第42話「噂の出どころ」



 頭上に巨大〈口裂け女〉、路上には〈口裂け女〉の群れ。

 圧倒的な数は質を駆逐する。

 戦いは数だよ、と有名な次男が言っていたけど、いくら退魔巫女が強くても押し包まれたら最後には負ける。

 ……詰んだね。

 なんだかわからないがもうどうにもならない気がしてきた。

 だが、階下から聞こえてくる、


「でりゃああああ!!」


 という御子内さんの声が僕を決して諦めさせない。

 あの掛け声は麻薬だ。

 いつだって戦う意欲を与えてくれる。


「……美晴さん、君はどこで〈口裂け女〉を見たんですか?」

「えっ。ど、どういうこと?」

「誤魔化さないでください。君はこの松戸のどこかで〈口裂け女〉を目撃したんでしょ。だから、奈々枝さんたちにツイッターで知らせた。違いますか?」

「そ、それは……」


 美晴さんはバツが悪そうに俯いた。

 あれ?

 なんか反応がおかしい。

 想定外だ。


「……もしかして、嘘だったの?」


 彼女はこくり、と頷いた。


「嘘……というか、でまかせ、というか……」

「いったい、なんのためにそんなことをしたの?」

「……残念系オクタビオ@パスさんみたいな人気ツイ主になりたくて……」

「はい?」


 つまり、音子さんがみたいなフォロワーがたくさんいるツイ主になりたかったから、嘘のツイートで人気をとりたかったということ?

 確かに、あの〈口裂け女〉を目撃したというツイートは今見ると、一万人以上にリツイートされていて、注目を浴びていますとなっているけど……。

 口裂け女がトレンド入りしているのは、もとはと言えば美晴さんのツイートが発端なんだろう。

 だが、そんなものだけでこの子が人気のツイ主になれるとは思えない。

『松戸に口裂け女がでた』というツイートが拡散したとしても、書いた人自身をフォローするという人はあまりいないのだから。

 ああいうのは、継続した面白いネタを提供できるものを選別してフォローするものだし。

 実際、美晴さんのアカウントのフォロワーは千人に達していない。

 ……いや、待てよ。

 ということは、なんだ。

 もしかしてこの女の子のしたことは、?

 都市伝説を産みだそうとしたのとほぼ同じ意味で。

 口コミではなく、ツイッターという連絡手段を使っての。


「音子さん、この美晴さんって霊能力とかは強いの?」


 引き寄せて美晴さんに聞こえないように耳元で囁く。

 あんまりに美少女なので気が引けるが、ここはそんなことを気にしている場合ではない。


「……うん、かなり強い。潜在的な能力の強さは、さっきの巨人を見ればわかるぐらい。何もしないで放っておくのはちょっと危険なレベル」

「そういう人って、色々なことができるよね。例えば、ツイッターのツイートに呪いみたいな力を与えるとか……」

「うん。匿名掲示板を使って呪文を書きこんで、晒した特定の人物に呪詛を送るという手法は以前やられていた。あたしらが対策する前はかなり酷いことがあったぐらい。……霊力が高ければSNS上でも儀式は行える」


 なるほど、デジタル上のことでも、やはり人と人のコミュニケーションややり取りがある以上、そこには共通の何かがあるんだろう。

 だからこそ、美晴さんのツイートがこういう結果を引き起こしたのか。


「だったら、もしかして、こういうことにならないかな?」


 僕はたった今思いついたことを、音子さんに説明した。

 最初は不安げだった彼女もそのうちに納得したのか、脳内で検討してくれる。

 そして、強い目力めぢからで僕を見つめた。


「やってみる価値はあるかも」

「うん、なんといっても〈口裂け女〉は噂の塊だからね」

「この子はあたしのフォロワーのようだし、手段としては悪くない。やってみる」

「頼むよ」


 ……音子さんは、まだ体育座りを続けている美晴さんにゆっくりと語り始めた。



      ◇◆◇



「でええええい!!」


 玄関口から次々と侵入してくる〈口裂け女〉から、一階に気絶して倒れていた美晴の両親を庇いながら、御子内或子は奮闘していた。

〈口裂け女〉どもは、どうやら退魔巫女をターゲットに切り替えたらしく、途切れることがない。

 松戸市内全域に現われた都市伝説の化身がここに続々と集結しているようだった。

 数は少なく見積もっても以上は余裕で超えているだろう。

 一般市民が巻き添えになるよりはマシだが、どれだけいるかわからない敵の相手をするのはさすがに骨が折れる。


「……ボクたちは河原でやりすぎたせいで目標にされているのかもしれないけど」


 他の巫女たち―――特に病院で警護についている後輩が心配だが、今は自分だけで手一杯だ。

 ただ、この家の様子だけは他とはまるっきり違うので、やはりここの娘が何らかの理由で関わっているらしいことは読めた。

 他の家に〈口裂け女〉が興味を示している様子はないからだ。

 あとは、二階に上がった音子と京一に任せるしかない。


「頼んだよ、京一」


 こういう時は長い付き合いの同期よりも、知り合って半年の相棒の方があてになるというものだ。

 現に或子はずっとあの少年を頼りにしていた。


「でっしゃあああ!」


 渾身のストレートが〈口裂け女〉の顔面を強打する。

 もう慣れてしまった手応えとともに消滅。

 そして、押し寄せる他の〈口裂け女〉と向き合おうとしたとき、


「おろ?」


 素っ頓狂な声が出た。

 あれだけいた〈口裂け女〉の数が減っているのだ。

 目の錯覚ではない。

 半減どころか、三分の一以下にまでなっている。

 これは……チャンスだ。

 或子は一気に戦線を押し上げる。

 さっきの河原での最後のように。

 片っ端から薙ぎ払うのだ!



          ◇◆◇



「減ったわね」

「確かにな」


 路上で背中合わせに戦っていたレイとこぶしもその異常には気がついていた。

 それまで加速度的に強くなっていた圧力がいきなり減じたのだから、わからないはずがない。

 さっきまで雲霞のごとく押し寄せてきていた〈口裂け女〉が、気がつくと三分の一にまで少なくなっているのだ。

 

「……夢中になって倒しているうちに減っていたということはないのかしら?」

「ありえねえな。オレはそこまでバトルジャンキーじゃねえ。或子か音子が、きっと何かをしたんだろ」


 ―――それとも京一くんか。


 レイは以前も会ったことのある少年の機転の良さを思い出していた。

 短い時間で妖怪〈うわん〉の謎を解いたあの少年のことを。

 きっと今回も彼が何かをしたのだろう。

 

(なるほどね)


 心の中で頷く。

 あの或子がくびったけになるわけだ。

 つい最近までただの一般人だった少年が、他の女達には思いもよらない働きをしているところを目の当たりにすればね。


「オレらは良くも悪くも脳みそ筋肉だからな」


 おかしくてつい失笑しそうになった。

 いけない、いけない、まだ戦いは終わっていないのに。


「―――レイちゃん、随分ご機嫌のようね」

「まあ、な」


 あいつのやっていることは、もしかしたらプロである自分たちにとっては片腹痛い越権行為であるのかもしれない。

 素人が訳知り気味に口や手を出して現場を混乱させるような。

 誰かのつまらないけれども大事に保っていたプライドを傷つけてしまう、小賢しい真似かもしれない。

 ただ、その賢しさで誰かが不幸に至るのを止められるというのなら、何度でも懲りずにやってもらいたいものだ。

 少なくとも、レイは彼を支持するだろう。

 好敵手あるこのように。


「さて、どうにかなったようだし、残りの連中も片づけるか! こぶしさん、一気に殲滅するぜ!」

「……また二の腕が堅くなっちゃうわね。トホホ」


 二人の巫女と元巫女は対照的な反応を見せながらも、息の合ったコンビネーションを見せて、周囲の〈口裂け女〉を一体残らず掃討し始めるのであった……。



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