第45話「謎の妖怪」



 吉祥寺駅の北口をでて、少し歩くと井の頭公園に辿り着く。

 今まで一度も訪れたことがなかったので、どんなに大きい場所かと期待していたら、思ったほどではなかった。

 それでも都心であることを考えれば、それなりに広大な敷地なんだけど。


「明治神宮や昭和記念公園レベルで考えないほうがいいね」

「確かに……。すぐ隣に個人の住宅やらマンションやらが見えるのはちょっと興ざめかも」

「まったくどれだけのものを想像していたんだい?」

「弁天池はせめて東京ドーム一個分ぐらいはあると思っていたよ」

「総面積で考えれば、それ以上はあるかもしれないけど」


 弁天池の淵にある散歩道を御子内さんと歩く。

 桜が綺麗に咲いていた。

 とはいえ、花見客が騒いでいてかなりうるさい。

 この喧騒の中だと、いつもの巫女装束の彼女も浮いて見えないのが不思議だ。

 

「桜の名所だと聞いていたけど、思っていたほどでもないかな」

「京一は色々と期待しすぎだ。一応、ここだって都内の桜の名所なんだからね」

「イメージの問題だからさ」


 まだ陽が暮れるまではだいぶ時間がある。

 このお花見の騒ぎはしばらく続きそうだ。


「17時を過ぎたら、ここの客たちには強制的に出ていってもらう」

「どうやって?」

「たまにやっているだろう。人払いの八門遁甲の呪法だよ。あれを使えば、耐性のない一般人は自然と遠ざかっていく」

「ああ、あれか。……御子内さんがやるの?」

「いや、社務所から派遣されている専門の宮司が入り口を塞いで行う。ボクらはそこの弁天池で妖怪退治だ」


 弁天池には、今日も何隻ものボートやスワンが浮いている。

 しかも、カップルが乗っていた。


「うーん、あの連中は恋人と別れたいのかね。よくカップルで乗れるものだよ」

「だって、井の頭公園のボートに恋人同士で乗ったら別れるってのはジンクスというよりも都市伝説だからね。絶対に別れると決まっていたら乗ったりしないし、あの人たちは気にしてもいないよ」

「だが、涼花と調べたら信ぴょう性の高い話だと。かなりの高確率で……」

「誰が統計を取ったんだろうね」 


 ……昨日からなんか御子内さんにはこだわりがあるらしい。

 意外と恋バナとかも好きだったんだ。

 てっきり生粋のバトルジャンキーだとばかり思っていたよ。


「もっと深刻に物事を考えるべきじゃないか。こんな縁切り寺みたいなところに、男女がやってくるなんて……」


 色々と語りだした御子内さんの話を聞き流しながら、公園内を見渡してみる。

 ソメイヨシノの美しい開花の中を可愛い巫女さんと歩くのはとても楽しい時間だけど、こんなところに妖怪なんて出るものだろうか。

 実のところ、今回の妖怪退治には問題があった。

 未だにどんな妖怪の仕業か確定できていないのだ。

 それなのにリングを作って、御子内さんが試合することだけが先行してしまっているのである。

 ひとえに花見の時期ということもあり、さっきの呪法で人払いをする機会が限られているということと、この依頼が社務所にとって縁のある家族からのものだったということがあるらしい。

 詳しいことはわからないが、それなりに社会的地位のある人からの依頼ということで、八咫烏を通したものでもないということだ。

 だからという訳ではないが、怪異の原因となった妖怪がなんなのかさえわかっていないのだ。

 正直なところ、僕としては御子内さんが心配だった。

 彼女が強いことは百も承知しているが、相手の正体さえ不明な状況で戦わせるというのは嫌な予感しかしない。

 それに、池の中央に設置されるというリングのこともある。

 御子内さんはワクワクしていたようだけど、設置図を見ると、ただの水上デスマッチ用のリングにしか見えない。

 弁天池は今年の二月から三月にかけてされ、底にたまっていたゴミを拾われて綺麗に掃除されたとはいえ、ヘドロも相当量まだ堆積しているようであるし、不測の事態が生じないとも限らない。

 水も汚れた場所だし、御子内さんが溺れでもしたら危険すぎる。


「……そもそも、ここのボートに乗った夫婦が何かに憑りつかれたように離婚したがったというのが発端なんだよね」

「そうさ。その夫婦以外にも、多くの人たちがこの公園内で原因不明の妄想に憑りつかれて、ノイローゼになったりしているんだ。これは見逃していい話ではないね。いいかい、長い間つきあって、結婚し、子供まで設けた夫婦がボートに乗っただけで離婚するんだよ。それぐらいこの公園のジンクスは怖いんだ!」

「船に乗った恋人同士を別れさせる妖怪なんて聞いたことないなあ……」


 昨日、御子内さんが帰った後に調べてみたが、そんな妖怪はいなかった。

 ただ退魔巫女たちが所属する通称〈社務所〉によると、問題を持ち込んで来た夫婦には確かに何らかの怪異のものと思しき影響がでていたそうだ。

 怪異を祓うための御祓いをする必要があったとのことだし。

 つまり、その夫婦が離婚したがっていた原因とは間違いなく妖異の仕業ということなのである。

 だからこそ、御子内さんが派遣されたという訳なんだけど……。


「妖怪なんだか、呪詛なんだか、さっぱりわかっていないのに、退魔巫女を闇雲に派遣しても意味ないと思うんだけどな~」

「まあね。京一の言うこともわかるよ」


 早く来てもたいしてやることもないので、二人で散歩をしているだけという有様だった。

 ぐるりと公園内を池沿いに一周していると、弁天堂へと繋がる小さい橋に出た。

 柵が閉じられている。

 中には入れそうもない。


「今日は立ち入り禁止にしてあるそうだよ」

「へえ。そういえば弁天様はもともと仏教の守護神だけど、七福神になって、後に神道にも含まれることになる神様なんだよ。ボクらにとっては遠い上司にでもあたるのかな。だから、無理にでも挨拶しないとね」

「まあ、入らなくてもいいとは思う」

「なんで! お参りしないといけないだろう、日本人としては!」

「……井の頭公園の弁財天に男女でお参りすると別れるという話もあるんだよ」


 すると、御子内さんはさっと後ずさった。

 なんて素早いバックステップ。

 そこからライジング・タックルにでも移行しそうなぐらいに腰を落とした。


「どうしたの?」

「いやあ、危ないところだった。思わずお参りするところだったよ」

「? 別にしてもいいでしょ。御子内さんは巫女でもあるんだし」

「そうはいかないね。―――そうはいかない!」

「なんで二度言ったのさ」


 餌をとられそうな猫のように警戒しつつ、御子内さんは弁天堂から離れていく。


「で、妖怪の気配はあるの?」

「それは確かだよ。かなり強い。……とはいえ、正体を特定するまでにはいたらないんだけど……」

「どうして?」

「うーん、感じたことのない妖気なんだ。少なくともボクには馴染みがない類さ。社務所の宮司たちも調べてみたけどわからなかった」

「そんなことがあるの?」

「たまにね。稀に見つかる新種の妖怪だとか海外のものだとか、そういう場合さ」


 花見客でにぎわうこの陽気な公園にそんなものがいるとは到底思えないけれど……。


「だから、僕が派遣されたのさ。現役の退魔巫女最強であり、世界チャンピオンであるこの御子内或子がね!」


 なるほど、そういうことか。

 妖怪は存在するけど、どういうものかはわからない。

 だから、社務所にとっては持てる最大戦力を初っ端からぶつけて、火力―――というか武力で制圧してしまえという腹なのか。

 他に退魔巫女が何人いるかはしらないけれど、御子内さんが最強だというのならば、僕でもそうするかも。

 この人目に付きやすい井の頭公園という場所で退魔の仕事を何度も行う機会はないだろうから、一番確かな人材を使うというのは当然の策だ。


「ただ、さあ」

「なんだい、京一」

「相手の妖怪がどういう奴かわからないままだと、いくら御子内さんでも苦戦すると思うんだ」

「まあ、勝つのはボクだけど苦戦は避けられないだろうね」

「―――」


 僕は少し考えてみた。

 それから、時計を見る。

 まだ、16時だ。

 時間はある。


「よし、決めた」

「何をだい?」

「ボートに乗ろう」


 御子内さんがちょっと他人には見せられないような面白い顔をしていた。

 美少女キャラなのに。


「……な、な、な、なんで?」


 僕が考えたのは、こうだ。


「ボートに乗ったカップルが別れなければならないという妄想に憑りつかれたのは、なぜかという疑問を解くためには、同じようにしてみなけりゃならないと思うんだ。だから、僕と御子内さんで一緒に乗ってみよう」

「……別れることになったらどうするんだ!」

「僕たちは別に恋人というわけでもないから、別れるとかいうことはないよ。それよりもなによりも、リングを設置して君が戦う準備をする前に、相手の正体を少しでも予測しておかないと危険が大きすぎる。御子内さんを無事に勝利させるためにも、やっぱりやるべきだよ」


 さらに面白い顔になった御子内さんの手を引いて、僕はボート乗り場に歩き出した……。




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