第64話「猫の祟りぢゃ」
「……で、和田はどうなったの?」
イートトンのついている和菓子屋でどら焼きを食べているとき、ふと思い出したのであの〈化け猫〉退治の顛末を聞いてみた。
ぱくり、もぐもぐ。
さすが300円のどら焼きはうまい。
抹茶だと割高になるので、おかわりのできる緑茶で飲み干す。
「彼については細かくは聞いていない。ただ、施設に入れられたという話らしいよ」
「施設?」
「うん。あの手の精神のねじ曲がったタイプが条件反射的に生命の大切さを考えられるようになる施設だね」
「……何それ? もう少し具体的にならない?」
「ボクもよく知らないけど、殺し殺されるのが嫌になるぐらいの苦行を与えられる修業の場みたいなものって話。あまり近寄りたくない場所だね」
「そんなものが世の中にあるの?」
「表向きの顔はテレビとかでも取材に来たりしているって話だから、裏の顔が知られていないだけだろうけど、実際にあるよ」
……しれっとした顔で恐ろしいことをいう御子内さん。
なんだ、それ。
和田に同情する気持ちは欠片もないけれど、退魔の巫女の所属する社務所の闇を垣間見た気がする。
「お待ちどうッス」
「待たせた」
自分の分のあんみつやどら焼きを買ってきた蒼と切子の二人も席に着く。
これで今日、映画に行く四人がそろった訳だ。
なんというか、最近よく一緒になる組み合わせである。
「……猫といえば、蒼さん、例の駐車場の猫だまりの件はどうなったの?」
「おお、それの話もする予定だったんスよ。京一くんの言う通りだったッス」
「何の話?」
「うちのお父さんの車に猫の足跡がつくってやつ。切子には話したじゃないッスか」
「……私、蒼の言動になんの興味もないから」
「酷いッス!」
切子さんの酷すぎる発言はさておいて、蒼さんの問題については興味があった。
僕なりにアドバイスしておいたことがあったので、気にはなっていたのだ。
「京一くんの言う通りに犯人は後ろ隣りの家の人だったッス」
「犯人?」
御子内さんが首をかしげた。
そうだろう。
もともとは猫が車に足跡をつけるからどうにかしてほしいという話だったのに、「犯人」という単語が出れば疑問符もでるというものだ。
「そうッス! なんと、うちの車にだけ猫が溜まるように、ペットショップからマタタビを買ってきて薄めた水溶液を作って、毎日ぶっかけてたんですよ!」
「それで猫が寄ってくるの?」
「うッス」
「なんのためにだい?」
「もちろん、我が家に対する嫌がらせッスよ!」
水に溶いたマタタビを使って猫をおびき寄せる。
どうやら僕の推理は当たっていたらしい、
……これは猫のトイレの躾をするために使われることのあるやり方で、トイレ用の砂場にマタタビ水を撒くことで習慣化させるというものである。
蒼さんの家の車にだけ、いつも猫が溜まるというのは常識的にはありえない。
だとすると、他の要因があるはずだと僕は推理したのだ。
それで思いついたのが、その躾のやり方を利用した嫌がらせかイタズラの類である。
もともと、BMWを乗るような家が月極駐車場を借りているのがおかしいと思ったら、家の駐車場が使えないらしい。
どうしてかというと、隣の家とのトラブルが原因で駐車スペースが使えない状況が続き、解決に何か月もかかっているから仕方なく借りているという話だ。
と、なると大地家には、娘がわかっていない深刻な隣家との対立がある可能性もある。
その段階で、何か面倒な問題が生じているというのなら、それを原因として執拗な嫌がらせを受けていると考えるのも無理な思考の転換ではないだろう。
……まあ、そういうことを僕は蒼さんに伝えたのだ。
あくまでも可能性の問題だと逃げをうってからだけど。
ただ、それが的を射ていたというのならば結果オーライということになる。
「……実はそれ以外にも色々とされていたらしくて、お父さんなんかわざわざ証拠のビデオまでとって怒鳴りこみに行ったんスよ!」
「さらに揉めるじゃない……」
「いえいえ、やられたらやり返す! 倍返しだ! 猫の恩返しッス!」
「意味不明」
まあ、猫だって同胞の復讐をするために化けることがあるんだから、人間だって因果応報を実践しようとするだろう。
ただ、大地家のご近所トラブルはまだ終わりそうもないね。
「おっ、そうだ。今日の映画を終わったら、みんなで猫カフェ行かないッスか? モフモフ触り放題の店が近くにあるんスよ」
「そんなのあんたの家の車にたくさんくるんでしょ」
「もう来ないンスよ。で、ちょっと寂しくなっちゃって。―――ねえ、みんなで行きましょうよお」
僕としてはちょっと遠慮したいところだった。
アレ以来、ちょっとトラウマで。
なんといっても百匹以上の猫にガンを飛ばされたのだから。
ふと隣を見ると、くちょんと御子内さんがくしゃみをしていた。
「どうしたの?」
「んー、猫と聞くと鼻がかゆくなってね。あー、蒼、ボクは猫カフェには行かないから、みんなだけで行ってくれ」
「おや、或子ちゃん、どうしたんスか? 猫カフェ嫌いなんでスか?」
御子内さんは鼻を擦り、
「ちょっと猫の毒を喰らってしまってね。それ以来、猫は駄目なんだ」
そういえば、あの〈化け猫〉から受けた毒はどうなってしまったんだろう。
本人がピンピンしているから忘れていた。
きちんと解毒したのだろうか。
「毒って何? 猫が毒をもっているの?」
「そうッス! 蛇や犬じゃあるまいし!」
「犬にはないと思うよ。―――大丈夫だったの?」
すると御子内さんは思い出すのも嫌という顔をして、
「毒というか―――アレルギーになってしまったんだ、猫アレルギーにね。『四足獣誌』という書物に「猫の臭いと刺激が体液を消耗し肺臓を損なう」として記されていたのは、猫のもつアレルゲンとしての部分が、昔の人にとってまるで毒のように思われていたからなんだろう。今のボクのようにね」
と自嘲気味に笑う。
わりと残念そうだ。
これから一生猫に近寄れないとなると少しは寂しくなるのかもしれない。
猫は人間の友達だからね。
「まったく……ボクも〈化け猫〉に祟られてしまったという訳だよ」
と肩をすくめる御子内或子であった……。
参考・引用文献
「にほんの怪奇ばなし 佐賀の化け猫」 小暮正夫 岩崎書店
「江戸歌舞伎の怪談と化け物」 横山泰子 講談社選書メチエ
「猫の神話」 池上正太 新紀元社
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