第39話「いかにして増殖したのか?」
開戦当初は永劫に続くのではないかと思われた戦いも、二十分もすれば大勢が決してしまった。
そもそも〈口裂け女〉側は数こそ多いが、ほぼすべて巫女たちの一撃で消滅してしまうということもあり、御子内さんたちの蹂躙する速度が上過ぎたのだ。
もしこれがリアルの軍事における戦いならばとうの昔に全滅判定がでていたであろう。
あれだけいた〈口裂け女〉が最後の一体に至るまでが、だいたい三十分前後というところだった。
さすがの御子内さんたちも肩で息をしていたが、目だった外傷らしきものは皆無に近い。
僕も安堵の吐息を漏らした。
「お疲れ様」
用意しておいたタオルを三人に渡す。
レイさんは僕を見て、
「よっ、久しぶり」
と背中を叩いてくれた。
どうやらそれなりに好意的に認めてもらえているらしい。
「ひとまずは撃退したということだね。―――しかし、これだけ多いとさすがに大変だ」
汗をタオルで拭いながら、御子内さんが言う。
隣で持参していたスポーツドリンクを飲んでいた覆面姿の音子さんも頷いていた。
彼女はカバンから持参したタブレットを取り出して、画面を見ながら、
「……
「どれ―――なんだい、この漫画の吹き出しみたいなのは? 変なメールのやりとりだねえ」
「LINEトークだよ、アルっちは田舎者だから知らなくて当然」
「なんだって! 多摩は田舎じゃないぞ! ったく、キミだって横浜……!」
仲良くディスプレイを見ていればいいのに、仲の悪い二人だな。
もっとも僕も気になってしまいそっと覗き込んでみると、どうやら退魔巫女たちのグループでのトーク画面のようだ。
僕の知らない名前が幾つかある。
御子内さんたちの同期の人たちだろうか。
「―――ここみたいな大量発生は特にないみたいだね」
「ああ、オレもちょっと驚いた。台所のゴキブリじゃねえんだから、わらわらと出てくんなってんだよ」
「確かに。さすがに〈口裂け女〉が雲霞のごとく迫ってくるというのはトラウマになりそうなシチュエーションではあるね」
「シィ」
「じゃあ、これからはどうする? さすがにもうここには出そうもないし、他の奴らみたいに手分けして潰していくか?」
「そうだねえ……」
巫女たちは腕を組んで考え始めた。
ここみたいな大量発生ならば数の力も必要だが、もし松戸市全域に〈口裂け女〉が現われているというのなら手分けした方が早い。
ただ、僕はその考えにはちょっと反対だった。
「―――でも、やっぱり原因を突き止めたほうがいいんじゃないかな」
「京一はそう思うのかい?」
「うん。今はまだ噂話の段階だけど、もう少ししたらパニックになるかもしれない。三十年前の口裂け女のときとは比べ物にならないぐらい、話が拡散する。だから、一つ一つ、対処するよりもさっさと原因を排除したほうがいい。つまり、この〈口裂け女〉はどうしてこんなにいるのか、そこの問題をなんとかしようよ」
大量の卵から産まれる生物じゃあるまいし、普通ならばさっきみたいに千体近い妖怪がわらわら湧いてきたりはしないだろう。
御子内さんたちは強いので力で制圧してしまったから気にならないのかもしれないが、普通の人間にとってはあの一体だけでも脅威以外の何物ではない。
つまり、この松戸市の人たちは極めて危険な状態に置かれているということだ。
そこを重視する必要があるだろう。
「……みんなはこういう事案に覚えある?」
「ねえな。こんなゾンビ映画みたいな話は聞いたことがない」
「シィ。あたしも」
「そもそも都市伝説あがりの妖怪は弱いからね。あまりボクらが戦うまでのことはないし」
確かに〈口裂け女〉は退魔巫女の一撃で斃せる程度の敵でしかない。
でも、あんなに集まっていては数だけでも強敵のはず。
「大量発生した原因に心当たりは?」
「ないよ。さっきも言ったけど、都市伝説あがりの新・新妖怪は、噂を信じる人たちの思いの同調というか共感によって産みだされるものだからね。たくさんの人が口裂け女の噂を信じて、それを―――なんだっけ」
「人間の集合無意識だろ? ユングの言うところの。……或子、おまえは座学もしっかり復習しとけや」
「うるさいなあ。……で、集合無意識みたいなものが妖怪としての都市伝説を産みだすと言われているのさ」
「ふーん。でも、じゃあなんで松戸市限定なの? さっきからの報告では、松戸市以外での目撃情報はないみたいだよ。ツイッターのトレンドになるぐらいに噂は全国的に拡散しているのに。だから、退魔巫女がここに集合しているんでしょ」
御子内さんはいつもの癖でおとがいに指をあてて、
「……それは、『松戸市に口裂け女がでた』という噂が流れたからだろうね。場所も限定されているのならば、そういう結果になり得るし」
「なんで松戸なのか、という疑問の答えにはなっていないよね」
「そりゃあ、今回の噂を最初に流したやつが松戸の出身なんだろ。『近所で口裂け女を見たんだぜ、凄かった』みたいによ」
「アシ エス」
「じゃあ、まずは
「それはいい考えだね。―――えっと、こぶし!」
すると、後ろに控えていたらしい不知火こぶしさんがやってきた。
さっきまで河原で倒れていた女の子の様子を看ていてくれたのだ。
「今回の事件で一番先に〈口裂け女〉に襲われた人はわかるかい?」
「ちょっと待ってね。……あ、この子よ」
こぶしさんのタブレットには、一人の高校生らしい女の子のプロフィールが表示されていた。
『
高校三年生ということだ。
予備校からの帰り道に〈口裂け女〉に襲われて、血だらけで倒れているところを救急車で病院に運ばれたらしい。
意識は回復しているが、まだ入院中だということだ。
備考欄に『社務所で監視中』とのメモが入れられている。
「この子か……」
三年生ということは僕らよりも年上だ。
「……社務所の調査ではわりと強い霊力を潜在的に有しているそうだ。巫女になったりするほどに強すぎではないが、一般人としては十人に一人ぐらいかな。そこを狙われたのではないかと分析されているらしい」
「なるほど。霊力が強いから、〈口裂け女〉が視えて襲われたと……」
「だろうな。普通でも霊が視えたりするやつは危険があるのは間違いないし。おい、京一くんよ、おまえも霊が視えるようになってんだろ。そういうのは周囲に気をつけて行動しないといけないぞ」
「ああ、はい。肝に銘じておきます」
レイさんに心配されてしまった。
そういえばこの人に初めて会った時って、そんな状況だったね。
ちなみに彼女は僕のことを「京一くん」と呼ぶ。
初対面からほぼ呼び捨てだった御子内さんに比べると幾分丁寧だった。
「じゃあ、その子に会いに病院に行ってみようか。京一の考えに従う方が解決も早くなりそうだし」
「……あの子も医者に診せないと」
「ああ、忘れてた。まだ気絶しているのかな?」
「まだよ。倒れた時に頭を打ったのかもしれないわ」
そういえばもう一人犠牲者―――寸前の子がいたな。
「レイはどうする?」
「オレもいく。土手んところにバイクを停めてあるから、こぶしさんのベンツの後を勝手についてくわ」
「了解。……で、音子は?」
「京いっちゃんの隣に座る」
「おい、いつか決着をつけるぞ」
「エル デセオ」
「京一、通訳」
「―――やってみろ、だったと思う」
「ほほお」
互いに睨みあう巫女レスラー二人に挟まれて、なんだか居心地が悪い。
でも、僕がいないとすぐにやり合いだしそうな二人だから、割って入っておかないとな……。
まったく、非常事態だというのに呑気なものだね。
「とりあえず、この〈口裂け女〉増殖の謎を解こうよ」
僕たちはこぶしさんのW222に乗り込んだ。
ただ、僕の喉元には何か大事なことが引っかかっていて気になって仕方がなかったのだけれど……。
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