第50話「時代は変わるけど僕らは変わらない」



「……まさか、こんな浅い池で溺れることになるとは思わなかったよ」

「そう言わないで」


 ずぶ濡れになった巫女装束の御子内さんを引っ張って、弁天池から上がった。

 ペッペッペッと口の中に入った池の水を吐きだしながら、御子内さんは嫌そうに愚痴る。


「仕方ないさ。最後の踵落としで足が攣ってしまったんだから。いくら、君でも泳げないだろ」

「……しかし、京一はこんな服を着たままでよく僕を連れて泳げたものだね」

「着衣水泳の講習は受けたことがあるし、溺れた人を助けた経験もあるから」


 足が攣りかけて、わたわたしていた御子内さんを背後から抱いて、背泳ぎのようにして運ぶ救助用の泳ぎでとりあえず岸辺まで連れて行った。

 彼女が大人しくしていてくれたのでわりとスムーズに救助ができた。

 

「水泳は得意なのかい?」

「まあ、普通レベル」


 他の運動は本当に大したことないけど、泳ぎだけは得意なのだ。

 たまに朝の早割引きプールに泳ぎに行ったりするぐらいに。

 誰かに自慢したりはしないけれど。


「このままだと風邪をひいてしまうな。仕方ない、どこかで着替えようか」

「着替えられそうな場所はないよ。お店も締まっているし。ブルーシートでも張って目隠しにしてみる?」

「何を言っているんだい。この近くにだって、ホテルぐらいはあるだろう。なんといっても吉祥寺だからね。ちょっと前まではOLが住みたい街ベストワンだったんだよ」

「……僕もずぶ濡れだけど、一緒に行っていいの?」

「当たり前じゃないか。二人で……ホテルに……っ!!!」


 自分の発言の迂闊さに気がついたのか、真っ赤になる御子内さん。

 そういう誘いじゃないのはわかっていても、女の子が異性とホテルに行こうというのは恥ずかしい失敗だ。

 

「い、今のはナシの方向で……」

「うん、いいよ」


 とりあえず乾いたタオルで髪の濡れぐらいは拭く。

 四月とはいえ今日は暖かい日なので、すぐに風邪をひいたりはしないだろう。


「……あの妖怪は封印されたの?」

「まあね。キミの言う通りにアプサラスかラクシャーサかどうかはあとで〈社務所〉の禰宜が調べてくれるだろう。……しかし、相変わらず外来種の妖怪だとこんなにも勝手が違うもんだね。もう少しボクも研究を続けないと」

「外来種って……」

「妖怪だって他の動物たちと一緒さ。ここまでグローバル化が進むといろんな国の妖怪が日本に渡ってくることもあるはのさ。たとえば、これからの日本に移民が増えたら、その移民の国にいた土着の妖怪が入ってくることもあるえることかもしれない。ボクたち退魔巫女だって、旧来の固定観念に縛られていたら対応できなくなる可能性はあるんだ」


 確かに、以前の〈ぬりかべ〉のように時代の流れから生態が変化してしまった妖怪もいる。

 世界は刻一刻と変化しているのだ。

 彼女たち退魔巫女の戦いもまた変わっていくことだろう。

 神に仕える巫女さんが祓い棒や結界や呪文でなくて、レスリングの技で戦ったりする時代になったように。


「その時も僕が御子内さんの手助けをするよ」


 ぽつりと僕が言うと、御子内さんが手を差し出してきた。

 さっきのリングの上でもこんなことがあったね。


「またイチャつく真似をするの?」

「バカ」


 頭をはたかれた。


「あと、力比べでもないぞ。これは握手だよ。これからもよろしくっていう」

「そういうこと? ああ、ならいいよ。乗ると別れるという井の頭公園のボートに二人で乗ったけど、そんなこと吹き飛ばすように僕と御子内さんはずっと一緒にやっていこうってことなんだね」

「―――恥ずかしいことを言うな」


 御子内さんの綺麗な手を握った。

 ちょっと表面は冷たいけど、温かい手だった。

 あんな勇敢な戦いをできるとは思えないくらいに小さいけれど、この手に僕たちは救われているんだ。


「これからもよろしく」

「うん。これからも背中を預けるよ、ボクの京一にね」


 ―――実は、僕なんかよりももっと恥ずかしいことを言うのは御子内さんの方なんだよね。


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