第40話「今度はミニスカ」



 松戸市の外れ、というか荒川沿いの農地だらけのところに、大きな私立病院がある。

 とある宗教団体が設立したものだが、どういうわけか御子内さんたちは完全フリーパスらしく、受付もしないでズンズンと深夜の院内に入り込んでいく。

 看護師たちが胡乱そうな目つきをして、僕たちを見つめていたが、あえて話しかけてくる人はいなかった。

 こぶしさんがスマホを見て、確認をする。


「黒嵜奈々枝ちゃんは、710号室の個室に入ってもらっているわ」

「隔離しているのかい?」

「一応ね。最初に彼女からの聞き取りをした見習いを付き添わせているの」

「―――霊症みたいなものは?」

「今のところなし。念のために御祓いはしておいたけど、まあ意味はないでしょう。所詮、都市伝説レベルよ」

「その所詮都市伝説も、あれだけいりゃあ、洒落にならねえぜ。こぶしさんよ、ちぃと認識が甘いんじゃねえのか」

「私が現役だったときは、例の匿名掲示板を利用した呪詛とかが毎月のようにあったのよ。それに比べれば、今なんて軽い方よ」

「……ネット前世紀の話をされても。でも、こぶこぶのいうこともわかる。あいつら、量は凄かったけど力は大したことなかった。し」

「そうなんだよね。―――都市伝説系の妖怪らしい弱い力しか持っていない〈口裂け女〉が、どうしてあんなに増殖していたのか? それがボクたちにはわからない」

「これまでにない事態だということは、これまでに観測されていない原因があるということ」

「―――そんなん、すぐに解決できるものなのかよ。なあ、京一くん」


 レイさんが僕の肩に肘を乗せてきた。

 ほとんど身長は変わらないのだが、おかげでレイさんの胸の膨らみ強調されすぎてしまい、やたらとドキドキする。

 たわわすぎるのだ。

 

「レ、レイさん……」

「なんだよ、女だらけに緊張してしまってんのか?」

「そうじゃなくて……」


 ここで僕の視線が微妙に自分の胸から逸らされていることに気づき、レイさんは顔を一気に赤くした。

 口があわわと開く。

 それから、胸の膨らみを抱きかかえるように僕から離れた。

 眼が宙を泳いでいる。

 いつもの鋭い眼光はまったくもってブレブレだ。


「……おっぱいガン見すんな!」

「いや、見てません!」

「おっぱいじゃねえ……て、わ、腋か!? 腋の下なのか!」

「そっちでもないよ!」


 確かに、巫女装束の上の両袖をぶったぎっているレイさんの格好だと、腋の下はよく見える。

 きちんと手入れしてあるのも前からわかっていた。

 わかっていたからといって、ずっと凝視していたわけではないよ。

 たまたま目に入っていたので記憶していただけであって、やましいところはまったくない。

 天地神明に誓って、トラストミー!


「京一くん、てめえ……」

「ああ、そうなると思ったから注意してたのに!」


 羞恥で赤くなっていたのが徐々に怒りで赤くなっていった。

 不動明王の〈神腕〉レイさんに本気にビンタされたら僕は死ぬ。

 元気ですかとならずに死ぬ。


「……ミョイちゃん、ハレンチな格好して誘惑していたのは、あなたなんだから逆ギレしない」

「誘惑なんてしてねえよ!!」


 間に入ってくれたのは音子さんだった。

 助かった。

 レイさんからのビンタが飛んでこないギリギリのタイミングであったからだ。

 ふう、胸を撫で下ろしたくなった。

 セクハラの冤罪で平手打ちされて地獄落ちしたら、父さんや母さん、ご先祖様に申し訳がたたない。

 ちなみに御子内さんはやれやれといった顔で呆れていて、僕を助けてくれる気配はなかった。


「前から、ミョイちゃんは戦う時に両腋を晒しすぎていると思っていた。……もしかして、あれは処理をしていますアピールだったの?  8○4エイ○フォーのCMにでも出たいの?」

「そんなことは狙ってねえ! おまえらだって、水着の季節になったらきちんと手入れすんだろ!」

「……普通、年中やると思う」

「む、そうなのかい? ボクはそんなに濃くならない体質だから気がついたらやる程度なんだけど」

「或子ちゃん、それだとダメよ。彼氏がいるんなら、普段からマメにしておかないと」

「彼氏なぞいない! ……でも、面倒でな」

「女子力は日々の努力が大切なのよ。いい、社務所の適齢期の某大巫女さまなんて、この間、七年ぶりの合コンに行こうというときにね……」


 助かったのはいいけど、男子が聞いていてはいけない内容に話がシフトしていく。

 僕に対して怒り心頭だったはずのレイさんまでが、気がつくと腋の下の手入れの話に熱中し始めていた。

 というか、こぶしさんの女の二十四時間みたいな話題に興味津々だ。

 でも、悪いけど合コンに榊をつけた巫女装束で行こうとする女性とはちょっとお付き合いしたくない。

 話が盛り上がりだすと、輪に加わっていた音子さんが僕に向けて親指をたててウインクをしてきた。

 うまく助けてくれたらしい。

 これで音子さんに借り一つということか。

 いつかお返ししないと。


「みなさーん、お待ちしていました~」


 ミニスカの巫女がやってきた。

 ちょっとびっくりしたけど。

 下に履く紅い袴の裾を腰のあたりまであげて、折ってまくっているらしく、太ももがバッチリと見える。

 高校の制服じゃないんだから。

 しかも、白いニーソックスを履いているせいか、妙にコスプレチックだった。

 御子内さんたちも大概だが、こちらの方ははっきりと言ってもっと巫女っぽくない。

 しかも、おだんごのツイン・ミニョンだ。

 あざとすぎる。


「おお、熊埜御堂くまのみどうてんじゃないか。元気にしていたかい?」

「はい、グレート・或子先輩。スーパー・音子さまもお久しぶりですよー」


 ……今、変な名前を聞いたけど。

 かろうじてわかるのは、この熊埜御堂と呼ばれた巫女が、彼女たちの後輩だということだ。

 退魔巫女なのだろうか。


「挨拶はいいわ、てんちゃん。黒嵜奈々枝ちゃんの容体はどう?」

「意識は回復しています。昼までずっと眠っていたので、薬の効果切れっぽくて今は目を覚ましています」

「会話はできそう?」

「そりゃあ、もう。この不肖、退魔巫女見習いの熊埜御堂てんのトーク術にかかればメロメロですよー」

「……あなたのトーク術にどれだけの力があるのかは怪しいけれど、或子ちゃんたちが直接聞き取りをできるようならそれでいいわ」

「こちらにどうぞ。そう思って、最初から奈々枝さんには話をつけておきましたです」

「助かる」


 こうして、突然現れたミニスカの退魔巫女に案内されて、僕たちは黒嵜奈々枝さんの病室に入った。

 かなり広めの個室で、ベッドが一つあり、女の子がパジャマ姿にカーディガンを羽織って座っていた。

 ごく普通の女の子だった。

 もっとも首筋に巻かれた包帯の下にある傷のせいか、憔悴しきっているようではあった。

 僕たちがぞろぞろと入っていくと、さすがに驚いた顔をした。

 なんといっても巫女さんっぽい格好だけど、どうみても違うでしょという三人がやってきたのだ。

 どうやら熊埜御堂さんが場を慣らしていたらしいが、ミニスカ巫女の破壊力よりもこっちの三人のほうが遥かに上に違いない。

 それでもよく考えると、御子内さんはハイカラさんっぽさがあるだけまだマシか。


「やあ、黒嵜奈々枝さんだね? ボクは御子内或子。もう聞いているかと思うが、北関東を鎮護する退魔巫女だよ」

「あ、初めまして……」

「一応、キミの方が年上らしいけど、ここはフランクにいかせてもらうよ。奈々枝でいいよね」

「……はい」


 一瞬で場の空気を掴んでしまうところはいかにも御子内さんらしいが、年下とは思えない鷹揚さだ。

 黒嵜さん、ひいているじゃないか。


「細かい点や質問はあとで熊埜御堂に聞いてくれ。今はとりあえずボクらの質問に答えてくれればいいから」

「……」


 黒嵜さんはこくんと頷いた。

 彼女たちを疑っている様子はない。

 それだけ、短期間の間に熊埜御堂さんが信頼を得たということかも。

 軽そうに見えるけど、案外かなり優秀なコミュニケーション能力の持ち主なのかもしれない。


「夜道を帰宅中に〈口裂け女〉に襲われたらしいね。その際に、なにかおかしなことはなかったかい?」

「……てんちゃんにも話したけど、ツイッターやりながら歩いていただけで、特にこれということはなかったです」

「〈口裂け女〉については?」

「その前に、友達からそういうツイートが流れてきて、意識しちゃっていたからそれで幻覚を見たのかなと思ってました」

「なるほどね。キミは直前に〈口裂け女〉という単語を偶然意識してしまったことによって、結局は都市伝説そのものと遭遇する羽目になってしまったということか」

「あ、はい、私もそう思ってました~!」


 熊埜御堂さんが元気に手をあげる。

 僕にも年の近い妹がいるからわかるけど……

 ―――このぐらいの元気な妹キャラはとてもうっとおしい。

 まず、場の空気を読んでくれないしね。


「ただ、黒嵜奈々枝ちゃんが今までわかっている中では最初の犠牲者なのよ。彼女に集合的無意識に働きかける力があるということでないと、筋が通らないわ」

「ああ、そうだ。……奈々枝には、強い霊能力のようなものがあるのかい?」

「そういうものはないけど、たまにラップ音を聞いたりすることはあるかな」

「ラップ音ねえ。あれも霊感があるものなら、わりと頻繁に聞けるものだけど、ボクたちが疑っているレベルではなさそうだ」


 御子内さんの視線が僕に向く。

 何かアイデアを絞り出せ、という合図だ。

 仕方なく、僕も身を乗り出して、


「じゃあ、まず、その友達から来たツイートというのを見せてもらいなよ。それが手っ取り早いよ」


 病室なので切ってあった電源を入れて、奈々枝さんが見せてくれたのは、


『ショーミん@little_apple_tea1011 : @akikooooooo @aibakun_love @mikazon マジヨマジマジ!! 口裂け女が松戸に出たんよ 超ショーゲキスーパーニュースだんべ!!!』


 ……だった。

 覚えがある。

 ほんのついさっき見たばかりだ。


「すいません、もしかして、@akikooooooo @aibakun_love @mikazonのどれかが奈々枝さんですか?」

「あ、うん。@mikazonのクロサキダダというのが私なの」

「♡あきこ×シンジ♡@akikoooooooさんも友達?」

「亜希子は学校のクラスメート……。亜希子にも何かあったんですか!?」

「落ち着いて。彼女も〈口裂け女〉に襲われたんだけど、そこのレイさんに助けられているから」


 僕は振り向いて、こぶしさんに、


「一番早い、〈口裂け女〉が松戸に出るという噂の出どころってわかりますか?」

「さあ、すぐにはなんとも」

「じゃあ、ツイッターに限れば?」

「……やってみる」


 自分のタブレットを取り出したのは、音子さんだった。

 すぐに検索を開始し、五分もしないうちに、


「……ここ一ヶ月どころか一年以内に、〈松戸〉と〈口裂け女〉が話題になったのは、そのツイートが初出」

「そうなんだ。このツイートが二日前の21時に送信され、その直後に奈々枝さんが襲われた。偶然じゃないね」

「呪詛……みたいなものか? さっきこぶしさんが言っていたような」

「いや、〈口裂け女〉の性質そのものは、都市伝説あがりの新・新妖怪のものだったから違うと思う。ただ、このツイートが流れる前には〈口裂け女〉は松戸には出なかった。そして、他の場所にも出ていない。それは事実だ」

「つまり、このツイートをした奈々枝くんのダチが〈口裂け女〉を目撃したことによって、噂が新しく始まり、妖怪として発生した……こんな感じか?」


 レイさんもさすがに頭の回転が速い。


「じゃあ、その女の子を早急に保護する必要があるね。奈々枝、その子の住所はわかるかな」

「あ、うん。結構すぐのところに住んでいるから」

「どこだい?」

「野菊の墓のあるあたり。あそこに昔から家族で住んでいるの」

「わかった。……熊埜御堂は細かい住所を聞きだして、あとでボクらにメールしてくれ。京一、レイ、すぐに向かおう。こぶし、車を出してくれ」


 退魔巫女たちはテキパキと動き出した。

 どうやら、〈口裂け女〉が増殖する原因はあのツイートを送った女の子の傍にある可能性が高い。

 そう御子内さんは判断したのだ。

 兵は拙速を尊ぶ。

 いかにもまっすぐな御子内さんらしいや。

 ただ、最後尾を進む僕の目の前らにいた音子さんが、


「―――アルっち、あたしの名前を故意に無視した。許さない」


 と呟いているのを聞いたとき、ちょっとだけ先行きが不安になったりもした。


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