第43話「炎上鎮火の方程式」



 窓を開けておそるおそる天を見上げると、黒い影帽子のような〈口裂け女〉の巨人が徐々に消滅していくところだった。

 しばらくじっとしていると、巨人に隠されていた夜空が広がっていき、美しい半月が姿を現す。

 路上に群れていた連中も一体残らずいなくなっていた。

 もし、さっきまでの光景を目撃していたとしても、きっと自分の目の錯覚か正気を疑うしか仕方がないだろう。

 それだけあっけない終わりであり、夢魔の跋扈する時間だったということか。


「……首尾は?」

「上々かな。音子さんのツイートがすぐに拡散したからだと思う」

「シィ」


 安心したからか、いきなり倒れるように眠ってしまった美晴さんを抱えて下に降りた。

 玄関にこぶしさんたちがいて、気絶しているらしい庄司家のご両親を外に運び出している。


「もうすぐ救急車が来るわ。そのまえに、あなたたち巫女は帰った方がいいわね」

「了解だ。レイ、道案内を頼む。ここから松戸駅までは歩いて行こう」

「タクシー呼べよ。チケット貰ってんだろ」

「戦いが終わったばかりで肉体からだの火照りがとれないんだ。涼みながら、のんびり帰りたい。どうせ始発まではまだ時間もある」

「バイクを押していくの、面倒なんだぜ」

「いいじゃないか。同期三人揃うのなんて久しぶりなんだし。楽しくお喋りでもしよう。なあ、音子」

「シィ。あたしもミョイちゃんとは一年ぶりぐらい」

「けっ、どうせ駅に行ったらいつもの連中もいるだろうし、まあつきあってやるよ。ただし……」


 そういうと、レイさんが僕を見た。


「謎解きぐらいはしてくれ。報告書が上がるまでは真相がわからないというのは、ハブにされているみたいで気持ち悪いからな。……で、なにがどうなって、あの〈口裂け女〉どもはいなくなったんだ? 京一くんよ」


 どうやら僕が何かをやったということはレイさんにはわかっているらしい。

 そのあたり、御子内さんか音子さんどちらかのプロの退魔巫女がしたと思うのが普通だと思うのに。

 僕は結局ものをわかっていない素人で、彼女たちの補助をお情けでやっているようなものなのにどうしてだろう。


「どうして僕が何かをやったと思うの?」

「おう。オレは素人とはいえおまえさんならやるだろうと思っていたのさ。しでかすのでも、やらかすのでもなく、確かな仕事をやるってな。どうやら、予想は当たっていたみてえだな」


 ……昨日のバイト先の運転手はそんなことは言ってくれなかった。

 素人はなにもするなと言うだけで、僕が一生懸命働いたことをただの遊びだと軽んじられてしまったのに、この強い女の子は僕を認めてくれていたらしい。

 御子内さんならともかく、一度会っただけの彼女にそんなことを言ってもらえるなんて。

 少しだけ自信が取り戻せた気がする。


「そうさ。ボクの京一は凄いんだよ。それで、ボクにも早く真相を教えてくれ。いきなり、〈口裂け女〉が消えてしまう理不尽な展開におののいているところなんだ」


 御子内さんも僕の肩を持ってくれた。

 やはり付き合いが長いのはいいね。


「じゃあ、報告書を御子内さんたちがあげられるようにわかりやすく説明すると、こういうことになるんだ」


 ―――今回の〈口裂け女〉発生の原因となったのは、やはり伝播された噂である。

 ただ、その発生と拡散の仕組みがありえない話だったというだけ。

 あとで直接聞き取りをしないとならないとは思うけど、発端となったのはやはり庄司美晴さんの例のツイートだった。

 これを作った理由は、「自分もフォローしている有名なツイアカウントみたいになりたい」という子供っぽいものである。

 ちなみに、この有名人というのが、「残念系オクタビオ@パス」というメキシコのノーベル文学賞受賞者の名前を使った音子さんという偶然があったのだけど。

 音子さんのアカウントを見たらちょっと驚いたことに、素顔の自撮りがやたらと多く、話題も気の利いたものばかりだ。

 こりゃあ男女問わず人気出るなというツイートだった。

 もしかして、普段音子さんが覆面しているのはこのせいなのかと疑ってしまうほどに。

 いや、それだと本末転倒すぎるから別の理由があるんだろうけど。

 話を戻すと、美晴さんは面白いことを呟けばリツイートされたりお気に入り登録されたりするだろうという打算でもって、「松戸駅に口裂け女がでる」という嘘をついた。

 だが、普通ならそんなものが広がるはずがない。

 いくらなんでもあからさまなぐらいにレベルが低いから。

 しかし、ここでこれまで意味のなかった彼女自身の持つ潜在能力―――つまり一般人にしては強すぎる霊能力が発揮されてしまい、ツイートに呪詛のようなものが付随してしまったのだ。

 たかだか、140に満たない文字に魔力が宿ったということである。

 そして、その文字列は他人が見て、その他人が拡散することで、噂としての体をなす。

 リツイートされることで。

 要するに、美晴さんのつぶやきを見た人が、スマホやパソコンでで魔力を持った言葉が伝播・拡散していき、都市伝説にまで昇華したのだ。

 その結果、友達の奈々枝さんは自分がリツイートすることで産みだした〈口裂け女〉に襲われた。

 そして、彼女以外にも美晴さんの〈口裂け女〉ツイートを誰かがリツイートする度に、一体の〈口裂け女〉が松戸市に現われたという訳だ。

 最後に見たときは、リツイート数が一万を超えていたから、この松戸市には当時それぐらいの〈口裂け女〉がいたんだろう。

 とはいえ、ある程度の霊能力があるかちょっかいをかけられた人でないと妖怪は見えないので、それほど多数には目撃されていないらしいのが救いだ。

 下手をしたら市内全域がパニックになっていたからね。


「ツイッターの拡散が都市伝説のメカニズムと合致して、妖怪を産みだした……か。信じられねえが、実際に目の当たりにしたし、納得するしかねえやな」

「そうだね。でも、京一、どうやって〈口裂け女〉を消したんだい? そのツイートを消したのかな」

「ううん、ちょっと違う。いったん、外に出たツイートはもう拡散してしまっていて消したぐらいじゃ意味がない。ほら、消したら増えるって言うじゃない。炎上したときはそういうことをするのは逆に油を注ぐことになるんだ」

「ん?」


 御子内さんはカタカナが苦手なので、よくわかっていないようだ。

 そもそもツイッターがなんなのかもわかっていない可能性はあるけど。


「じゃあ、どうやったんだ。謝罪文でも載っけたのか」

「ちょっと危険な賭けだったけど、噂を上書きする噂を拡散したんだ。それでまたいつかまずいことが起きるかもしれないけれど、ひとまず窮地を脱することができるかもしれないからね」

「意味が分からないよ」


 そこで、僕は自分のスマホから見せた。

 例の美晴さんのツイートと、その下にリプされた新しいツイートを。

 その書き込みをしたのは、残念系オクタビオ@パス―――つまり音子さんだ。


『残念系オクタビオ@パス@kobura.high :@little_apple_tea1011 それは大変! でもね、そういうときにぜっっっっったいに聞くおまじないを教えてあげるね♡ “強くてプリティな巫女さん来てください”って三回唱えるんだよ それでバッチリ♡ 試してみて(^^♪』

『ショーミん@little_apple_tea1011 : @kobura.high ああ、残パスさん、ありがとうごいざますぅぅぅぅ!!!!! 口裂け女が消えちゃいました! 効果絶大!!!! みんなも試してみて!!』


 で、このやり取りを含めたやり取りが、なんとほとんど瞬時に二万を上回った。

 何故かというと、あの天賦の美貌を持った音子さんの素顔の完璧な自撮りがついていたからだ。

 元々、プロのモデル並みのネット人気を持つ彼女のガチ素顔もあったということで、この「口裂け女によく効くおまじない」はまたたくまに拡散していった。

 その効果は絶大で、のだ。

 都市伝説という噂によって構成された〈口裂け女〉である。

 さらに強い噂が出れば消滅するのは当然だった。

 そして、一万を超えるリツイートとお気に入りによって数と力を得た、美晴さんの強い霊能力によって産みだされた〈口裂け女〉どもの影は巨人も含めて消えていったというわけである。

 

「……これって、オレらをもとにした新しい都市伝説ができたってことだよな」

「そうなるね。まあ、仕方ないさ。あのまま広がり続けて、松戸が〈口裂け女〉に埋没していたら、いくらなんでも終末状態だ。多少の問題は後回しだよ」

「強くて、プリティという表現がオレらしくていいがな」

「レイがそう思うんならそうなんだろう。ではね」

「なんか言いたいことがあんのか、爆弾小僧」

「む、ボクは女だよ」

「女がボクなんて使うか」

「キミだってオレとかいっているじゃないか!」


 あーだこーだと口喧嘩を初めて二人から距離を取ると、音子さんが寄って来て、紙を握らされた。


「なに、これ?」

「あたしのスカイプのID。今度、直接スペイン語を教えてあげる」

「うわ、ありがとう。自力で覚えるの大変だったんだ!」

「そう思ってた」


 もう覆面をつけているけれど、あのときの凄く綺麗な顔は衝撃的だった。

 ホントに退魔巫女のみんなは可愛くて眼福だね。

 二人で仲良く話をしていると、


「おい、キミたち! ボクをのけものにしてなにをしているんだい! 特に京一! キミはボクの助手なんだからそんな偏屈な女と親しくなってはいけないよ!」

「―――アルっち、うるさい」

「このネット弁慶が!」

「待て、或子。てめえ、オレを無視すんな!」


 三つ巴の戦いが始まってしまい、今度こそ僕は疎外感を覚えたが、これは別に悪くない気持ちだった。

 僕なんかでもこの人たちの助けになれるなら、それでいい。

 こうして喧嘩には混ざれなくても、僕は完全にのけ者にされている訳ではないのだから。

 自分のしていることが正しいなら、それでいけばいいだけのこと。

 そう教えてくれた、退魔巫女たちには感謝の言葉しかなかった……。








参考・引用文献

 「にほんの怪奇ばなし 恐怖の口さけ女」 小暮正夫 岩崎書店

 「猪木語録 元気ですか!一日一叫び!」 アントニオ猪木 扶桑社

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