えっと、僕は……」
「彼は京一。ボクの助手さ。で、武蔵野柳生が退魔の巫女になんの用なんだい? なければ帰るよ。早く帰りたい」
「おれは柳生美厳だ。よろしくな、京一。よし、お茶を出そう。どんなビッグなお茶がいい?」
「……お茶ですか?」
「京一、さっさと断りたまえ。こんな屋敷から出てきたものを腹に入れたらひっくり返るよ。どんな毒が入っているか知れたものじゃない」
「毒なんざいれねえよ。で、京一、いい京都の茶があるんだ。一杯、ご所望といかないか?」
「忍者のいうことなんて信用できないね! さあ、京一、断るんだ!」
なんだろうね、この喧々とした雰囲気。
僕はいたたまれなくて仕方ないよ。
しかし、色々と情報が出過ぎて僕の方が整頓しきれない。
いったい、この美厳という女の子は何者なんだろう。
名前にはとても聞き覚えがあるんだけど……
「いい加減にしてください! 二人とも!」
後方から一喝された。
さほど大きな訳ではないのに、その場のすべてを黙らせる威厳に満ちた声だった。
思わず振り向くと、そこにはお茶と菓子を乗せたお盆を持ったこれまた女の子が立っていた。
こっちの子は普通に女性用の藍の着物を着ている。
髪型も普通のストレートのロング。
ただ、美厳さんと同様、かなりの美少女であるということは共通点といえるかもしれない。
「
「姉さまは柳生の総帥であるということを忘れすぎです。お客様には相応のおふるまいをなさってもらわないと当家の格式に関わります」
「とは言ってもなあ……」
「或子さまもです。社務所から派遣された退魔巫女がそのような乱暴勝手な振る舞いをされたら、あちらの名誉に傷がつきます。ご自重してください」
「う、うん。ごめん」
「二人とも、どちらも公の組織の代表として話をしているのだという自覚を忘れずにこの場に当たってくださらないと、困ります。いいですね」
冬弥さん叱られて、さすがの二人もしょぼんとなっていた。
妹に叱られる姉も、来訪先に窘められる巫女も、まったくもってどっちもどっちすぎて庇う気にもなれないけれど。
「さあ、京一さまも召し上がってください。茶は京のものですが、こちらの茶請けはたった今、わたくしがつくったものですので、お口に合えばよろしいのですが……」
「あ、すいません。いただきます」
冬弥さんが出してくれたお茶を飲んで一息つくと、剣呑な雰囲気も何処かに行ってしまった。
さすがの二人も反省したのだろう。
はっきりとお目付け役とわかるように隅に陣取ってニコニコしている冬弥さんを、これ以上怒らせるのはヤバいと悟ったのかもしれないが。
「それで、柳生の総帥。ボクを呼んだのはどうしてだい?」
御子内さんが普通にビジネスライクになった。
含むところがあるのは確かだが、多少大人になったのだろう。
「簡単だ。手を貸せ」
「やだよ。―――で、相手は?」
そこで即答しなくていいから。
「亡霊だ。しかも、厄介なことにうちのご先祖さまなのさ」
「……亡霊だって? しかも、柳生のものなのかい?」
「ああ」
柳生美厳は苛立ちを隠し切れずに、吐き捨てるように言った。
「本物か偽物かはわからないが、
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